×プレコドン
4−1「船上へ飛ばされて」
…久しぶりに夢を見た。
場所は以前勤めていた職場。机には大量の資料が置かれパソコンで入力作業をするも作業がなかなか追いつかない。
「なあ、お茶出しをお願いしたいんだけど」
振り向くと、玄関の小窓から社長が顔をのぞかせていて、私は「はい、すぐにお持ちします」と言って立ち上がるも受付の先輩が睨んでいることに気がつき、彼女の方へと顔を向ける。
「…ちょっと、前に来た電話をどこに回したの?」
私はうまく回らない舌で「営業に…」と答えると先輩は机を叩く。
「違うでしょう、こういう時には総務に回す!なんで何度言っても覚えないの」
焦る私の横で電話が鳴り、とっさに取ろうとすると先輩が横合いから手を伸ばし、早口で何かを言ってから電話を切る。
「遅い!なんで半年も経つのにそんなことも覚えられないの、理由はなに?」
理由?理由もなにも答えられることなどなにもない。
顔から汗が噴き出す中、受付の小窓が開いて社長が残念そうな顔を見せる。
「…お客さん帰っちゃったよ。君は一体なにしてるの。別の部署に行きなさい、荷物もまとめて…おや、お客さんがまた来たよ」
みればドアの向こうから人々がドヤドヤとやってきて私に何かを言ってくる…でも、それが聞き取れない。何を言っているかわからない。
必死に耳を傾けようとも、何をすべきかわからない。
どう動けばよいかもわからず、私は必死に謝ることしかできない。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
ワンワンと鳴り響く周囲の声に心臓がバクバクと音を立てる。
呼吸が苦しい、このままじゃ倒れる…そう思った時だ。
『大丈夫か、具合が悪そうだぞ?』
ハッと目をさますと自宅のベッドの上。
床に置いた目覚ましを見ると時刻は早朝の5時を指していた。
『…すまないな、スマートフォン越しに苦しそうな声が聞こえてな、思わず声をかけてしまった。嫌だったら電源を落としてくれて構わないぞ』
【師匠】の言葉に私は「いえ…」と答えるも、まだ寝間着姿なことを思い出し慌てて断りを入れてから電源を切る。
(二度寝…は、もういいな)
私はベッドから起き上がり、台所でコーヒーを淹れることにする。
(俺の意思自体も【弟子】への教育を終える1年ほどしか存在できない約束だ)
…それは先月の【師匠】の言葉。
すでに故人となっていた【師匠】は、死後【上】によってスマートフォンの中から指示を出す霊魂のような存在になっていた。
その後、事情を説明するために【師匠】は奥さんと再会したが、私が寂しくはないかと問うと【師匠】は『問題ない』と答えた。
『…この身になった以上、どこのネットにも電話も繋げられるからな。近日中にまた電話をすると妻に約束もしたし…寂しいことは何もないぞ』
(1年か…まあ、一生スマホの中よりはマシだろうけど)
そんなことを考えながらコーヒーを一口飲むと、棚の中に無造作に突っ込んだ封筒にちらりと目がいく。
…前の会社に行かなくなってちょうど1月。
送られてきた封筒には離職票と判を押す箇所を指定する紙が入っていた。
【弟子】になっている以上、就職については問題ない。
でも、離職票の退職理由の欄を見た私は気分が落ち込んだ。
『業務遂行能力がなかったため(受付の業務が遂行できず、総務に配属を変えるも業務が遂行できなかったため)』
おそらく、これを職業安定所に持ち込んだ時点で私にできる仕事の幅はぐんと狭まるだろう…いや、今後行くことはないに違いないが。
(…佐々木さんの心理テストの検査結果ですが、どうやら臨機応変さに欠ける面が見られますね。対人関係が特に難しく、会社組織には向かない体質のようです。環境の問題もありますが個人で出来る仕事に就いたらどうでしょうか)
数度の転職後、医者に診断を受けるよう勧められた結果。
当時の私はようやく面接で受かった受付の仕事を頑張ろうとしていたのだが、その言葉を聞いて気分が落ち込み…結局、医者の忠告通り数ヶ月後には受付から総務に移されるもそれも上手くいかず、今に至っていた。
(…では、今の仕事はどうなのだろう?)
トースター代わりのグリルに食パンを置き、私は考え込む。
【師匠】が作った怪獣関係のサポート組織【財団法人・スターライト】。
そこにいる人たちと私は今後関わることが必然で…むしろ【師匠】の後を継いで世話になる分、知っておかなくてはいけないことが山ほどある気がした。
(…でも、何をすればいいんだろう。人の顔も覚えられないのに?)
挨拶も苦手だし、人に見られることが大の苦手。
受付でも視線があると作業ができず、周囲の人をイライラさせていた。
(それでも無理に慣れようとすると、前の職場みたいになるしなあ…)
私はひっくり返したグリルのパンにチーズをのせる。
(…多分、根本的な問題があるんでしょ?どんなに努力しても、根本がダメならそれが解決できない、この意味わかる?わかってないでしょう)
以前に言われた先輩の言葉が突き刺さる。
私は【弟子】になることを希望したが、その仕事を上手くこなせるかどうか…今の私には自信がない。
悩みながらも朝食を終え、歯磨きをしていると、電源を切ったはずのスマホが着信音を鳴らしていた…取ってみると【師匠】の声。
『すぐに外着を着て玄関の外に出てくれ。家の鍵以外手ぶらで良いからな!』
意味はわからねど緊急なことはわかる。
私は慌てて寝巻きから着替えると玄関の鍵を閉めた。
『よし、飛ぶぞ!』
「…へ?」
【師匠】の言葉に私は思わず聞き返す。
だが、その返事を待たずにスマートフォンから女性の声が流れ出す。
『【怪獣出現ポイント】に【転送】します、お手元のスマートフォンを離さないでください』
「え?…ええ!?」
ぐにゃりと視界が歪み、足元が浮く…だが、次の瞬間には、両足はしっかりと床を踏みしめており、磯の香りがほんのりと感ぜられた。
『よし、成功のようだな』
左右にゆるく揺れる室内に私は改めて周りを見渡す。
…そこは、多くの人が行き交う操舵室であった。
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