第四章──国王《グランドマスター》

 ばかぁ、あほぉと泣きわめくクラミー。

 ぜったい認めないからっ ぜったい暴いてやるんだからぁぁっ──と。

 最後まで喚き続けたクラミーが逃げるように立ち去ると。

「やれやれ……人類自身が、人類を過小評価してどうすんだよ……」

 というそらの困ったような言葉に、城内は再びかつさいに包まれた。


 ──文句を挟む余地もない勝利。

 だれの目にも疑いようのない、人類の王としての希望まで魅せつけての勝利。

 大広間は割れんばかりに歓声に包まれ、王冠を手に持つ高官の老人の歩みを進ませる。


「それでは、空様──でしたな」

「ああ」

「あなた様を、エルキア新国王としてよろしいですかな」

 だが、その言葉に空はきっぱりと告げる。

 そして妹を抱き寄せて、笑って言う。

おれらは二人揃って『空白』だ──国王は俺ら二人だ」

 それはチェス戦の最中も口にしていた言葉。

 観衆は更に声を高め──新たな王と、小さな女王の誕生を祝う。

 ──が。


「──残念ですが、それは出来ません」


「──え?」

 高官の言葉に、歓声がピタリとむ。

「は? え、なんで?」

「十の盟約で『』をたてるよう決められております。二人には出来ませぬ」

 ざわつく広間、顔を見合わせる空としろ

 困った様子で考え込み、頭をいて、まゆを寄せて……空が言う。

「……はぁ。えーと、じゃあ、役割分担的にここは俺の仕事、になるのか?」

「………ぅ」

 と、わずかにうめいた妹を下ろし、改めて高官に向き合う空。

「では改めて──こほん。ここに、そら様を第二〇五代エルキア国王としてたいかんする──異議あるものは申し立てよ! さもなくば沈黙をもってこれを──」

 ──が、沈黙を守らず、声を遮って手を挙げる人物が。

「……ん」

 白く長い髪。

 前髪から透けて見えるルビーのように赤いひとみの少女──というか。

「え、しろ?」

「……異議、ある」

「えーと、あの、妹よ、どういうことでせう?」


「……にぃが、王様、なったら……ハーレム、作れる」

「────────────────はい?」

 耳を疑うように問い返す空に、しかし白、泣きそうに顔をしかめて言う。

「……そし、たら、しろ………いらなく……なる」

 きょとんとする観衆をに、これでもかと言うほどろうばいする空。

「ちょっ! ちょちょちょ、待て待てそんなわけねぇだろっ! おれと白、二人で一組だろうがっ! あくまで建前上、俺が王になるってだけで、白をいらないとか──」

「……でも、王様は…にぃ……しろは、おまけ。一人しか、なれない……なら──」

 ぐしっと腕で涙をぬぐった瞳に、もう涙はなく。

「……王様は──しろ」

 感情の希薄な妹の瞳に、明確な戦意が宿っていた。

 きっ、と兄をにらんで、宣戦布告する白に──。


「───はん?」

 その視線を受けた空もまた表情を変える。

「おいおい……マイシスター。おまえが冗談言うとか珍しいな、やりでも降るのか?」

 いつもと同じように、ヘラヘラとした言動。

 だが声にこもる感情には、明らかな敵意があった。

「おまえみたいな傾国級の美少女が王になんてなってみろ。おまえは素直すぎる。言い寄ってくるぞの馬の骨にコロッとだまされかねん──王様なんて、兄ちゃん許さんぞ」

 兄鹿ここにきわまるセリフを吐きながら白と向き合う空だが。

 できあいすら窺える言葉とは裏腹に、目に笑いの色はない。

「……だめ、にぃ、王さま、やらせない──絶対」

「──上等だ。兄ちゃんもおまえが王様なんて認めないからな。絶対だ」


