第15話2人の気持ち
昨日は、色々あったな。
まさかスーパーで会い、家にまで招待することになるとは。
係長と関わらないようにしようと思っていたのに。
姉貴のせいでもあるけど……強く拒否出来ない自分がいる。
きっと、惹かれてしまっているのだろうな……。
かといって会社の上司だし、何をするわけでもないけど……。
それに、俺なんかでは釣り合いが取れないし……。
うん……このまま時間が過ぎるのを待とう。
松浦係長も物珍しいだけで、そのうち気づくだろう……。
俺が、何の価値もないつまらない人間だと……。
翌日の朝になり、姉が帰る時間となる。
「じゃあ、お袋によろしく」
「うん、両親に伝えておくよ。美人の彼女ができるかもって」
「はあ!? あんな美人と俺が付き合うわけがないだろうに……あっちだって迷惑だろ」
「そうかなぁ〜お姉ちゃんはお似合いに見えたけどなー?2人でキッチン越しに会話したり、あーんしたり……麗奈さんも、喜んで見えたけど?」
「起きてたのかよ。ったく、アレは……成り行きだよ。それに 連絡先も知らないし、会社の人間と付き合うのは面倒だ。それに、俺はそんな器用なことはできない」
「あらあら、拗らせてるわねー。まあ、好きにしなさいな。アンタのそれを治してくれる人だと思うけどね〜自己評価が低すぎるのよ」
「ほっとけ」
「まあ、仕方ない部分もあるけど。じゃあ、また来るねー」
「姉貴……色々すまん」
「ん?……らしくないわね!私は私で、好きなことをしてるわ。だから、アンタが気に病むことはないのよ」
そう言い、姉貴は部屋から出ていった。
「ありがとな、姉貴……」
俺は、部屋の掃除をしながら思い出していた……。
俺の家は小さな洋食屋だ。
お袋と親父の2人だけの、小さな料理店だ。
二階建ての家の、一階部分が店舗となっている。
そんな俺は、幼い頃から自然と料理に触れてきた。
好きとか嫌いとか以前に。
もちろん、好きではあるが……。
「かといって……好きだからこそ、やりたくないんだよな」
親父は当然のように、俺が跡を継ぐと思っていたようだ。
俺は料理をしていたし、中学の頃には厨房にも立っていたから無理もないが。
しかし、俺が高校生くらいになった時だ。
親父が、いよいよ本格的に俺を鍛えだしたのだ。
罵声を浴びせられ、頭を叩かれ、ダメ出しをされ……。
こっちは、無給で家の手伝いをしていたのに……。
「もちろん、俺も悪いんだけどさ……」
知らず知らずのうちに、親父に期待させていただろうし。
料理の世界は厳しいから、親父はそれを教えていたんだろうし。
俺が根性なしと言われれば、それまでのことだし。
「でも……俺は料理人になりたいわけじゃなかったんだよな」
俺は料理を作るのが好きだった……。
だがそんな日々を過ごし、あくまでも……趣味の範囲だったことに気づく。
そして好きだからこそ、嫌いになりたくなかった……。
「そうだ……だから、俺は親父に言ったんだ……料理人になりたくないって」
しかし……それが親父の逆鱗に触れた。
そんなのは根性がないだけだ!とか。
本当に好きなら耐えられるはずだ!とか。
こんなことで根を上げるなら、どこに行ったって通用しない!とか。
「わかっているよ……そんなことは」
その後、俺と親父は家を出る日まで口をきくことはなかった。
俺は勉強の遅れを取り戻し、学費の安いそこそこの国立大学に合格する。
その後家を出て、社会人だった姉貴の部屋に転がりこんだ。
「姉貴には感謝しなきゃな……」
親父が学費を払うわけがなかったからな……。
自分のバイトと、足りない分は姉貴が払ってくれた。
そして、社会人三年目の時に全額返済を終えた。
「しかし……」
俺には言わないが、姉貴は親父から怒られたはずだ。
それに……なら、お前が婿を連れてこいとも。
このご時世、結婚すらためらうのに……。
婿養子で同居で、料理人になることが決まっているとか。
そんな相手が、そうそう見つかるわけがないじゃないか。
「姉貴は器量も良いし、性格や人当たりも良い……」
きっと、結婚を考えた人もいたはず……。
でも、俺のせいで。
だから……俺は姉貴には頭が上がらないんだよな。
「そして……」
そんな俺が、あんなに綺麗で可愛くて仕事もできる方と釣り合うわけがない。
きっと……何かの間違いで付き合ったとしても。
俺に幻滅して離れていくだろう……。
だったら傷つく前に、俺が離れていけば良い……。
——————————————
~麗奈視点~
次の日の日曜日……私は、色々な意味で布団で悶えていました……。
「ど、どうしよう!?ゆ、夢じゃなかった……!」
私ったら……水戸君の家に行っちゃったわ……!
