118話 たのしいお茶会
11月×日
「ねえ、
「…………?」
「さっきから熱い視線を感じるんですけど」
振り返ると月と太陽の後輩コンビの姿。こんな街中で遭遇するなんて珍しい。事務所の最寄り駅近いし、まあ偶然だったのだろうけれど。これまた妙なタイミングで出会ってしまったものだ。隣の
「やあ、こんにちは。直接会うのは6月ぶりだから、5ヶ月くらいかな」
どういう訳かジト目というか、何か言いたげな表情の2人。そして対照的に吹き出しそうになるのを必死に堪えるような楽し気な様子の葵さん。私の服の裾をぐいぐいと妙に引っ張ってくるの止めて。このコートは妹に選んでもらったお気に入りのやつなんだ。伸びたら困るんだ。
あー、さてはこれ2人の様子見て楽しんでいるな。女性同士ってこういうのするのが一般的なのだろうか? 今度妹に聞いてみよう。
「寒くない? カイロいる?」
決して暖かいとは言い難い気温。マイシスターは冷え性なので、既にこの時期から発熱素材の肌着を着込み始めている。常々「男子はいいよね、ズボンあったかそう」なんてぼやいている。確かに言われて見れば女子はスカートだし冬場とか大変そう。制服は仕方ないとしても、オシャレやら何やらを気にして外に出掛けるような場面ではそう言った衣服を選ぶ若い子は多い印象もある。目の前の後輩ちゃんズもその例に漏れず、と言った格好。妹が寒がりというのもあってか、バッグの中には使い捨てのカイロは何枚か忍ばせてある。
「いらないです」
「下ちゃんと履いてるのでへーきです」
日野嬢、ストッキング履いているとは言え、スカートを捲し上げるのは止めなさい。後、ブラン嬢もニーソの絶対領域見せ付けてこないでいいから。何だか警察にいかがわしい行為と思われて職務質問されかねない状況である。三十路のおっさんをイジめるの止めて下さい。いや、ギリ20代だしおっさんじゃない。ないよね? いや、親戚の集まりでは既にオッサン呼ばわりされているとかそう言う事実もあったりするんだけれども。ちなみに同様の行為を妹がしていたら真面目にお説教します。
「そちらの」
「女性はどなたですか?」
打ち合わせでもしたのかってくらい息の合った問いかけですね。当然先述した通り、素性を明かすのは色々と不味いだろうし適当に誤魔化しておくべきか? 色々と説明に困るんだよなぁ、その場合は。仕事関係って説明しても、後輩ちゃんも同じ括りにいるわけで……やましい関係ではないのだが色々と説明に困る関係ではある。何か矛盾している表現かもしれないけれど実際そうなのだ。
「えーっと、お仕事関係というか案件先の関係者の方で――」
「ふーん」
「へぇー」
うっわぁ、全然信じてない目をしているなぁ。「何言ってんだ、この人」みたいな疑いの眼差し。でも嘘ではない。実際案件先――『くりぃむソフト』さんの関係者なのは事実。何なら一緒に宣伝ラジオ番組までやっている。ワタシウソツカナイ。
「嘘は言ってないからね、本当に」
「て、てっきり彼女さんなのかなーって」
ブラン嬢の言葉を聞くに、付き合っている女性なのではないか? という疑念を抱いていたらしい。疑念と表現するよりは興味の方が大きいだろう。歳若い女性ならそういう恋愛事情とかは特に気になるものだろうし。身近にそういう関係の人が居れば気になるのは至極当然だろう。私も犬飼さんのそういう類の事情に関して事務のお姉さんにそれとなく聞いてみたりもしていた側の人間なので、そう言う思考になるのは普通なのだと思いたい。
「いやいや、どう見ても釣り合い取れてないでしょうが」
「怜さんならあり得そうかもって思えちゃうんですよ……無自覚で誰にでも優しいから…………」
日野嬢の言葉にブラン嬢も、うんうんと納得したように頷く。それって人の弱みに付け込んでそうとか、そういう風な印象だったりする? あながち否定できないのが悲しいが。困っている人が居たらどうにかしてあげたいと思うのが、私という生き物らしいのだ。そう言うの辛さとかは人よりほんの少しくらいは知っているつもりだから。尚更に。