 向かい合い、ぶつかり合う二人の視線。

 森精種エルフのイカサマさえ破り、人類最強の称号を手にせんとする二人の視線は。

 なかむつまじい兄妹のそれでも、二人で一人のゲーマー『  くうはく』のそれでもない。

 のそれであり、互いの気迫に火花さえ散って見え……。

「え、えーと……では、お二人で改めて、最終戦を行うと、いうことでよろしいですかな?」

 割って入るにも相当な勇気を要しただろう。

 高官が、申し訳なさそうに確認する言葉に。


「ああ、いいぜ」

「……問題、ない」


 即答する二人は。

 視線を外すことなく、宣戦布告する。

「手加減しねぇぞ妹よ。今日という今日は、ねじ伏せてやる」

「……にぃ、こそ……覚悟して……今日は、ほんき、だから」


 ─────……………


 ──そして。

 の時が流れる。


 不眠不休で、無数のゲームを繰り返した形跡が散らばる広間の中央に。

 床に突っ伏す兄妹の姿があった。

「……なぁ……いい加減……負けを認めろよ」

「……にぃ、こそ……もう、あきらめる」

 を条件にはじまった無数のゲームは。

 とうとう──500戦158勝158敗184分を数える。


 ──不幸だったのはこの場にいるものはおろか、二人の『元の世界』にすら。

 都市伝説にまでなった『  くうはく』──を知るものがいなかったこと。

 二人の共有名義である『  くうはく』とは別に。

 ゲーム好きの兄妹としては、至極当たり前に。二人は二人で対戦していた。

 その戦績は──


 3526744戦1170080勝1170080敗1186584分───


 ……今日まで互いに、

 その不幸な事実を知る由もない、たいかん式を待っていた城内の人々はとっくに帰宅し。

 ──再び集まり、帰りを繰り返し、いい加減日を追うごとにその数も減っていた。

 城内スタッフ達は大広間で盛大に寝こけ──かろうじて意識を保っている王冠を手にした高官とステフの二人も、そろそろ幻覚が見え始めて久しいころに差し掛かり。

 高官の老人は時折不気味に笑い、また素顔に戻りを繰り返しており。

 ステフも「あ、ちようちよう~」とうつろな笑みで虚空をつかもうと手を伸ばしていた。


 ──さて、次のゲームは何にするか……かすむ頭でそう考えていたそらは。

 ふとき起こった疑問に、手を止める。


「──なぁ……なんで王は一人じゃなきゃいけないんだ?」

「……え?」

 その一言に、幻覚の世界から連れ戻された高官とステフが反応する。

 違和感を口にすべく、ケータイを取り出して。

 メモした【十の盟約】を改めて見直しながら空が言う。

「『十の盟約』その七、……」

 それは、集団──すなわち国、種族間の争いは代表者を決めて行えというルール。

 ──なのだが。

 み締めるように、吟味するようにそう口にした空は。

 読み直し、口にした言葉と。思い至ったことに矛盾がないのを確かめ。

 ぽつりと、つぶやいた。

「──にも『一人』って、明言されてなくね?」


「「「「─────」」」」


 ──かくして。

 後に「悪夢の三日」と語り継がれ、吟遊詩人にうたわれる激闘は幕を閉じた。

 が、あまりに長すぎるため。

 ここでは割愛するとしよう……。


   ■■■


 ………───。


「……ねぇ、本当にコレでいいんですの?」


「いいんだよ。古来より、王がごうけんらんな衣装に身を包んだのは、往々にして、内面の浅ましさを隠すためだったり、自分を肥大して見せる為の自己満足だろ。王とは民の鑑であり、また目標たるべきもので──敬愛なんて行動で勝ち取るものなんだよ」