は、初めての男の人の家……ドキドキしたけど。
楽しかったなぁ……色々な水戸君を見れたし。
「水戸君、料理してる姿かっこよかったなぁ〜」
こう、ささっと作れる人って……素敵。
それにお姉さんにも会えたし。
お姉さんと会話している水戸君は……なんというか子供みたいだったかな?
「ふふ……少し、可愛いって思っちゃったわね」
そ、それに……アーンまでしてもらって。
あんなの……新婚さんじゃないのぉ〜!!
ただ……何故、私はあの格好で……!
「うぅー……もう少し可愛い格好で行くべきだったわ」
帰ってから冷静になって気づいた……。
あんな普段着で、すっぴんの状態で……。
水戸君何も言わなかったなぁ。
気を使ってくれたのかも。
「もぅぅ〜!私のバカ〜!」
だらしないって思われたかな!?
上司の威厳がないとか!?
猫被ってたんだとか!?
「違うのよぉ〜!こっちが普段の私なの〜!」
ハァ……何より、一番の後悔はアレよね……。
「なんで……電話番号を聞く前に逃げちゃったのよぉ〜!」
聞くだけ聞いて逃げるとか……最悪だわ!
水戸君、変に思っただろうなぁ……。
それに……車の中で男性と2人っきりなんて初めてだったから……。
それで、いっぱいいっぱいになっちゃったのよね……。
「グスッ……どうしたら、みんなみたいにできるの?」
他の女性は、会社でも気軽に聞いてるし……。
男性も、探り探りだけど聞いているし……。
「無理よぉ〜……したことないもん……誰も教えてくれなかったもん……」
……はっ!いけない!
こんな昼間からウジウジしてるアラサーなんて、水戸君だって嫌よね!?
「よし!切り替えよう!」
そう決めた私は、まずは朝のストレッチをする。
「フゥ……だらしない身体じゃ、水戸君だってイヤだろうし……」
……な、何を想像してるの!?
そ、そんなの無理よぉ〜!
「そもそも付き合ってもないし……連絡先も知らないし……」
次に朝食を食べます。
水戸君に貰ったトマトソースをパンに塗ります。
「あっ——美味しい……!本当に、何にでも合いそう……」
こんな上手なのに……料理人になろうとは思わなかったのかしら?
うーん……昨日も空気が変わったし……。
「あんまり踏み込んじゃいけないわよね……」
私だって……色々あるものね。
ハァ……今月も仕送りしなきゃだわ……。
そして、一通りのことを終わらせて郵便物をとると……。
「あら?何かしら?何かメモが……え……?」
そこには『昨日は突然お誘いしてごめんなさいね。弟が会社でどうなのか気になったもので。でも、貴女みたいな方がいて安心しました。少し、拗らせているところはありますが、とっても良い子なんです。姉の欲目ですかねー?どうせ、弟のことですから電話番号やアドレスを教えていないでしょうね。これ、良かった使ってください~水戸侑馬の姉より~』
「……電話番号とアドレス……え?お姉さん……気づいていたのかしら……?」
わ、私が水戸君を好きってことが……。
「えぇ——!?なんで——!?」
は、恥ずかしぃ……!
でも……嬉しい。
ただ……。
「これって……私から連絡して良いの?というか、連絡してどうするの?」
きっとお姉さんは、私を普通の女性だと思っているのね……。
しかし……私はアラサーの処女で、彼氏などいたことがない……。
つまり……こんなのを貰っても……どうしていいのかわからない……。
……だ、誰か……教えてください……。
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