葵さんとはそれほど大きく年齢が離れているわけではないかもしれないが、見てくれが不釣合いすぎる。VTuber活動としてのガワはmikuriママによって大変な美形になっているものの、現実との乖離は酷い有様である。顔出ししないでも良いという点がV活動の大きな利点の一つでもある。成功するか否かは当人の才能や、周囲の環境によるのだけれども。後者が恵まれているのにあまり結果が奮わない私って一体……
よく同じ環境なら自分が中身、魂だった方がもっと伸びていたなんてご意見も頂くことは少なくない。まあ実際その通りだと思う。後発の後輩や、何なら個人勢のVにすら追い抜かれている現状。まだまだ精進が足りない証拠だ。頑張ろう。
で、一点気になるのは先程からこれらのやり取りを楽しそうに見守る葵さん。『貴女からも何か説明をお願いします』と助け舟を乞うために目配せしてみると、こちらの意図を察してくれたのか優雅に微笑んでから後輩ちゃんズに言い放った。
「どういう関係かって? それはねぇー、オトナのカンケイかな。ね?」
「「やっぱりだー!」」
「冗談でも言っていいのと、ダメなのあるんですよォ?! さり気無く腕を組もうとするの止めてもらっていいですかね、色々教育に悪いと思います」
「えー。つれないなぁ」
この人は悪い大人だ。
◇◆◇◆◇◆
ひとまず葵さんのオススメらしい洋菓子店とカフェが併設されたお店に退避してきた。こちらから誘っておいてお店選びをお任せしちゃっているあたり、どうにも恰好が付かないけれども。
「――で、どういうワケなんですか」
「そうですよ……もぐもぐ。彼女なら彼女で嘘なんて吐く必要なかったじゃないですか」
頼んだブラックコーヒーが少し苦かったのか優雅にカップに口を付けた後表情が険しくなる日野嬢と、クリームソーダに乗っかったアイスクリームを頬張るブラン嬢。友人の様子を察したらしく、「いつもはブラックなんて頼まないくせに」と言って、スプーンでアイスクリームを掬い取って彼女のカップへぶち込んだ。簡易的なコーヒーフロートの出来上がりだ。
「現役JK可愛いなぁ」と二人の様子を肴に紅茶をキめる葵さんだが、当事者の1人であるということを忘れていたりしないだろうか? 隣で「眼福眼福」言ってないで、貴女の方から諸々の説明と言うか弁明してもらえたりしないかな。完全にこの状況を楽しんでいる。
「いやぁ、次の役の子がこんな感じの性格の子だからさ。丁度良いやと思ってつい」
「変なところで役作りしないでくださいよ……」
あ、コーヒー美味しい。ケーキも中々美味ではないか。まあゲン君のところの方が紙一重で上だが。これはこれで中々。ラム酒入ってるのかな、これ。妹ちゃんラム酒とか入ってるのがあまり好みではなさそうだし、我が家ではあまり採用されない傾向にある。本人は美味しいとは言ってくれているのがまた健気で可愛らしい。朝早かったせいで半日以上妹とお話していないではないか。早く家に帰って会いたいよ。
「あいあむ ぎゃるげーせいゆー」
「もっと言い方なかったんですか、それ……? 二人とも固まっちゃったじゃないですか」
周囲に客が居ないのが幸いである。こういうのはどこから話が漏れるか分からないし、本来なら避けたいところだが。だが、彼女はえらいあっさり自分の職業を口に出した事に、少しだけ驚いた。
「ほら、前に案件でやってたあれに出てたのよ。後ラジオも一緒にやったし。後は……」
何故か私の方を一瞥して笑いかけた後、2人の少女に続けて言った。
「きっと貴女たちと同じようにされちゃった女よ」
え、なにそれこわい。後輩ちゃんズも「ああ……(察し」みたいな反応。何でやねん。ちなみにその後、連絡先交換までして女子トークを繰り広げるのを肩身の狭い思いで約1時間程聞かされるのだった。これ、私この場に居る意味あった?
メニュー表を眺めながらふとここが洋菓子店もやっていたことを思い出す。ふむ、ケーキの味も美味だったしテイクアウトをマイシスターへのお土産にするのも悪くないのでは? 生クリーム不使用のアップルパイやタルト類などなら新幹線での移動でも悪くなるってことは早々ないだろうし。頼めば保冷剤も入れてくれるだろう。
うーん、ただどの辺りがお勧めだろうか。お店の人に聞くか? いや、それより世代の近い同性の子に聞いた方が良いのではなかろうか?
