34.5話 その時彼女は……?

8月×日

 霧咲 季凛きりさき きりん――それがわたしの仕事上での名前。芸名って言えば良いんスかね、これ。あ、これキャラのRPロールプレイ守れとか怒られる案件?


 こほん。


 わたし、霧咲 季凛きりさき きりん2X歳。いざこざがあって会社を辞めてニート、ストリーマーを経てVtuberに転生したの! でもその矢先とんでもない事件が起こってしまったの!


 アバンはこんな感じで良いっスかね。ここからオープニング入る感じのまぁ、そんなサムシングで。


 しかし――


「たかがSNSアカウントフォローした程度で荒れるってこの界隈一体どうなってるんスか……」


 想定外。というか普通そんなの想像出来るか。そんなん考慮しとらんよ、状態。そもそも人様が誰をフォローしているとか逐一チェックするものなのか。直接リプしたりだとかそういったのは一切ないのにこの有様である。自分の箱のファン層が少し心配になる。ストリーマー時代のファンは別にそういったことはなかったし、別に事務所からSNS利用上の諸注意云々聞かされたものの男性Vtuberフォローしたらいけません、というような旨はなかったと記憶している。わたしは最初直接的な関係を匂わせるような行為は避けて、それなりに時間をかけて縁があれば先輩と表立って交流するつもりではあった。だがしかし、そうも言っていられない事情があったのである。


 話は昨日に遡る。


 エゴサして、実況板らしきところで同期、相方の十六夜 真いざよい まことちゃんが先輩のところ――あんだーらいぶの人気男性Vであるヒイラギさんをフォローしていた件で何故か盛り上がっていた。そりゃあ界隈トップクラスの人だしフォローすること自体は別に何ら問題ないと思う。そもそもSolidLiveうちの先輩も大体がフォローしているのだし、批判的な意見が出る方がそもそもどうかしてる。


「何か凄い人間不信になっちゃうVの人多そうっスね、こんなのが多いと」


 かつてストーカーやらが原因で異性よりも同性・・に対して怯えることはあったが、別にそれが原因で人間不信になったりとかはない。自覚はないだけでそういう言動はしてるのかもしらんけど。あえて同僚やスタッフ含め女性が多いこの箱からのデビューを決めたのは、単純にスカウトされたからって言うのもあるが、社会復帰の一環と考えていたからだ。異性を怖がるのはまあ珍しくはないが、流石に同性に対して距離を作ったままではちょっと生き辛い。直接顔を合わせる機会も一般の会社よりは少ないだろうし、打ち合わせとかも基本通話が中心なので随分と気が楽。元々ゲームとか好きだしある意味天職だったのでは?


「ふーむ、これはひどい」


 同接だのスーパーチャット金額だの、やれアイツは箱内で嫌われているだの派閥があるだのと好き勝手に書き込まれているスレッド。ファンスレッドでは多少数字の話はあるものの、演者への直接的な批判コメントは少なく感じる。とは言え、板の勢いが強いのは実況やアンチスレの方。マネージャーがちらっと言っていたが、一昔前にあったゲハ板――ゲーム業界、ハードウェア板で活発に行われていた『ゲハ論争』のそれに近い物を感じるだとか。ゲームハードやソフトの売上が視聴者数や登録者数、スパチャ額。ゲームハードが事務所、箱の違いみたいなものなんだろ。しらんけど。『現代に蘇ったゲハ論争』とかなんだとか。わたしにはさっぱりだが、その当時を知る人からすると割と納得いく説明らしい。


 閑話休題


 そんなクソみたいな板でデビューすらしていない相方の女子高生に対するコメントは正直不快の一言。出会い目的だとか、男漁り、卵スプだとか本当アホか。一応先程のマネさんにはさっさと何とかするように言っておいたが、ああいう匿名掲示板の対処って難しそう。しらんけど。


 わざわざアングラなところに足運んで調べるなよ、とは言われるが気にはなるじゃん。と言うか、検索サイトで調べるとそれなりに上位にヒットしちゃうし。SNSにも普通に似た様なものは大量にあった。真ちゃん明らかに凹んでるし。さっきまで泣いてました、みたいなテンションで打ち合わせ参加される身にもなってほしい。わたしの方が年上でお姉さんなわけだから何とかしなくては……困ったものだと悩んでいたらあの人・・・を思い出すわけですよ。あのお人好しと言うか、自己犠牲大好きマンを。


 そこで1つの妙案を思い付く。


 ――わたしも男性Vをフォローすれば真ちゃんの件有耶無耶に出来るのでは? と。


 と言うわけで、先輩に心の中で謝罪しつつ『いつかコラボかなんかで数字渡すんで許してください』と相談もなしにSNSで彼をフォローした。今回は燃えたとしても被害者サイドなので直接数字に影響出ることは少ないはず……こちらの健全、優良ユーザーさんに名前を売る分を考えると多少プラスになったりしないだろうか? 


