王立特別魔術院のパシリ

神城零次

第1話 理事長の犬

 頬に当たる冷たい石畳の感触。両手をついてノロノロと起き上がる。夜警用の鎧がやけに重く感じる。取り落とした槍を拾って何とか立ち上がる。

「レオニスさん、大丈夫ですか? 十分以上も動かなかったですけど…」

「今度は何時間働いていたのですか?」

 俺はそう言われて黒髪に付いていた砂を払う両隣の夜警の学院生に聞かれるも、唐突に倒れるのはいつもの事だ。驚かれもしない。

「四百時間あたりから数えるの止めた……」

 その言葉に夜警の学院生たちがドン引きしている。凹むから止めて欲しい。

「あれですか? 働いていないと死んじゃう、みたいな?」

「……働きすぎて、さっき死んだんだけど」

 死んでも生き返るからと、肉体労働を課せられている身としては笑えない冗談だ。回遊魚じゃあるまいし。

「なら、せめて夜警を辞めればいいじゃないですか……。私たちだってシフト制ですよ?」

「それを理事長が許すとでも?」

 理事長は王立魔法士院で誰一人として頭の上がらない人物だ。王国で唯一、大魔導士を名乗ることを許されている。よく経理担当の副理事長にお菓子の食べ過ぎを注意されているが、それは別に言わなくてもいいだろう。

「レオニスさん、どんな恨みをかったんです?」

「それは最重要機密だから、言えないな」

「どうせくだらない事でしょ……」

 理事長の長年の研究成果、賢者の石の上位互換である賢者の雫をうっかり飲んだ、と言ったら俺は十中八九、王国の専門機関に生体解剖に回される。

「理事長のパンティー盗んだとか……」

「理事長のブラジャーで遊んでたとか……」

「君たちは俺をなんだと思っているのかな?」

「「理事長の犬でしょ?」」

 二人を言葉に涙が出そうだ。否定出来ないのが悲しい。名誉のために言わせてもらえれば、理事長の下着で遊んだことは一度もないのだが……。

 バキバキになった体を伸ばす。死後硬直一歩手間だから物凄くいい音がする。これから学院生達の朝食の仕込みに行こう。今すぐこの鎧を脱ぎたい。

「悪いが抜けさせてもらう、朝食の仕込みがあるんでな」

「今、何時か分かります?」

 胸いっぱいに空気を鼻から吸い、月の角度からおおよその時刻を割り出すと、毅然と答える。

「四時三十二分位だろ」

「あ、合ってます」

 光魔法の明かりで懐中時計で時刻を確認した学院生が驚きの言葉を発する。これくらい二十四時間の空気の違いを把握できれば誰でも出来る事だと思う。

「悪いが朝の厨房は戦場だ。備品をかたずけてくれたら、一品おまけしてやるよ」

「「お任せください!」」

「じゃあ、頼むわクレア、フレイヤ」

「「はい」」

 若い子は素直で良いな~。理事長は……、ありゃダメだ研究以外の取り柄のないポンコツだ。年々容赦が無くなるし、この間コカトリスの瞳で三日間石化させられた時は学院の食料事態が破綻しかかってたしな。 

「今日は何を作ろう。厨房の冷蔵庫の中身でなんとかするしかないんだけど……」

 若い子達にはやはり肉を食わせてやりたい。ダイエットは成長が止まった時にするべきだ。というのはレオニスの持論だ

「やっぱり染み豆腐先生のご登場にお願いするか」

 染み豆腐は月に二度届く生鮮食品の豆腐を凍らせて解凍したものだ。触感が肉によく似ている。栄養価も肉とそう変わらない。味も染みやすいく、食感も似ているので煮込み料理に入れると気付かれないことも多い。

 通い慣れた道を歩く。この学院で一番道に詳しいのは自分ではないかと思う。全建物の場所を把握していて、近道や全学院生の名前と顔も覚えた。自分がこんなにも勤勉だとはおもわなかった。


◆◆


「「「「「おはようごございます、先生!」」」」」

「おう、五分間手洗いはしましてあるな⁉」

「「「「ばっちりです」」」」

 何も担当教科ないが、厨房の学院生達は先生と呼んでくれる。その学院生の言葉を信じて自分を手を洗い始める。

「手に怪我をした者は早めに言え。細菌の毒素は回復魔法で消えないからな!」

「昨日指を怪我をしました…」

「正直な事はいいことだ、後で診てやる。だが、食材に触るなよ。万が一食中毒者を出したら物理的に俺の首が飛ぶ」

「はい……」

 首が飛んでも生きてるんだろうなぁ、と嫌な想像を頭から排除すると献立を決める。学院で採れた野菜も使う。なんで俺一人で畑やってんだろと云う疑問を頭から締め出して学院生達の朝食を作り始めた。



 

 


 

 


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