「妹にお土産でケーキ持って帰ろうと思うんですけど、どれがいいですかね? 個人的にはタルトとかどうかなって思うんですけど、どうです……?」
いや、なんで三人揃って盛大な溜息吐いて呆れたような表情でこっちを見るんですか。一番大事なところだよ、ここ。
「やはり雫ちゃんしか勝たんってことね」
「じゃあ直接雫ちゃんに聞きましょうか?」
「んー、今聞いてる」
さり気なく連絡先交換しているのか、後輩ちゃんズ。ブラン嬢が質問を投げかけた頃にはもう既に日野嬢がマイシスターへ連絡をしていた。若い子ってなんでこうレスポンスと言うか、メッセージのやり取りに一切の迷いとかないんだろうか。私とか毎回メッセージ送信前に10回くらい見直して書き直しとかしまくっているんですけど。
「えぇ……私だけ雫ちゃんの連絡先知らないんだけど……」
「ふふーん。ちなみにあーちゃんよりわたしの方が更に先に交換してたもんね」
「マブダチです、ブイ! あたしは」
「へぇー。じゃあ、
「れーい、せんぱぁーい?」
「その辺の事情詳しく」
何か果てしなく誤解を生んでそうな気がしないでもないが……おや? 連絡? こんな時に誰から――
「すごい、久しぶりに妹からメッセージ来た! いつもあっちからは送ってくるなって言われてるから珍しい。あ、アップルパイが良いって。あ、じゃあテイクアウトのお願いしに行かなくちゃ」
「「「デスヨネー」」」
ちなみにこの後テイクアウトの注文と丁度良かったので会計を済ませておいた。相談料みたいなものである。いやぁ、妹の喜ぶ顔が見られるなら安い安い。しかもマイシスターから「早く帰って来てね」だって。えへへ。いやぁ、今月いいことあったなぁ。
◇◆◇◆◇◆
あんだーらいぶを語るスレ XXX配信目
710 名無しのライバー ID:OqczzXZV3
畳、珍しく不機嫌
711 名無しのライバー ID:03cTzixth
つぶやキャストでおこだったらしいから……
712 名無しのライバー ID:OXR491ea7
なんかあったんか……?
713 名無しのライバー ID:KBkh+yykw
あいつ滅多に怒らんのに珍しい
714 名無しのライバー ID:omDdFeCns
妹ちゃん関係か
715 名無しのライバー ID:S3nvbX84i
VTuber特集されてた雑誌やろ
716 名無しのライバー ID:kQbr3G8Vg
いつだったか取材受けてたやつか
717 名無しのライバー ID:C1BExIHJX
・Vは金になる木って感じの雑なまとめ方
・投げ銭でこんだけ稼いでます
・比較として同社所属の男性Vとして脱サラを引き合いに出してた
VTuber文化とかじゃあなくて単純にYourtuberの延長で
スパチャ文化がすごいよって言いたかっただけくさい
畳に対しては好意的な取り上げ方だったけど、うーんって内容
718 名無しのライバー ID:qObYiaDhd
>>717
これはキレるのもしゃーない
719 名無しのライバー ID:oQsefgm9G
>>717
知らない間に雑誌にまでディスられる脱サラェ……
720 名無しのライバー ID:NqIh+LZ9e
>>717
脱サラ馬鹿にされてキレるとかさぁ……
これにはお姉さまもにっこり
721 名無しのライバー ID:pgG8gq1Vk
オタクに受けてるジャンルのひとつでしかねぇものねぇ
722 名無しのライバー ID:Sq0CZ0bst
なお当の本人は月太陽コンビとイチャイチャしてた
―――――――――――――――――――――――――――――
ルナ・ブラン@歌ってみた11月×日公開予定@luna_underlive
怜さんと偶然会った
ケーキご馳走になった
やさしい!
美味しかった!
―――――――――――――――――――――――――――――
日野灯@akari_underlive
事務所に顔出してた怜先輩と遭遇
声かけた時、滅茶苦茶逃げたそうな顔してて笑った
駅まで送ってくれた上にカイロまで持たされた
―――――――――――――――――――――――――――――
723 名無しのライバー ID:JdFhlkVMI
>>722
ファーww
724 名無しのライバー ID:ui5MJwtya
>>722
あっこりゃあああああ!
725 名無しのライバー ID:UL+sLVYW8
>>722
消せ消せ消せ
726 名無しのライバー ID:MoBthread
ちょっと寝込むわ……
727 名無しのライバー ID:gckineki/
(´・ω・`)
728 名無しのライバー ID:4oEntAlPb
>声かけた時、滅茶苦茶逃げたそうな顔してて笑った
嫌な予感してたんだろうなぁww
729 名無しのライバー ID:m97jk7fuG
逃げたそうな顔してたの草ァ!
730 名無しのライバー ID:4+gxa4QHR
わざわざ報告してやるなよぉ!