 下手に相談すると他所の箱だろうとお構いなしに身を切るのは容易に想像出来るので、『困ったら相談する』という旨を事前に伝えておいて正解だったっスね。察しの良い彼ならばすぐに看破するだろう。そりゃあ彼に直接聞けば「はい、どうぞ」と飲食店のお冷感覚で出される、絶対。それじゃあだめ。表立ったものでなかったとしても、相談してやったのならば共犯になってしまう。だから一方的にやってわたしの独断と言うことにしたかった。後々大問題になったとき批判や処分の対象に恩人を巻き込むわけには行かない。わたしだけが・・・・・・悪いってことで話を納められればいいんだから。


「まあ、でも後々お小言言われそうなのがちょっと嫌っスねぇ……」


 お説教長いんだよね。あの人。


 立ち位置的にわたしがそういう役回り・・・・・・・をするのが1番しっくりとくるだろう。箱内には一人くらいは汚れ役いるでしょ。わたしはそれでいい。他所の箱とは言え、彼と箱内でよく似た立ち位置になる……なんてのはちょっぴり笑っちゃう。恩義やら、あの頃はそりゃあ憧れや何やの感情は抱いたことはあるが、あまり真似したくはなかったところを模倣してしまうとは……世の中上手くいかないことばかり。


「これはこれでキツイっスねぇ……」


 想定通りに事が進んで矛先が真ちゃんからこちらに向いたはいいが、切れ味が白ゲージありそうなくらいの言葉と言う獲物でバンバン斬り付けられる気分はあまりよろしくはない。エゴサを止められる人間に、わたしはなりたい。こういうの涼しい顔して受け流しつつ、「楽しい職場です」って言ってるどこかの先輩はやはりどっかおかしいと思う。失礼かもしれないけど、頭のネジ2~3個どっかに置いてきたんじゃないんだろうか? どういう人生経験があったとかは知らないのだけれども、少なくともまともに生きていればあんな風にはならないと思う。あの人のあれは異常だと思う。


 男性Vをフォローしたという同条件であっても、神坂さんは失礼ながらその……えぇーと、何というかよく叩かれたりとか、槍玉にあげられる印象であるのに対し、真ちゃんのフォロー先はフォロワー10万人越え、超大御所、超人気Vtuber、更にはウチの先輩と同じ絵師繋がりとかがある。この2組が並べばフォローする理由があまり想像できないこちら側にその手の矛先は向く。


 奇妙な話っスね。Vtuberになるにあたって参考までに視聴していたアレイナ・アーレンスさんの配信では男性ユーザーに大人気の一大ジャンルが『寝取られ』であるとか言っていたのに、こういうのはダメなんだ。よくわっかんないなぁ。


8月×日

 真ちゃんが滅茶苦茶心配していた。彼女の話題で荒れたのももう既に過去の事。今はわたしが絶賛叩きの対象です。どうもありがとうございました。狙い通りと言えば狙い通りだが、あまり良い気分ではない事は確かだ。飲酒量が増えたのはここだけの話っス。やはり酒……!! 酒は全てを解決する……!! 顔出ししていないだけ幾分か気は楽ではあるのかもしれない。


「あの……本当に大丈夫ですか……?」


 『本当に大丈夫か?』と問いたいのはこちらの方。


「あー、平気平気。お姉さん、社会に出てた時はもっとこう……色々酷いのとかあったから」


 ここまでの誹謗中傷は流石に中々ないっスけど。ネットの誹謗中傷でも逮捕者がそれなりに出ているのによくやるこった。ウチの事務所がその辺の対応きちんとやってくれることに期待しておこう。


「好きな男性声優さんとか、俳優さんとか、配信者さんとかフォローしていけば誤魔化せるし大丈夫よ。勿論女性も含めてだけれども。フォロー先が増えて行けば叩きようもないでしょ」

「な、成程ッ……!」


 『割と気軽に誰でもフォローするんだ』と印象付けさえしてしまえば大体何とかなると思う。多分だけど。


8月×日

 初配信でも割と調子乗ったことを言った割にあまり燃えていない。なんでだ。あの人ならもっと燃えてたろ。やっぱりあれか、『可愛いは正義』という例の格言通りだったのか。大半が「ああ、そういうキャラなんだ」みたいな反応。ちょっと肩透かしを食らった感じがする。人気の声優やら、ストリーマー、プロゲーマー、果てはV界隈でちょっと変なキャラ――先述のアレちゃんとかを男女問わず片っ端からフォローしていったのが利いたのだろうか。流石にゴシップ系は避けたけど。


 ちなみに、あの人・・・も一部に叩く人がいるようだが登録者自体は100人程増えているので何とか許して欲しい。どちらかと言えば被害者サイド故同情的な意見もある。この辺りはまあ至極当然の理由なんだけれども。ただ、ヲチ目的でわたしがフォローしているとかいう意見で納得するのもどうかと思うけれども。


 後、わたしのファンアートエロ絵比率が多いのは何故なんだ。首絞めたり、腹パンされたりマニアックプレイが多い気がする。曰く『わからせたい』らしい。やはり最後に勝つのは三大欲求よ。エロって大事。うん。ファンアートが多いのは悪い気はしない。わたしのキャラデザをしたイラストレーターさんとしてはその辺複雑なのかもしれないけど。同人誌とかも人気のコンテンツだとその数も多いし、イラスト数が多いということは人気の証でもあるで素直に喜んでおこう。


 一方のわたしの相方の真ちゃんだが、初手初配信で軽い放送事故をやらかしてしまい……結果、バズッた。


 放送事故と言っても配信を切り忘れるという配信者には割とあるあるの事故。ちなみに同時刻、わたしもその場面を目の当たりにして、ディスコへで連絡を取ろうとしたもののヘッドホンを外していたのかそれが当人に伝わらず、マネージャーが対応しようとしたとき事件は起こった。真ちゃんのクラスメイトが直電でその旨を伝えたのだ。マイクの傍で。何やら別の作業の合間だったのか偶然にもスピーカーフォン機能で通話してしまうというある意味奇跡の事故。該当部分は現在編集されてカットされているものの、その場面はファンにとってかなり好意的に受け入れられており、デビュー前に男性Vフォロー云々で叩いてたはずの層が揃って掌返している様は正直面白かった。


「あ……?」


 そしてエゴサで見つけた奇妙な説。真ちゃんの親友=あの人の妹?


 はえぇ……? こ、これさ。原因の一端がわたしだったりするやつ? あの人また燃えるじゃん……!


「ど う し て こ う な っ た」




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