第5話(3)イノセントデストロイヤー

 翌日、試合直前に両チームの選手が向かい合う。


「昨日は有耶無耶になってしまったが……決着は今日付けるぞ」


「ええ! こちらこそ望むところです!」


 大洋の言葉に五分刈りの男は力強く頷く。


「審判さん、ちょっと宜しいですか?」


「なんでしょうか? 梅原選手?」


 梅原と呼ばれた女性は大洋のことを指差す。


「彼はなぜ半裸なのでしょうか?」


「……もしかして俺のことですか?」


 フンドシ姿の大洋が答える。


「アンタ以外に他に誰がおるんじゃ……」


「これが俺の戦闘服みたいなものです! お気になさらず!」


「いや、気になってしょうがないんじゃが……」


「キックさん! 細かいことをいちいち気にすると美容に良くないですよ! ぐおっ⁉」


 梅原は鋭い蹴りを五分刈りの尻に喰らわせた。五分刈りは悶絶する。


「う、うう……」


「五分刈り男が美容がどうとか言うな、気色の悪い……後、アタシの名前は菊じゃ、小さい『ッ』を付けんな。っていうかそもそも下の名前で呼ぶな」


「た、多田野選手、大丈夫ですか?」


 審判が五分刈りに声を掛ける。


「だ、大丈夫です……これも指導の一環ですから、むしろもっと蹴って欲しい位です」


「そ、そうですか……」


「……変態度では良い勝負かもね~」


「な、同類扱いか! 心外だ⁉」


 閃の発言に大洋が抗議する。多田野が立ち上がったのを確認して、審判が声を掛ける。


「……こほん、えーそれではですね、両チーム正々堂々と、フェアプレー精神を持って試合に臨んで下さい」


「はい!」


「それでは、礼!」


「「お願いします!」」


 大洋と閃は一旦陣営に戻った。隼子が尋ねる。


「どうやった? 相手チームの様子は」


「チームワークは余り良くない……いや、むしろ相当悪いようだな。昨日と同じように鋭い蹴りを喰らっていたぞ」


「さ、さよか、それならその点で付け入る隙はありそうやな」


「ああ、そうだな」


「いや、どうやらあれが通常営業みたいだよ~」


 閃の言葉に大洋が驚く。


「何、あれでか⁉」


「コンビを組んでもう二年目。去年の九州大会にもあの二人で出場しているよ」


「そ、そうなのか……」


「実力者同士なんか……」


「あの五分刈りの彼、多田野一瞬ただのいっしゅん君が、インタビューなどで突拍子もないことを言うと、黒髪ロングの彼女、梅原菊うめはらきくさんの鋭い蹴りが飛んでくるのは、ロボチャンマニアの間ではもはやお馴染みの光景らしいね」