「……と、いう……くつ……」

「うむ、まあぶっちゃけ、この格好が一番落ち着くってだけなんだがな」

「はぁ……まあ、わかりましたわ。でも髪とか、そういうのは整えてくださいな」



 エルキア首都──城前大広場。

 城のベランダを出ると、ヴェネチアのサンマルコ広場をほう彿ふつさせる広大な広場がある。

 今、その広場を埋め尽くすように居並ぶ無数の人々がいた。

 何万──何十万の人間が集まっているのか。

 新しき王の言葉を聞こうと、広場から伸びる道路まで人で埋め尽くされていた。

 それは、愚王と言われた先代国王への失望の表れ。

 絶望のふちに立たされる人類種イマニテイが一縷の希望にすがる表れ。

 エルフの間者を──魔法を正面からねじ伏せたという兄妹にそれをいだす表れ。

 全人類の、期待のこもった視線が集中する城のベランダに──。

 歩み出る二つの人影。


 それは、一組の男女だった。

『I♥人類』と書かれたTシャツにジーパンの。

 目の下にクマのある黒髪の青年。

 雪を思わせるほど白く長い髪に、白い肌。

 宝石のごとく赤いひとみのセーラー服の少女。

 二人の冠が、それぞれ王と、女王であることを物語る。

 ──が。

 青年は、女性用の王冠テイアラねじ曲げ腕章のように腕に巻きつけ。

 少女もまた、男性用の冠で長い髪を束ね前髪をあげているという──。

 着替えの時のステフの悲鳴が、如実に想像出来る格好をしていた。


 そのあまりにラフすぎる格好に。

 ぼうぜんとする国民を前に、青年──すなわちそらが声を上げる。


「あー……んっ、んぅ~っ。えー、御機嫌よう」

「……にぃ、緊張、してる。めずらしい」

「──うっさい。群衆恐怖症はお互い様なの知ってんだろ。普段は抑えてんの」

 そういう兄の手を、民衆から見えないように、そっとしろが握る。

「………」

 無言で。じゃあ今も抑えて、というように。

 いつもそうだったように──これからもそうだと言うように。


「──敬愛する国民──いや、〝人類種イマニテイ同胞〟諸君!」

 妹の意思をんだように、緊張の解けた顔で、兄が声を張り上げる。

 拡声器が取り付けられたベランダの手すり。

 だがそれを必要ないと思わせるぜんとした声で、力強く叫ぶ。

「我々人類種イマニテイは……『十の盟約』のもと、戦争のないこの世界において負け続け、最後の国家・最後の都市を残すのみとなっているが──ッ!」


 唐突に質問を投げかけられた大衆は戸惑う。

 ──先王の失策──魔法が使えないから。

 各自の答えを待って、そらは続ける。


「先王が失敗したからか? 我々が十六位さいかいの種族だからか? 魔法を使えないからか? 最も劣等な種族だからか? 我々は無力に滅ぶ運命にあるからかっ!? ──否だッ!」

 強い否定の声が空気を、そして大衆を震わせる。

 こぶしを握り、感情を隠すこと無く空はなおも叫ぶ。

「かつて、いにしえの神々の大戦において、神々が、魔族が──森精種エルフが、獣人種ワービーストが、多くの種族が争う中、我々は戦い、そして生き残ったっ! かつてはこの大陸全土をすら、人類の国家が占めていたのは、ならばッ!」

 この数日、ステフの図書館で読みあさった歴史を根拠に。

 空は問いかける。


「我らが暴力を得意とする種族だからかっ! 戦いに特化した種族だからか!?」

 聴衆のだれもが、互いに見合わせる。

森精種エルフのような多彩な魔法を使えず、獣人種ワービーストのような身体能力もなく、天翼種フリユーゲルのように長大な寿命もない──そんな我々が、かつてこの大陸を支配したのは我らが戦いに特化していたからか?──断じて否だっ!!」

 そう、誰でもわかる、明確な事実。そして疑問。

 ──ならば、何故?


「我らが戦い、生き残ったのは、我らが〝弱者〟だったからだ!」


の時代、の世界でも、磨く! 我らが、今追い詰められているか──それは『十の盟約』によって、強者が牙をもがれ知恵を磨くことを覚えたからにほかならないッ!」


「我らの専売特許であったはずの、知略を、戦略を、戦術を、生き残るための力をッ! 強者が手にしたからだッ! 我らの武器ちえは強者に奪われ同じ武器で強者を相手にした──それがこの惨状だッ!」

 絶望的な状況を整理され、静まり返る広場。

 集まった聴衆を落胆、絶望、不安などの感情が包む。

 それを、ため息混じりに眺め回して、そらが言う。


「──皆のもの答えよ、なにゆえに頭を垂れるのか」

 激昂しこぶしを振りかざしていた空が、一転、静かな声で語りかける。

「繰り返そう、我らは、だ。そう、────」

 だれかがハッと何かに気づき。

 それが伝播していくのを待って、空が再び叫ぶ。


「──そう……ではないかッ!」


「強者が弱者われらて振るう武器ちえはその本領を発揮しないッ! 何故なら弱者われらの武器の本質にあるのは──卑屈なまでの弱さ故の、だからだッ!」

 ……民衆の疑問を先回りし答えるように。

「臆病故に目を耳を、思考ちえを磨き、生き残ることを『』それが我ら人類種にんげんだッ!」

 ……絶望から希望を見せていく。

人類種われらに魔法は使えん。察知することすら出来ぬ──だが臆病故に我らには魔法から、も、もある! 我らに超常的な感覚はない。だが臆病故に『学習』と『経験』から生じるを持っているッ!」

