2巻発売記念 閑話『同人誌即売会(夏)』

8月×日


 同人誌即売会当日。わたしはmikuriという名前でイラストレーターとして活動している。そんなわたしにとってのある意味お祭りであり、集大成の発表会でもあるのがこのイベントだ。


「どう、可愛いくなーい?」

「まあ、ガワは良いからね。ガ・ワ・は」


 事前の宣言通りにわたしがお節介でデザインした神坂雫ちゃんのコスプレでイベント参戦している同業者である『すーこ』がドヤ顔で服の裾をたくしあげて見せる。酢昆布が好きと言うだけでそれをペンネームにした生活力やその他あらゆるステータスを犠牲にイラストとそのに全振りしたような奴。止めなさい、ウチの娘はそんなはしたないことはしない。解釈違い。


 こういったイベントの時には必ずと言っていいほど本のネタにしたキャラクターのコスで参戦するのが恒例となっていた。同様のことをやっていない作家先生がいないわけではないが、珍しい事には違いない。あと無駄に美人なのでネットで話題になることもしばしば。『美人すぎる同人作家』みたいな記事を出されたこともある。それを見ては「ねえ、ほら美人だってー」と自慢してくる。


「どっちがブースの主役か分かんないわね……」

「でもそっちだって神坂兄妹本みたいなもんじゃん。ある意味そっちの宣伝にもなってるわけじゃん?」

「そうなんだけどさ」


 本来、この子も出展する予定だったが落選してしまったらしく、知らない仲じゃないのでわたしのブースで委託販売する形になった。という訳で今日は売子、店番として参加している。ブース主より目立っているけど、まあ売子としては非常に優秀だとは思う。


「それ、自前って相変わらず凄いわね……」

「レースのとことか頑張ったわ。まあアクションゲームとかのキャラクターよりは全然楽よ。武器とかそう言う系ないから」

「あー……確かに武器系は大変そう」

「わざわざ溶接の講習受けたもん。作ったけどめっちゃ重くて断念したこともあったわね……」


 この子、努力の方向性が色々おかしいような気がするんだけど。それだけ本気でやれるって言うのは普通にオタクとしてもクリエイターとしても尊敬できるところではある。少しは普段の生活習慣とか見直していただきたいところではある。


「すっごい、怜くんのファンなんです!」

「ありがとう、これからも応援してあげてね」

「勿論です! 彼が温かい家庭を築けるまで、いやその先もずーっと見守っていきます」


 とまあこんな風にファンの子が熱い想いを語って本を買ってくれるのは滅茶苦茶嬉しい。ただし、大体が愛が重いというか、普通の「きゃー、格好良い! 大好き!」みたいなノリとはまた別なのが面白いような怖いような。あの子が結構特異な存在というか、普通なように見えて普通じゃないところとかが色々共感を生むところがあるのだろう。そしてその共感できる人の大半が何かしら問題を抱えた人が多いという……


「愛が重い、重くない? ワイみたいにガワ良くてイケボだからって言う理由の人も結構いるはずなんだけど……」

「あの子の事大切に想ってくれているならわたし的には全然オッケーだけどね」

「マジで女性ばっかだな」

「そうね。最近女の子のキャラクター本が多かったから、そのギャップにちょっとビックリ」

「でもウチのファンなんて野郎ばっかだからな、新鮮だわ」


 息子を褒められて嫌な気持ちになる親はいない。暑さも忘れてついつい口元が緩んでしまう。普段はやれ同時視聴者数が箱の中で一番少ないだとか、低評価数が多いとかネット上では悪く言われている事の方が多いあの子だけど……確かにこうして応援して、推してくれているファンの人が居る。そのことが嬉しくてたまらない。あの子がやっていることを認めてくれる人がいる。


「酢昆布先生! いつもお世話になってます!!」

「おっすおっす、買ってくぅ?」

「勿論です! mikuri先生のも含めて購入させていただきます。いつもアレがお世話になってます」

「ねぇ、すーこ。何目線なのこの人……」

「アレ民は大体こんなノリ」

「えぇ……」

「安心してください、神坂きゅんには手出しはさせませんので! 毎月ボイス買ってます、最高っすね!」


 そんなやり取りの後滅茶苦茶ガタイの良いタンクトップのお兄さんがホクホク顔でブースを後にした。ボイスまで購入しているところから察するに男性ファン……と言って良いのだろうか。どう話を聞いてもアレちゃんのファンっぽい人なんだけど。


