第15話(3)安易なお姫様抱っこは避けるべき

「よし! 出してくれ!」


「かしこまりました!」


 アレクサンドラを抱えた大洋が船に飛び移ると、セバスティアンが停止させていた船を発進させる。隼子が指示を出す。


「あの右手に見える倉庫の近くまで寄せてくれれば!」


「はっ!」


 セバスティアンは慣れた手つきで船を操作し、指定された位置まですぐにたどり着く。


「よし、ここからも中に入れるはずや! って、ええっ⁉」


 船が大きく揺れる。紫色の機体の攻撃を受けたからである。


「だ、大丈夫かいな⁉」


「航行に支障はきたしておりません」


「ホ、ホンマか⁉」


 セバスティアンの言葉に隼子が懐疑的な言葉を向ける。


「ジュンジュン、私たちが出来ることは機体で奴らを退けることだよ!」


「そ、そうやな! 大洋! ……はあん⁉」


「どうしたの? ……はっ?」


 隼子と閃が大洋に視線を向けると、そこには驚きの光景が広がっている。アレクサンドラが大洋にガッシリ抱き付いて離れず、頬に情熱的なキスをしているのだ。


「ちょ、ちょっと離れてくれ……」


「いいえ、離れませぬ♡」


「な、なぜだ……?」


「ご説明しましょう」


 セバスティアンが船の操縦をオートモードに切り替え、ブリッジに振り返る。


「貴方、え―――」


「疾風大洋だ」


「そう、疾風大洋さま。貴方お嬢様を両手で持ち上げるように抱えられていますね?」


「あ、ああ、そうだな。それがどうした?」


「我が星ではそれは求婚のポーズなのです」


「「「ええっ⁉」」」


 大洋たちは揃って驚く。


「そして、お嬢様は両手を貴方の首に回し、頬に口づけをした……これで……」


「これで?」


「求婚を受けたということ、ここにお二人の婚姻が成立です。おめでとうございます!」


 セバスティアンの拍手が鳴り響く中、大洋たちはしばし呆然としていたが、すぐ我に返ると、状況の打開を試みる。


「アレクサンドラ、とにかく降りてくれないか!」


「ええ~嫌でございます、ご主人様♡」


 アレクサンドラが首を左右に振って、大洋の指示を拒否する。先程までの尊大な態度は幾分和らいだものの、今度は妙に甘えるようになってきた。


「隼子、閃!」


 隼子たちはそんな大洋を冷ややかな目で見つめる。


「楽しそうで結構なことやな~ここは平民のウチらでなんとかしますさかい、ご主人様」


「出撃しま~す」


「あ、ちょ、ちょっと待て二人とも!」


 二人は大洋を置いて、船を降り、自らの機体に駆け寄って乗り込み、出撃する。紫色の機体群が二人の機体を確認し、射撃してくる。二人の声が船にも聞こえてくる。


「くっ! 攻撃を喰らった!」


「でも耐えられないほどではないね! 勿論、受け続けると危険だけど……セバスティアンさん、あれらはどういう位置づけの機体なの?」


 閃が回線を繋ぎ、セバスティアンに説明を求める。


「あれらは『プロッテ』という名の機体です。タエン帝国内で広く用いられている量産型の機体で様々な種類がありますが、あれらは地上戦とある程度までの高度の空中戦に対応することの出来る一般的なタイプですね」


「主な武装は?」


「見ての通りのライフルと近接戦闘用のサーベルに肩部に備えられたバルカンです」


「了解!」


 閃が自身の乗る電の左腕部のガトリングガンを勢い良く発砲させる。撃ち出された銃弾は電と数体のプロッテの間の地面に着弾し、モクモクと煙が立ち込める。


「ジュンジュン、今だよ!」


「分かった!」


 隼子がすかさず自らの操縦する石火を空中へと浮上させる。煙によって前方の視界を遮られた形になった数体のプロッテは反応が遅れる。


「もろた!」


 石火が肩に備えているビームキャノンを数発発射する。放たれたビームは数体のプロッテの脚部を正確に射抜き、無力化させることに成功する。


「よっしゃ!」


「これで片付いたかな? うおっ⁉」


 建物の陰に隠れていた一機のプロッテが電に体当たりする。電は仰向けに倒れ込む。


「細いフォルムのわりには力があるね……」


 プロッテがサーベルを抜き取り、電に突き刺そうとする。


「あ、ヤバ……」


「オーセン!」


「⁉」


 そこに大洋の操る光が駆け付けて、刀でプロッテの右腕部をサーベルごと斬り落とす。


「間に合ったか!」


 プロッテはなおも肩のバルカンを光に向ける。


「しつこい!」


 光は返す刀の要領で刀を横に薙いで、プロッテの両脚を斬る。脚部を失ったプロッテは力なく地面に落下する。


「これで片付いたか……大丈夫か、二人とも?」


「! ああ……」


「う、うん……」


 大洋はモニターを繋いで、隼子たちに話し掛けるが、二人は素っ気ない返事である。


「ど、どうした? 怪我でもしたのか?」


「それ……何?」


「何とは?」


「唇のそれや!」


 隼子の指摘に大洋は自分の顔を確認してみると、唇のやや横に赤い口紅のキスマークが付いていた。


「なっ⁉ いつの間に⁉」


「何がいつの間にや! 全く白々しい……」


「お楽しみのところお邪魔して申し訳ありませんね~」


「ち、違うぞ、断じてやましいことはない!」


 顔を擦りながら、大洋は慌てて弁明する。


「よう言うわ!」


「……! 二人とも気を付けて!」


「何っ⁉」


「どわっ⁉」


 突然の砲撃が大洋たちを襲う。地面が爆風で吹き飛ぶ。


「な、何や⁉」


「あれは⁉」


 大洋たちの視線の先には、空を飛ぶ黒い戦艦の姿があった。


「戦艦やて⁉」


「桜島ほどの大きさでは無いようだが……」


「セバスティアンさん、あれは?」


 閃が冷静に尋ねる。


「タエン帝国の主力航空戦艦『ラワイスタ』ですね。多くのバリエーションがありますが、あれは海上・空中戦に適した最もベーシックな艦です」


 ラワイスタと呼ばれた戦艦のカタパルトから数機のプロッテが発進し、大洋たちに向かって襲い掛かってくる。


「新手か!」


 大洋たちは迎撃の姿勢を取る。




「航空戦艦まで持ち出すとは厄介だな……」


 ファンのコックピット内でタイヤンが唸る。その側でセバスティアンが呟く。


「それだけ、お嬢様が大切な御方だということです」


「随分と冷静だな……」


「セバスティアン、あのデータは確かなのよね?」


 ヂィーユエのコックピット内からアレクサンドラが通信を繋いでくる。


「勿論でございます、お嬢様」


「何? データって?」


 アレクサンドラはユエの肩にポンと手を置いて告げる。


「せっかく回収してもらって悪いのだけど……二人ともあの管制ビルに戻って頂戴」


「ええっ⁉ 狙い撃ちにされるわよ⁉」


「ボーナス……」


「御安い御用よ!」


 気持ちの良い返事をしたユエが機体を島の中央に位置する管制ビルに向かわせる。

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