 ……希望だけを語る者は楽観主義者であり。

 ……絶望だけを語る者は悲観主義者だ。


「三度繰り返すッ! 我らはだ、いつの世も、──』だッ!」

 ……絶望のふちに、くらやみにあってなお。


「我と我が妹は、ここに二〇五代エルキア国王、女王としてたいかんしたことを宣言する」

 ……希望のかがりともす者だけが大衆をひきつける。

「我ら二人は、弱者として生き、弱者らしく戦い、そしてことをここに宣言するッ! ──ッ!」

 ……故に人はその歩みを道標としていだし。

「認めよッ! 我ら、最弱の種族!」


「歴史は何度だって繰り返し──肥大した強者を食いつぶす者に他ならぬッ!」

 ……かくして。

「誇れッ! 我らこそ人類種さいじやく──我らこそッ! 何も持って生まれぬ故に────最弱さいきようの種族であることをッ!」


 ……『王』が誕生する。


 歓声──いや、ほうこうが。

 広場を、天をも震わせる。

 怒号にも、どきにも思えるその叫びは。

 壇上の二人に対する期待によるものか。

 それとも──追いつめられしもの達の牙をく魂の叫びか。


 その様子にそら、妹と目を見合わせる。

 ………こくり、と。

 妹が楽しそうな微笑で小さくうなずいたのを確認して、空は最後の演説を始める。

 大きく腕を広げ、ワクワクした子供のように純粋な。

 だが百戦練磨の策士にして、戦士のようにそんな。

 てんしんらんまんにしてごうまんな笑みをたたえて空──新しき『人類の王』は言う。


「──さぁ、ゲームをはじめよう!」


「もう散々苦しんだろう。もう過剰に卑屈になったろう。もう飽きるほど辛酸もなめただろう……もう、十分だろう? 待たせたな、人類種イマニテイ同胞諸君」

 天空をも掌握しかねないと思わせる力強い手のひらが地平線にかざされ。

 そして──握られる。


「今この瞬間! 我がエルキアは──ッ!」


「反撃の狼煙のろしを上げろ! 我らの国境線、返してもらうぞ!」


   ■■■


 地を割る大歓声に包まれ。

 退場した二人に、出迎えたステフが食ってかかる。

「あ、あ──あ、あなたっ! な、なんてこと言うんですのよぉぉ!?」

「うぁ~どんだけ慌ててんだよステフ、引くわー」

「……ステフ、きもい……」

 狂乱の体でわめき散らすステフに対して、理不尽にドン引きする兄妹。

 だがステフはそれどころではない。


「これが落ち着いてられますかっ!? たいかん式を済ませたばかりで内政も何もやってない今のエルキアに他国と渡り合う準備があるわけないでしょう! 国を滅ぼす気ですの!?」

 頭を抱えて、このペテン師兄妹を信じた自分の愚かさをのろうステフ。

 が、そろそろ慣れてきたのか。

 もはや堂に入った様子さえ窺える動作で、ためいきついてそらが言う。

「はぁ……あのさ──人を疑うことを覚えろって言ったろ」

「──え?」

 ピタリと動きを止めて、空に注視するステフ。

森精種エルフども──エルヴン・ガルドだっけ? が、クラミーを使ってサポートまでつけて乗っ取ろうとした国が、使なんて思うか?」


「──ど、どういうことですの?」

「忘れたのか。おれらは『』だと思われてんだよ。少なくともクラミーを支援してたやつはそう報告してるだろうし他の国もそう思ってることだろうよ」

 兄の言葉に、補足するように続ける妹。

「……世界は、どこかの国の間者が、エルキアを支配した……と思ってる」

 うなずいて更に兄が続ける。

「しかし、どの国かわからない。どの国の間者で、どの国のかいらいかわからない国が突然、全世界に宣戦布告したら、こう考えるよな──『エルキアを傀儡支配した何者かが攻勢に打って出る意思がある』──と」