731 名無しのライバー ID:5ek6hCC0l
ま、まあ話題にはなるから……
売名になるから……
燃えるけど
732 名無しのライバー ID:9LSd2FXE7
コーン殺しに来てるのってこいつじゃなくて
女性サイドだよね、この箱って
733 名無しのライバー ID:vw20TaVir
それは昔から定期
734 名無しのライバー ID:WZRcJPLyS
事務所に顔を出す
↓
月太陽コンビに発見される
↓
ケーキご馳走して駅まで送り届ける
寒いのでカイロも持たせる
↓
SNSでうっきうきで後輩が報告しちゃう←イマココ
735 名無しのライバー ID:YoN+ZUecX
ケーキ奢ってって
一緒にティータイムかよ
実質デートじゃん!
736 名無しのライバー ID:OoKYGms67
異性とスイーツ食べただけでデートはどうなのさね
737 名無しのライバー ID:kHxUju7C7
スレ民にはそんな経験はねぇんだよ
察してやれ……
でも複数人じゃなくて女性2人、男性1ならデートと言えなくもないような……?
738 名無しのライバー ID:AvrTdpJVF
駅まで送った上に
身体冷えないように使い捨てカイロまで渡すってさぁ……
ただの親切なお兄さんやんけぇ!
739 名無しのライバー ID:UHFvuIvLR
オンでもオフでもド健常だよな
740 名無しのライバー ID:Q9loTSGKb
女の子が身体冷やすといけないからって理屈はまあ分るが
ちょっと気を利かせすぎてる節すらある
741 名無しのライバー ID:Xi0zjOwy1
このスペックで何故女性運がないのか……?
742 名無しのライバー ID:PLVOxZRyi
寧ろ『良い人』だからそういう女に捕まっている説
743 名無しのライバー ID:Ofonw8gAd
なお慌てて本人が弁明を始める
―――――――――――――――――――――――――――――
神坂怜@月末にASMR配信やります@kanzaka_underlive
事務所寄ったら後輩と偶然顔を合わせました
日野嬢がブラックコーヒーで思ったより苦みが強かったので
ブラン嬢が自分の頼んだクリームソーダの
アイスクリーム分けてあげてて微笑ましかった
ずっと仲良くしてて、おじさん肩身が狭かったです
―――――――――――――――――――――――――――――
744 名無しのライバー ID:SyIhvaMb6
>>743
おっ、てぇてぇか
745 名無しのライバー ID:rWmbQ4j77
>>743
上手いこと炎上を回避しようとしていないか??
746 名無しのライバー ID:p88B/N0lG
>>743
灯ちゃん背伸びしてブラックコーヒー頼んだって思うと微笑ましい
747 名無しのライバー ID:/vTnPiRRv
大人びて見せようとしてる灯ちゃんぐうかわ
748 名無しのライバー ID:CXCbbNOLV
ルナ×灯 てえてえ
749 名無しのライバー ID:qdJtnENxO
好きな年上の異性の前の行動と考えると……
750 名無しのライバー ID:uI4kOi2bG
ってか、ASMRやるのかお前……
751 名無しのライバー ID:nOe7zoC50
やっと自分の需要に気付いたのか
752 名無しのライバー ID:Uc7IKzoSU
遂に社長のマイクの出番が
753 名無しのライバー ID:rpu8BEFup
月末かー
もうちょい先だな
754 名無しのライバー ID:RDTa5usTe
実は予約制と噂
755 名無しのライバー ID:W0rR+3cJI
普段ハッスくらいしか使わんけどな
756 名無しのライバー ID:lk5kmzbMz
機材の調整とか諸々あるらしいから
757 名無しのライバー ID:321LdOv5V
―――――――――――――――――――――――――――――
神坂怜@月末にASMR配信やります@kanzaka_underlive
事務所寄ったら後輩と偶然顔を合わせました
日野嬢がブラックコーヒーで思ったより苦みが強かったので
ブラン嬢が自分の頼んだクリームソーダの
アイスクリーム分けてあげてて微笑ましかった
ずっと仲良くしてて、おじさん肩身が狭かったです
―――――――――――――――――――――――――――――
日野灯@akari_underlive
先程帰宅しました
ご馳走様でした
今度はお昼ごはん一緒にいきましょー
―――――――――――――――――――――――――――――
ルナ・ブラン@歌ってみた11月×日公開予定@luna_underlive
返信先:@kanzaka_underliveさん
怪我無く家に着けたの報告です
―――――――――――――――――――――――――――――
758 名無しのライバー ID:HR//pL/3C
家に着いた報告までさせるとか保護者ムーブが過ぎる
759 名無しのライバー ID:/wvAYOxo7
いや、ホントはそれ裏でディスコでやってあげてぇ!
――――――――――――――――――――――――――――――――――
書籍版発売中です。
重版&続刊決定しました。2巻もどうぞよろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます