第3話 王家と師匠 ~王家の食卓~

 王宮内 食堂―――


 迎えに来たダンゼンに連れられて、久しぶりに王宮に帰った。


 王家団欒で食事・・・となるわけでもなく、父上も母上も、兄上、姉上共に静かにランチを食べている。1年ぶりに会ったとしても何も聞かれない僕は空気に等しい。


 ただただ、口に運ぶにしても師匠と僕の二人暮らし。

 食事のマナーなんて気にせずいつも食べているため、粗相がないかと緊張して味なんてほとんど感じない。


 この家族は偽りだ。


 僕はこんなのを家族とは認めたくない。

 そうであるがゆえに、血よりも深い絆である師匠に勘違いさせるような発言をしてしまったことが本当に悔やまれる。


「これはうまいですね、ソフィア殿」

「えぇ、そっ、そうですね」

 客人といえども、末席に座る僕の師匠とダンゼンは楽しそうに話をしている。


 第3王子の師ということであればもっともてなされて然るべきと思うが、僕の立場の低さを物語っている気がした。


 師匠は僕以上に食事のマナーなんて気にしていないから、そわそわしながら食べている。

 決して、ダンゼンを隣にしてそわそわしているとは思いたくない。


 師匠を見ていると、胸が苦しくなる。

 僕は傷つけるつもりは無かった。


 しかしながら、意図せずとも傷つけてしまったタイミングでルックスもいい、性格もいい男が優しく甘い言葉をかければ、剣技は比類無しと言われた師匠もイチコロのようだった。

 

 王国最強の騎士と、第三王子の師匠。

 

「あらあら、あの二人はお似合いですわね」

 姉のアンリネットが僕を見ながらふふっと笑う。

 そういうところだけは、敏感で弄ぶのが姉上の悪い癖だ。

 

 姉上は今までに他国の二人の王子の心を弄び、二人をけしかけて、二国を戦争にまで持つぐらい人の心を掌握し弄ぶ力と、魅力を兼ね備えている女性だ。


 そして、その二国は元々我国の同盟国だったが、好機と見た父上は絶好のタイミングで攻め込んだ。同時侵攻もなかなか難しい盤面だったはずだが、最小被害で最大功績を上げ、二国を属国にした。


 その美貌から、父上、母上から寵愛を受けていた姉上だが、この件でさらに愛されるようになった。一時は政略結婚のため嫁がせるという話もあったはずだが、父上に手元に置いておく方が役に立つと判断され、話はいつの間にか消えていた。

 

 使えなければ容赦なく切る父上。

 師匠の元に行きたいと僕自身が願って、今の状況があるのだが、それを許可した父上は、僕を使えないと判断からか、それとも・・・。


「そっ、そんなことは・・・」

 師匠は姉上の言葉を照れながら否定する。


「そんなことを言われると、面と向かって言われると凹むぞ・・・」

 ダンゼンが少ししゅんとした顔をすると、師匠はあわあわしながら、取り繕うとする。


「ふふふっ、剛の剣士ダンゼンと柔の剣士ソフィア。仮の話ですが、二人が結ばれて、ふふっ、子どもができたら最高の剣士が生まれると思いません?兄上」

 姉上は兄上のフェンリルの方を見る。


「まぁ、そうだな。人は生まれた瞬間からその才が決まっている。とはいえ・・・そこにいる誰かのように優秀な血を分け与えていただいたにも関わらず逃げてばかりで成人しようとしている腰抜けもいるがな」

 今日の初めから、フェンリルだけは僕と全く目を合わそうとしなかった。

 

「口が過ぎるわよ、フェンリル」

「すいません、母上。食事がまずくなるようなことを言ってしまって」

 兄上は母上のジャーネットに頭を下げる。

 僕に謝る気なんてさらさらない。


「ルークは素晴らしい剣士ですよ、フェンリル様」

 緊張していたはずの師匠がまっすぐと兄を見て、動かない。


「はっはっはっ。いいんですよ、ミセス・ソフィア。愚弟に気を使わなくても。もし、仮にそれなりに剣士として小さな花が開花したのであれば、それは貴殿の指導力の賜物ですよ」