「────ぁ」


 この世界において、勝負は仕掛けられた側がゲーム内容の決定権を有する。

 つまりであるにもかかわらず、

 また、エルヴン・ガルドの間者を破った事実も踏まえると──


森精種エルフたちをも破る切り札を手に入れた国・種族が現れた、と警戒するよなぁ?」

「……だから」

「世界中が疑心暗鬼になるように」

「……

、ってことさ♪」

 笑ってそう言う兄妹に、絶句するステフ。


「『十の盟約』その五、ゲーム内容は、挑まれたほうが決定権を有する。宣戦布告されたすべての国は警戒してこっちか……いもしない背後の国の特定に動くだろう。世界中が精々こっちに探りを入れてる間に、探り返してスキを見つけて、地盤固めをするとしようさ」

 ニヤニヤと笑って言って、きびすを返す兄の背中に、ステフが問う。


「じゃ、じゃあ……領土を奪還するっていうのは……うそなんです、の?」

 少なからず残念に思っていることに、自分でも驚くステフ。

 それはそらの演説に感化された一時的な攻撃性故か。

 それとも──

「──なぁステフ。妹とも相談して考えたんだ──元の世界に戻りたいか、って」

「───ぇ」

「考えるまでもなかったよ。答えは『NO』だ──こんな楽しい世界捨てて、元の世界に戻るメリットが全く、ない」

「……とくに…しろたち、は」

「そーゆーこと。さて」

 パンっと手を打って、そら


おれ達は人類だ。人類種イマニテイ唯一の国はここエルキア。そこがなくなるのを防ぐため、とりあえず王座につくことを目標としたわけだ──が?」

 妹と兄。視線をあわせて、楽しそうに笑う。


「なあ、妹よ」

「……ん」

「敵は魔法を使い、超能力を使い。俺達は使えない。圧倒的不利、圧倒的ハンディキャップ、残る領土は都市たった一つ、状況は絶望的。だが『  くうはく』の名前にけて、──どう思うよ?」


 表情の乏しい妹の顔に。子供らしい笑顔が浮かび、一言で答える。


「……さいこー」

「っだよな~♪」


 そのやり取りを、文字通り異世界の──未知のナニかを見る目で眺めるステフ。

 絶望的状況をわざわざ整理されて、飛び出す言葉が『』──?

 まるで意味がわからないステフに、空が向き合う。


「で、さっきの質問だがな、ステフ」

「──は、はぃ?」

 ほうけていたところを話しかけられ、思わず声が裏返る。

「国境線を取り返すって話。ハッキリ言うと、ありゃうそだ」

「────ぇ」

 そう言ってケータイを取り出す空。

 タスクスケジューラーを開き『王様になる』に、チェックを入れ。

 新たな予定を入力する。すなわち──


「『最終目標』──とりあえず、ってとこで☆」


「──なっ──!?」

 国境線奪還──大陸奪還を飛び越して──世界征服と来たそらの言葉と。

 自分は一体一日何回驚かされればいいのかと、ステフは二重の意味で声を漏らす。

 くるっときびすを返す空に、ついていくしろ

 一人置いて行かれる形になったステフが、キョドりながら慌てて追いかける。

「え、あ、あの、ほほ、本気なんですのっ!?」

「『空白』に一位以外は許されない。くにりギャンブルだろうが、なんだろうが、をやるからには目標は『頂点ただ一つ』──それがおれらのルールだ」

「……こくっ」


 ──こと、ここに至ってなお

 ステファニー・ドーラは、この兄妹をまだ過小評価していたことに気づかされる。

 もしかしたら。

 まさか。

 本当に。

 この二人は──

 ──人類を救う、『救世主』になり得るのか?


