3−3「師匠と弟子の引き継ぎ方」

 …翌日、私は【師匠】に言われた通りタクシーに乗ってある場所に来ていた。


(やっぱり、50年も勤めているとこんな豪邸が建つのか)


 私は衝撃を受けながら『櫻井』と表札のある巨大な門構えのお屋敷を見る。


 周囲に渡された広い塀。門から見える立派な日本庭園は池付きで、中では庭師の人たちが忙しそうに植え込みを刈っていた。


『違う違う、そっちは俺の財産を使ってベンチャーで一発当てた息子の屋敷だ…俺の家はその端っこだ』


 …言われて初めて気がつく。

 敷地の片隅。息子の家の門の角っこにちんまりとした一軒家があった。


『大学進学にも事業を行うにも大量に金ばっかり使いおって…親の金で楽に稼ぐことしか考えておらん怠け者でな、妻は頻繁に顔を見に行っているが…この家もタクシーを止める目印ぐらいにしかならんのだよ』


 ブツブツと文句を言う【師匠】と共に私は一軒家のチャイムを押す。

 

「…はい」


 そうして出てきたのは、品の良い老婦人。

 彼女は私を見ると不思議そうな顔をする。


「あら、すみませんがどちら様で」


 私が返答に窮すると持っていたスマートフォン越しに【師匠】が言った。


『ただいま。2週間ぶりだな、お前』


 その声に目を丸くする婦人。


「…え、そんな。まさか、ねえ。あなたなの?」


 婦人が奥にある仏間の方へと目を向ける。

 …喪も明けきらぬ老人の遺影が飾られた祭壇。


『ああ、一時的だが帰ってきたぞ』


 【師匠】が答えると、婦人は泣き崩れるようにスマートフォンを手に取った。


「…お待たせしてすみません」


 櫻井婦人は私におかわりの番茶を出す。


 【師匠】と婦人が2週間ぶりの再会をした後、私はしばらく別室で待つことにした…それもそうだろう。故人であった夫が戻って来れば誰だって驚くし説明も必要だ。聞けば、【師匠】は私と会う前日まで仕事をしていたが、自宅に帰ったあとで急性心不全で倒れ、その翌日の午前中に息を引き取ったそうだ。


『…半年前から寿命については知らされていたが、それでも病一つしないように体を調整していたと【上】から言われて俺は内心複雑な気持ちだったよ』


 乾いた声で笑う師匠。


『さて、これで気づいたと思うが【師匠】である俺が死んだ後、次の怪獣出現と同時に一番近くにいた人間が【弟子】となるのが通例でな、お前さんは俺が息を引き取った時に怪獣と出会い巻き込まれる形となったわけだ』


 師匠はそう言うと婦人に席をはずすように指示をした。


『…そして、ここから先が重要だが。基本的にこの師弟関係は一度結んでしまうと解消するのが難しい。【弟子】が死ぬと次の【師匠】となり怪獣の転送などを指南するのが【上】の決めたルールだが…実質的に活動するのは【弟子】のみ、それ以外の人間はこの仕事をすること事態、不可能なんだ』


(…辛いですよね…たった一人で重い役割を背負って)


 私は昨日の加藤さんの言葉を思い出す。

 

『財団のことも、もっと早めに伝えても良かったが先にお前さんの心身を回復させることの方が優先だと判断してな…だがその結果、何事も後手後手になってしまったことは否めない、その事に関しては本当に申し訳ないことをした』


 謝る【師匠】に私は黙り込む。


 …確かに、師弟関係を結ぶことで生じるリスクを【師匠】は話さなかった。

 でも、それは私の体調をおもんばかってのことだった。


(…あの人は困っている人を見ると放っとけない性格でしてね)


 加藤さんの言葉が再び頭をよぎる。


『こちらとしても何か手はないかと【上】と話しているが、未だに平行線を辿る一方で埒があかない…でもお前さんの希望はなるだけ尊重するようにはしたい。これだけはわかってくれ』


 …私はしばらく考え、こう答えることにした。


「だったら、今後も仕事をしていく上で教えられることを教えてください。私のワガママかもしれないけれど、【弟子】になりたいと言ったのは私ですから」


 そう、それだけは確かなこと。

 私は怪獣と関わりたくて【弟子】になった。


「…ですから、もう少し続けさせてください」


 そう言ってスマートフォンに頭をさげると【師匠】は『そうか』と言った。


『だとしたら、まずは私が関わる【上】について説明せねばならないな…少し、長い話になるが良いか?』


 その言葉に私はうなずく。

 するとスマートフォンが光り出し【師匠】が言った。


『…では、そもそも【上】とは何者か。それを見るため人類以前の歴史から遡ることにしてみよう』


 画面から溢れ出す青色の光り。

 …そうして、私の視界は一瞬にして真っ白になった。

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