「マニアは一体どこに注目してんねん、ロボットに注目せーや……」


 隼子が呆れた声で呟く。閃が説明を続ける。


「問題は多田野君が、端から見たら梅原さんの単なる暴力でしかない行為を不甲斐ない自らに対する教育的指導の一環として真摯に受け止めているっていうことだね」


「そ、そうなんや……」


「純粋なんだな、ある意味」


 大洋の呟きに閃が反応する。


「そう、そんな二人に付いたあだ名は『イノセントデストロイヤー』!」


「訳するなら『純粋な壊し屋』か」


「け、結構強そうやな」


「というわけだよ大洋、油断せずに行こう」


「ああ、勿論だ」


「二人とも気を付けてな!」


 隼子の声に送られて、大洋の搭乗する光と閃が搭乗する電が、試合が行われる、バトルフィールドへと向かった。


「昨日とは違うフィールドなんだな……」


「今大会は全部で4つほどフィールドを用意していて、そこからランダムに指定されるって感じかな~。昨日は『平地』だったけど、今日は『山沿い』だね」


 ラインに入る二機。閃が声を掛ける。


「今回も接敵は速いと思うから迎撃の準備しておいてね」


「ああ」


「念の為、作戦確認だけど……」


「向こうの弓矢、電のキャノンとガトリングガン、射程ではこちらに分がある。撃ち合いが予想されるが、そんな中、俺の光は相手の隙を突いて距離を詰めて……仕留める!」


 大洋の力強い返事に閃は満足そうに頷く。


「そうだね。向こうはこっちの機体データは持って無いだろうから、現状把握に戸惑っている内に叩く、先手必勝!で行こう」


「了解した」


 しばらくして、大洋たちのモニターに相手の機体、ダークホースが映った。馬が走るかのように弾みながら、突き進んできた。


「来たな!」


「全長は約24m、速度も思った以上のようだね……」


「閃!」


「分かっている! 脚部を狙ってご自慢の機動性を奪う!」


 そう言って、閃は電の左腕のマシンガンを発射させる。次々と放たれた銃弾の雨あられがダークホースに襲い掛かる。


「!」


 ダークホースは飛んでその攻撃を躱した。大洋たちは驚いた。飛んで躱すことは勿論予想の範囲内ではあったが、飛んだ方向が予想外だったからだ。


「こちらに向かってきた⁉」


「横か後ろに飛ぶかと思ったけど……」


 ダークホースが着地して、更に大洋たちに向かって突っ込んでくる。そのスピードは一層加速している。


「距離を詰めてきた⁉」


「! 大洋! アイツの右手を!」


「何! ……あれは⁉」


 大洋がダークホースの右手を見て驚いた。その手に巨大な西洋風の槍であるランスが握られていたのである。


「あんな武装があったのか⁉」


「九州大会用の隠し玉ってことかな?」


 大洋が戸惑っている内に、ダークホースが光との距離をあっという間に詰めて、ランスを鋭く突き出してきた。


「ぐっ!」


 光が名刀・光宗(仮)を引き抜いて、ランスを受け止めようとした。しかし、ダークホースはスピードに乗った状態だった為、その勢いに圧され、刀を弾かれてふらふらとよろめいてしまう。


「し、しまった!」


 相手は出来た隙を見逃さず、ランスを立て続けに突いてきた。大洋は光の体を丸めさせるようにして、頭部や胴体への直撃を何とか避けようとした。しかし、ダークホースの繰り出すランスは光の両肩や両膝にダメージを与えた。


「く、くそ!」


「大洋! ……」


 閃が大洋に文字でメッセージを送る。相手と近接している為、通信を傍受されるのを避ける為である。大洋はそのメッセージを確認して驚いたものの、コントロールパネルを即座に操作し、「了解」と返信を送った。そして、大洋は光のガードを緩めた。それを見た相手が再びランスを突いてきた。


「よしっ!」


「何⁉」


 光は胸部を狙ってきた相手のランスを寸前で躱し、左の脇を使って巧く挟み込んだ。近接している為か、回線が混線し、多田野の戸惑う声が大洋に聴こえてきた。さらに大洋は刀を一旦収納し、光の右腕を伸ばし、ダークホースの左前脚を掴んだ。


「何だと⁉」


 今度は梅原の驚いた声が聴こえてきた。


「閃、今だ!」


「ナ~イス♪」


 閃が電をダークホースの後方に周り込ませ、右腕のキャノンを構える。


「ま、まさか……」


「射線上に味方がおるんじゃぞ⁉」


「当たったらごめんね~大洋」


 そう言って、閃はアームキャノンを発射した。ダークホースの背面、右肩部の辺りに直撃した。


「どわっ!」


「ぐっ!」


「! うおおおっ‼」


 砲撃を喰らい、体勢を大きく崩すダークホース。大洋はすかさず光の体を捻じらせる。そして脇に挟んでいたランスごと、ダークホースの右腕をもぎ取った。


「! キックさん!」


「くっ!」


 何とか体勢を立て直したダークホースは右前脚で光の右腕を蹴り飛ばし、すぐさまバックステップして、距離を取った。その様子を見た大洋は回線をオープンにして、相手に語り掛けた。


「お前たちの隠し玉は防いだ! 右腕が無ければ自慢の弓矢も使えまい! 継戦能力はもはや無いはずだ!」


「……」


「降伏を勧告する!」


「「! ……はっはっは‼」」


 わずかに間が空いて、相手から笑い声が響いてきた。大洋が尋ねる。


「何が可笑しい⁉」


「あんなこと言っていますよ、キックさん?」


「キックさん言うな……おい、フンドシ男」


「何だ?」


「まさか隠し玉がそのランスだけだと思うなよ?」


「⁉」

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