 立ち去っていく空の背中を眺め、とくん、と高鳴る鼓動。

 締め付けられる胸──だが、もはやそこに嫌悪感はなかった。

 祖父の名誉を挽回し。

 魔法を正面からねじ伏せ。

 愛する国を──エルキアを救い。

 その領土奪還までをも宣言し。

 事実やってのけると思わせるだけのその背中を。

 が。

 ステファニー・ドーラには、ついに見つけられなくなった。


   ■■■


 ──エルキア王国、首都エルキア、中央区画一番地……。

 つまり、

 一体何人一緒に寝る気なのかという広いベッドに突っ伏すのはエルキア国王。

 数日前まで、ただのニートゲーム廃人だった男──空(十八歳どうてい)。

「──狭いゲーム部屋から、ボロ宿、ステフの屋敷、そして王の寝室──か」

 ブリも真っ青の出世っぷりに苦笑する空の手には一冊の本。

 夜の闇の中、月明かりとほの暗いあかりが照らす本の題は──【十六種族イクシードの生態】。

 その一ページに目を留めそらは物思いに耽っていた。

「──天翼種フリユーゲル……か。こいつら、仲間に引き込める気がするんだよな……」

 本にはこう書かれていた──天翼種フリユーゲル

 かつての大戦の折、神々のせんぺいとしてつくられた空を駆ける戦闘種族。

『十の盟約』以後、その戦闘能力は事実上封じられたものの、その長大な寿命と高い魔法適性を生かし、天空を漂う巨大な幻想種フアンタズマ──『アヴァント・ヘイム』の背中に、文字通りのを建造し、そこを唯一の領土とし、くにりギャンブルには参加していない。

 だが、長大な寿命からか、強いを有し、世界中の種族から『知識』──すなわち本を集めるためにのみゲームを行なっている──と。

「魔法に関する知識持ってそうだし、こっちには『異世界の知識』ってえさもあるし」

 何とかこの種族と接触出来れば、魔法への対抗策も見えて来そうなものだが──


 ──コン、コン。


 などと思考していると、控えめなノック音が響く。

 デジャヴだろうか、数日前に似たようなことがあった気がしつつ、応じる空。

「はいはい、どちらさん?」

「ステファニー・ドーラです、ございます……入ってもよろしいです、でしょうか?」

「──あん? どうぞ?」

 重々しい王の寝室の扉を、かしこまった様子で開けて入るステフに空。

「つか、なにその口調と態度。普通に入って来ればいいじゃん」

「いえ……あの、冷静に考えたら、ソラ──様は今やエルキアの王で、御座い──」

「あーあーっ かゆいっ!」

 ステフの言葉を遮って叫ぶ空。

「かゆいし、めんどくせぇっ! 今まで通りでいいよ、で、なに?」

 電気が発明されていない、エルキア。

 王の寝室を照らすのはほの暗いロウソクのシャンデリアと、月明かりのみ。

 そんな淡い光に照らされて、表情は窺えないステフが部屋の中央で、ただたたずんでいる。

「その──ソラ……は」

「うん」

わたくしに『れろ』と、命じたんですのよ、ね」

「え──あ~……」

「ソラが、エルキア国王になった今──もう私は、その……」

 雲の切れ間から、一瞬月明かりがその光を強め、ステフの表情をあらわにする。

 ──それは、不安。

「えっと……つまり、もう用済みだろうから、あの【盟約】を解除して欲しい、と?」

「ち、違っ そうじゃないんですのっ」

 ──さすが、ゲームにかけては超一流でも、そこは十八歳どうてい

 まったく見当はずれな読みに、慌てて訂正を入れるステフ。

「お、教えて──欲しい……んですの。ど、どうして、その、妹さんが言ったように──『所有物になれ』でなく、『れろ』と要求したのか……を」

「……えっと……」

 それは、下心からであり。

 つまりそらの低俗な願望からであり、つまり

 それを素直に言うべきか、思案する空に。

 しかしさらに想定外の問いが振りかかる。


「その──わたくしを惚れさせたのは……その、私に、、ですの?」


 ………え?


「も、もしそうなら……その、私──もう、貢げるものは……」

 そして、ベッドに歩み寄って、不安げなしかし真っ赤な顔で。

 スカートを──、懇願するように、言う。

「もうくらいしか、ないです、けど──」


 ──待て。

 ────待て、空・童貞十八歳。

 今、見逃せない問題を指摘されたぞ。

 なるほど……ステフは客観的に見ても、かなりの美少女だ。

 その美少女に好かれたいとは健全な男子ならナチュラルに思うことだろう。

 だが──

 ──ひとれ?