 兄は、声は笑っていたが顔は笑っていなかった。

 そして、兄上はわざとミセスと言った。

 姉上がダンゼンとの仲を囃し立てたとおり、師匠が未婚の女性であることを知っているにも関わらず、こういうことを言う。


 僕はこんな兄姉と血が繋がっていることをひどく嫌悪した。


「私はミセスではありませんし、ルークはいずれ王国最強に騎士になりますよ」

(あっ、師匠のスイッチが入った)

 僕は慌てる。


「師匠、いいんですよ、僕のことは・・・っ」

「何がいいのだ?君は私の全てだ」

 一遍の曇りのない青い瞳。

 僕も心の全てを師匠に奪われる。


「王国最強だけは譲れませんな」

 ダンゼンが赤ワインを飲みほして、力強く言う。


「いずれは、俺の肉体も老いが訪れるでしょう。心身ともに俺のピークは数年かもしくは今か・・・っ。しかし、俺の最強のライバルは俺自身。他の誰も入る余地などありませぬ」

 酔って、一人称が俺になったダンゼン。王家を前に不遜だという人もいるかもしれないが、それだけ自信に満ち溢れたダンゼンの目は酔っても一遍の曇りもない。

 

「さすが最強の剣士ダンゼン。その気概はまことに男らしく気高いと思います。そうですね、ダンゼンの一振りでルークなんか簡単に吹き飛ばされてしまうわ」

 姉上が声高らかに笑う。


「私であっても、ダンゼン殿の一振りをまともに受ければ簡単に吹き飛ばれましょう。しかし、私の剣は柔の剣であり、静寂の剣。剣技は何も、火花を散らし叩き合うものでも、相手の剣を折るものでもございません」

 師匠は今度は姉上の目を見つめて言う。


「では、何だというのですか、ミス・ソフィア」

 ソフィアの言葉に母上が訪ねる。


「剣は人を殺す物です」

 ソフィアの言う言葉には重みがあった。


「はははっ、同感です。やはり気が合いますな、ソフィア殿。どんなに力があろうとも、技があろうとも死んでしまえばそこでお終い。そして、俺はこの鍛えた力で立ち塞がる相手を打ち砕いてきた」

 拳を握ったダンゼンの言葉はさらに重みがあった。

 死と隣り合う戦場で数多の命を奪ってきたその手は、何度も死を跳ね除け、勝利と生を勝ち取り続けてきた。その男の言葉には説得力があった。


「私は人を殺すことを好みません」

 師匠は悲しい顔をしてきっぱり言う。

 

 殺せない、傷つけられない。

 師匠の剣は矛盾を孕んだ剣であるがゆえに、穢れなき澄んだ清剣だと僕は思っている。

 

 戦場で剣を振るうことができぬがゆえに、若くして指導者の道を選んだ師匠。

 我が国の二大剣技の双璧を担っていたはずの剣技だったが、師匠の父である先代が急死したことで、若くして当主になった師匠だったが、師匠が殺すことを拒み、弟子にも人の殺め方を教えるのを躊躇った。

 

 戦乱の世にロマンティストはいらない。

 結果にならない剣技に時間とお金は払えないと弟子たちは去っていった。


 しかし、僕にはそんな師匠が必要だった。

 そのおかげで、道楽と言われたこともあったが、第三王子である僕が師匠を独占しているのだから。

 

「構いませぬぞ、ソフィア殿。その方が可愛らしい。血生臭いことは男の俺に任せてくだされ」

 もうほとんど、恋のアプローチに近い言葉をダンゼンが向ける。

 

 師匠とは対照的に大量の弟子を抱えるダンゼン。

 王族として派閥争いで出家するのではないかと噂され、兄上と姉上の派閥から全くされない僕に対しても、その性格とその実力で気さくに声をかけてくれるダンゼン。誰もが彼の魅力に魅了され、彼の言葉に夢を見る。


 英雄を目指した弟子たちは、大量に生み出され、大量に戦場で命を散らしていく。

 そして、それをこの国は求めている。

 だから、彼は王国最強で、王国最高の騎士なのだ。

 

「ソフィア殿。貴殿の剣舞見せてはくれないか」

 王である父上が話す。


「かしこまりました」

 師匠が口を拭き、席を立ちあがる。


「ちっ、父上・・・」

 僕が声を父上に進言しようとすると師匠を除いた全員が睨むように僕の顔を見てきた。

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