第8話(2)桃色の片脚

 大洋たちは驚きの声を上げる。


「そんなに驚くこと?」


「い、いえ、大変光栄なことではありますが、その……」


「なによ?」


 隼子が言い辛そうに続ける。


「ど、どういった権限でそういったことになるのでしょうか?」


「……現在、この種子島及び、周辺の海域は『特級警戒状態区域』に指定されているわ。間もなく正式に通達があると思うけど」


「ええっ⁉ と、ということは……?」


 隼子の言葉に殿水が頷く。


「官民を問わず、一致協力の体制を取る必要があるの。よって貴女たちの会社も私たちの所属している組織の傘下に加わってもらい、作戦行動を共にしてもらうわ」


「流石はザ・トルーパーズ、防衛軍よりも上位になるんですね……」


 隼子の感心したような呟きに殿水は笑う。


「立場上はそうなるけど、別に偉ぶっているわけじゃないわ。軍人さんたちの気持ちを逆撫でしたりすると後々面倒臭いもの」


「……作戦行動とおっしゃいましたが?」


 閃が真面目な口調で尋ねる。


「これも追って正式に通達があると思うけど、『種子島防衛作戦』が予定されているわ」


「それは先に捕えた捕虜さんから聞き出した情報ですか?」


 殿水は首を振る。


「貴女たちは大会期間中だったから知らなかったと思うけど、数日前から周辺海域に古代文明人のロボットや潜水艦などの活発な行動が確認されているの。連中の目的は正直不明だけど、恐らくはこの種子島の宇宙センターを狙っての作戦行動だと予想されるわ。それもかなりの規模のね」


「攻めてくることは確実なんですか?」


「こちらもそれなりに諜報活動を行っているからね。十中八九、連中の侵攻があるとみて間違いないわ」


「いつごろになりますかね?」


「そこまでは掴めていないけど、恐らくこの明日か明後日には来るでしょうね」


「明日か明後日⁉」


 隼子が驚く。閃が顎をさすりながら呟く。


「陽動という可能性は?」


「他のエリアを攻めるってこと? まず無いわね。沖縄は元々地球圏連合軍の太平洋第三艦隊が常時駐留しているし、南部九州や四国についても、日本防衛軍西南方面隊が防備を固めている。わざわざそこに攻め込んでくる可能性は極めて低いわ」


「では昨日の襲撃はどう見ますか?」


「捕虜から聞いてみないと正確なことは分からないけど、大方斥候部隊の勇み足ってところじゃないかしら」


「本当にやってくるでしょうか?」


「来るわ。これは相手にとっても好機だと思うし」


「好機?」


 閃が首を傾げる。殿水が髪をかき上げながら答える。


「自分たちで言うのもなんだけど、私たちザ・トルーパーズとFtoVは日本防衛の重要な一角。それを崩すこの機会は逃さないはずよ。あちらさんにとっては色々と恨みつらみもあるでしょうしね……」


「なるほど……」


「諦めてくれるのならそれはそれで良し、やってくるのならば迎撃するまでよ」


「……それで特訓とは?」


 しばらく黙っていた大洋が不機嫌そうに口を開いた。


「なにかご不満?」


「いえ、弱者がいては、かえって強者の邪魔になるのではと思いまして」


「大洋……!」


 大洋の物言いに殿水がフフッと笑う。


「もしかしてさっきの言葉気にしている? 案外器が小さい男ね~」


「……」


「……残念ながら今のままでは、確かに貴方たちは弱者ね。戦いに必要とされる経験・技術、どちらも圧倒的に不足しているもの」


「ぐ……」


 大洋が悔しそうな表情を浮かべる。


「ただ……なんて言うのかしら、センスみたいなものは感じたわ」


「センス?」


「そう。私はそのセンスにかけてみようと思って、貴方たちを呼び出したの」


「明日までに特訓……ちょっと付け焼刃過ぎませんか~?」


 閃が両手を広げて天を仰ぐ。殿水は相変わらず両腕を組んだまま答える。


「無理は百も承知! 連中は恐らく貴方たちの存在を全く計算には入れていないはず……そこに生じた油断を突く!」


「成程! ウチらも重要な戦力に数えて頂いているんですね⁉」


 隼子の真っ直ぐな視線からサッと目を逸らして、殿水は静かに答えた。


「まあ、いないよりはマシってところかしらね……」


「え? 今なにかおっしゃいました?」


「な、なんでもないわ! さあ! さっさと特訓の準備を始めましょう! 機体は運び込んできてあるわね?」


「は、はい!」


「では五分後に、臨時に設けられた演習場で行いましょう」


「了解しました!」


「了解~」


「……了解」


 三者三様のバラバラな返答であったが、殿水はそのことを咎めることも無く、颯爽とその場を後にした。大洋たちも機体に乗り込む。


「昨日の今日だが、大松さんたちは良い仕事をしてくれたみたいだな」


「ホンマや……各機体ともしっかりと修理と整備がなされている……夜を徹してやってくれたんやな、ありがたいこっちゃで」


「大分、防衛軍等からの部品供与もあったけどね。なんにせよ仕事が速いのは助かるね」


「じゃあ、演習場に向かうか」


「おう、そうやな」


「……それにしても」


「どうしたんや、オーセン?」


「指定された演習場はどう見ても陸地なんだけど?」


「それがどないしたんや?」


「あの、殿水さんが乗っているのはどう見ても戦艦だった。ピンク色のド派手な」


「ああ、そうやったな……」


 大洋たちの言葉に隼子も疑問を抱く。


「……どうやって、訓練を行うつもりなんや? 揚陸機能搭載の戦艦というわけでもなさそうやし、ベタに海側からの艦砲射撃か?」


「リーチ外から撃ってくるつもりかもしれないけど、石火の飛行機能を使えば、リーチはあっという間に詰められるよ」


 閃の言葉に大洋が力強く頷く。


「よし、閃は陸地で戦艦の砲撃を引きつけておいてくれ、俺が石火の上に乗って、距離を詰め、艦に飛び移って、甲板を制圧する」


「OK~」


「なかなかええ感じの作戦やないか」


 大洋の提案に閃たちは頷く。


「お待たせ~。準備はいいかしら?」


 大洋たちのコックピットに殿水の声が聴こえてきた。


「ええ、俺たちはいつでもオーケーでっ⁉ ええっ⁉」


 大洋の驚きの声を聞いて、隼子と閃もモニターを確認し、


「「ええっ⁉」」


 大洋と同様に驚いた。何故ならそこには桃色の右脚がポツンと一本立っていただけだからである。具体的に言えばFtoVの右脚部分だけである。


「え、えっと、殿水さん、これはどういうことでしょう?」


 フンドシ姿になった大洋が慌ててモニター越しに殿水に話しかける。彼女は先程から着ていた派手なパイロットスーツに負けず劣らず派手なヘルメットを被っている。


「どういうことって、そりゃあこういうことよ」


「い、いや、意味が分からないのですが……」


「察しが悪いね~」


 殿水はあえてヘルメットを外し、素顔を出して、モニター越しの三人に話しかける。


「アンタたち相手には文字通り右脚一本で十分ってことよ」


「「「!」」」

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