 いや、それはどうだろう。

 胸のうちに問うてみるが、ステフに対して恋愛感情があるかというと──


 いや──そもそも。

(あれ──? 恋愛感情って、?)

 ──と、非モテの限界に突き当たった空に。


「……それは……です、ね……」

 、と。

 フラッシュと共に音を鳴らして。

 ベッドの奥からにょきっと、出てきたのは──ケータイ片手の、しろ

「ひ、ひゃぁああああっ!」

 白が同室にいたことに、慌ててスカートをおろして後ろに下がるステフ。

 ──だが、それが当たり前のことと、気づくべきだった。

 宿での一件を思い出せば──

「……どーてーの…限界に……なやめる、にぃにかわって──しろが、説明」

「白さん……十一歳の妹にそー言われると、兄ちゃん地味にダメージあるんですが」

 だがそんな兄の抗議を無視して、白がたった今撮影した写真。

 を見せて。

「……これ」

「──へ?」

「……にぃが、ステフに……れろ…って、言った、理由」

 わけがわからない顔のステフに──ついでにそらまで。

 そんな二人にわかるように、白が端的に説明する。

「……にぃ、に……一つ、だけ、心残り……ある」

 ──すなわち

「……この世界、には──『……ない」


「「──────はい?」」

 疑問の声を上げたのは、ステフと空の二人。

 ただし、その意味は違う。

 空は、その端的すぎる指摘への抗議で。

 そしてステフは──

「おかず……? って、なんですの?」

 という、純朴な疑問。ケータイを操作しつつ、白がこたえる。

「……自慰する、時……想像するもの……写真・映像なども…含む。……自慰行為をする際に利用する……それらの……事柄を『オカズ』──という……」

「じー……こうい?」

 まだわからない様子のステフに、白、無表情のまま。


 手をゆったりと握り──


「───────なっ───」

 ボンッと音が聞こえそうな勢いで顔を赤らめるステフに、更に白。

 ケータイで、動画を再生させ、見せる。

 ──それは、ステフがしろの髪を洗っている、


「……これが……ステフの……『存在意義』」

 赤くなった顔が、青ざめ、そしてうつむいて震えだす。

 ──つまり、誰でもいい、と。

 ───ただの、性欲のはけ口が欲しいだけだ、と。

 ────しかも、とっ!?

「さ──最っっっ低~~~~ですわぁあああっ!」

 叫んで、部屋を飛び出すステフを──ぼうぜんと見送るそら

 そして、無関心そうにベッド脇に戻って読書を再開する白に、問う。


「──なぁ、おれ、そこまでエグいこと考えてないぞ?」

「……要訳、した……」

の間違いだろ……しかもさっきの、の動画だよな?『コレはアウト』つってだろおまえ──ひょっとして、わざとステフに俺を嫌わせてね?」

「……しろ、十一さい……むずかしいはなし、わから、ない」

「都合の悪い時だけ子供に戻るよなおまえ……」

「……さっきの、写真、いらない……の?」

「あ、すいません監督。いただきます」

 ──しかし。

 実際──と、の違いとはなんだろうか。

 などと、十八歳どうていには荷が重い哲学的思案にふける空に。

 聞こえないよう小さい声で、白が──が、つぶやく。

「……あと、七年……だから……」


 ──精神的な熟成は女性のほうが早いというが。

 やはり……少なくともこの場に限れば、それは揺らがない事実だった。


 ────……………。


「あああもおお、あ───も───っ」

 一方、肩を怒らせて城の廊下を歩きながらステフ。

 ただのオナペット呼ばわりされたことに──ではなく。

 、イラついて叫び散らす。

「あぁぁもうやっぱりこんな感情、錯覚、盟約のせい──のろいの類ですわっ!」

 ──だがステフは気づかない。

「あんな猿! ロリコン! 好きになるはずないですわっやっぱり盟約のせいですわっ」


 ──そらが『盟約の解除』──つまり。

 再度ゲームをして『れるな』と言う解決法を申し出ていた事実を。

 完全に無視し、あまつさえ忘れていることに。


 それが意味することにも──。

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