「アレちゃんのファンってみんなああなの・・・・?」

「さっきから3人中3人があんな感じだったでしょ。大体あんな感じ」

「後方何面って言うの、あれ」

「後方アンチ面で良いんじゃ?」

「いや、彼らファンだよね!?」

「愛のある叩きと言うか。ホラお笑い芸人さんでも愛のあるツッコミ、みたいなのあるじゃん? あんな感じだよ。多分」


 スーツだったり、軍服のコスプレ、何故か段ボール箱に人気ロボットアニメのタイトルがマジックでデカデカと書いてあるのを被ってる人とかバラエティ豊かな人材だなぁ。


「みんなアレにヒョロガリって煽られてたから筋トレに精を出してムキムキになる子が多いらしい」

「絶対努力の方向音痴だよね。運動することは確かに良い事だけど」

「最後の彼、多分ボディービル大会で優勝してたリスナーやね」

「なんか凄い結果だしてる!?」

「流石のワイも困惑した。アレが反面教師になっている反動か出来た子が多いんよな」


 ファン層が濃すぎるよ、アレちゃん……



◇◆◇◆◇◆


「完売御礼ってやつだわね」

「そうね」

「こっちのお客さんも濃いけど、そっちもすっごいの来たよねぇ……」

「車椅子メカクレちゃんと謎のお嬢様ね……」


 午後の頭くらいにやって来た車椅子の女の子。お喋りが苦手なのかちょっと言葉に詰まる場面が多いし、自分への自信のなさの現われなのか髪も随分伸ばしていた。ああ言う子からも好かれているとかやっぱウチの子は格好良いんだな、うん。「好きです」と言うわたしに言うべきじゃない愛の告白されちゃったぜ。本人にも伝えてあげて欲しいものですなぁ。


 こう言った会場で車椅子でやって来るのも目を引くがそれ以上に意識に残っているのは、彼女の連れらしき少女。ワンピースに麦藁帽子に艶やかな黒髪。見るからにザ・清楚って感じの子。そして彼女の事を『お嬢様』と呼び、従う2人の従者さん。執事服の老紳士と男装の麗人と言うどこの作品から来たんですか? と問いたくなるような人たちだった。


「すーこ……あれってコスプレなのかな?」

「いやいや、あの付き人2人はガチでしょ。所作がただのレイヤーのそれには見えなかったぞ。まずあのお嬢様のワンピースはイタリアのブランド物。それにあの腕時計見た? ありゃあ普通の人にはまず買えない類いのそれよ。地価の安い田舎なら家建てれるレベル」

「うっそでしょ…………」


 思わず言葉が詰まる。金額にもだけど、そもそもそんな探偵みたいな観察眼を持っているあんたにもビックリよ。他レイヤーさんの服装とか参考にするためなのかもしれないが、自分で服を買わないくせにブランドとかはわたしより詳しいんだよな。あんたが女子力を人並みに身に付ければそれこそアイドルとして食っていけそうな気がするわよ……


「あのお嬢様、普通にリアルタイムでファンスレに書き込みながら移動してたな。ブースから離れるときとか『ワイ』とか言ってた。仲間だぜ……」

「残念美人の一人称なの、それ……?」

「え? 美人? でへへへ」

「はいはい、可愛い。可愛い」

「でもガチもんのお嬢様かー、すっげー……色々妄想が捗るな。でへへ」

「ファンを使って勝手にカップリング妄想するの止めなさい」

「そういや、さっき休憩中にトライデントせんせーのとこ行ったけど不在だったな。今度こそ美少女かオッサンか突き止めようと思ったのに」

「あら、そうなの? 午前中わたしが挨拶行った時も不在だったのよね」


 トライデント先生と言うのは、息子とも仲良くしてもらっている『あんだーらいぶ』の柊冬夜君の担当イラストレーターのトライデント山下さんのこと。1~2年くらい前から相互フォローしていて、怜くんがデビューしてからは少しやり取りもしたりするくらいには親しくさせていただいている。


「当人が隠す気がないのに何故か美少女扱いされてるのよね……」

「毎年自分のブースにいるはずなのに何故か誰にも観測されない謎な人。未だに性別不詳とかおもろすぎるでしょ。実は非実在の存在だったりしない?」

「さすがにそれはないわよ」

「あ、言えば。トライデントせんせーのとこもアラブの石油王とSPが来たってさっきSNSで見たぞ」

「な に そ れ」


 マジで色んな人がいるわね……即売会恐るべし。本当に世の中には色んな人がいるんだなって思い知らされる。でも自分ではなく、息子のファンとの交流と言うのは中々どうして悪くはない。早くも次の冬の即売会が楽しみになってきた。気が早いけど。



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■『アラサーがVTuberになった話。』第2巻発売中です


■また、2巻発売日ではありますが重版決定しました


■『次にくるライトノベル大賞2022』にて本作が単行本部門2位となりました


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