第23話 最強の四人

 旧王都サン=ライティア。そこは人類の復興の象徴だ。


 最も栄えている中心部、セクト=ザンティンは、他の都市とは比べ物にならない喧騒に溢れていた。石畳が敷き詰められた大通りは、贅沢なことに等間隔で夜の灯火が設置されている。大都市でなければ見ることのない、白貴石や黒貴石を使った家屋の隙間を抜けていくのは、旧貴族と思しき煌びやかな服を着た婦人、夜に向けて装備を揃えに来た夜狩りたち、角や尖った耳を隠すため、目深に外套を被った【影】──それらが入り交じった独特の雰囲気が目や耳を刺激してくる。


 そしてシルヴェスターは、そんな光景が嫌いだった。


 これだから昼間に王都を歩くのは嫌なのだ。騒々しいし、不躾な視線が鬱陶しいことこの上ない。それに、この贅を凝らした王都の造りは、夜狩り連合の権力の誇示でしかない。それにもうんざりだった。だからこそシルヴェスターはあまり昼間には外に出ないのだが、今日はそうもいかなかった。


 夜狩り連合には定例会議がある。通常、夜狩りたちはそれほど厳格に管理されているわけではないが、強大な戦力である第一階級シビュラたちは別だ。あまりの面倒さに欠席していたのだが、いい加減出なければギルバートに殺される。


 ぼんやりと歩いていると、商業の盛んな区域を過ぎ、次第に人がまばらになってくる。大きな家が目立ち始め、夜狩り連合の堅牢な建物が見えてくる。この辺りは夜狩りたちが多く行き交っており、一般人はあまり寄り付かない。よって、人は少ないはずなのだが──なぜか人集りができていた。


 それが視界に入った瞬間、シルヴェスターは即座に進路を転換しようと試みたが、一手遅かった。


「シルヴェスター、久しぶりだな!」


 無駄に優れた視力でシルヴェスターを発見した彼女は、こちらに向けてハスキーな声を放った。こうなるともう回避は不可能だ。その周りの信奉者──悪く言えば取り巻き──が煩いからだ。


 シルヴェスターは自分の顔が引き攣るのを感じながら、殊更にゆっくりと振り返った。


「ヘルツ……」


 人集りの中でも、ざっくりと切られた茶色のショートヘアに、大きな目が特徴の女性が友好的な笑みを浮かべたのが見えた。その理由は一目瞭然だ。近づいてきた彼女を、シルヴェスターは渋々。シルヴェスターの身長とて193セルはあるというのにそうしなければならないのだ。


 ヘルツはあまりにも巨大だった。2メルを超える背丈と、鍛えられた肉体から放たれる威圧感を快活さで打ち消しているのか、彼女の周りにはいつも教えを乞う夜狩り​──つまり取り巻きがいる。


 ヘルツ・ザフィール。第一階級シビュラのうちの一人である。


「アストラのこと、聞いたぞ。もう傷は大丈夫なのか?」


「お前は俺の母親か? ギルバートに呼び出されなきゃ大丈夫だったよ。……レンのやつはどうした」


 刺々しいシルヴェスターの返答に、周りの夜狩りがざわめくが、対するヘルツは残念そうに肩を竦める──こういうところが合わないのだ。


「どうも、この前から体調が悪いみたいでね。今回は私一人で来たんだ」


 いつも眠そうな弟子の顔を思い浮かべ、絶対仮病だな、とシルヴェスターは思ったが、気持ちは分かるので何も言わなかった。ヘルツの後について本部に向かう。


「君こそ噂の弟子を連れてこなかったのか? ぜひ紹介してほしかったんだが……」


「後で迎えに来る予定だ。今日はアストラとは別に俺からの報告もあるからな」


「それは珍しい。……しかし今回は厄介事が持ち込まれる気がするんだ」


「そうじゃないことがあったみてえな口ぶりだな」


「そう言うな、今回のは本物だぞ。なんせセクト=レーヴの件らしいからな」


 ヘルツに同意するのは癪だったが、なるほどそれは厄介事に違いなかった。王都には三つの区域があり、中心地のセクト=ザンティン、外周部のセクト=フィラルハ──そして地下都市のセクト=レーヴ。ギルバートの力が及ばない、一種の治外法権の地下都市は、まさに厄介事の塊と言えた。


「はぁ……ギルバートのやつは何を考えてるんだか」


「……気をつけろよシルヴェスター。よくない流れだ」


「わかってる……だがその辺にしておけ。もう着くぞ」


 ヘルツは要塞じみた本部を前にして口を噤んだ。取り巻きが素早く前に出て、恭しく扉を開ける。それを見るだけでため息が出そうになったシルヴェスターは、代わりに彼女に苦言を呈することにした。


「おい、これやめさせられないのか?」


「そんなことを言われても……本人たちがやりたいと言っているのだから仕方ないだろう」


 ヘルツの呑気な返答に、今度こそため息を吐いたシルヴェスターは気持ちを切り替える。今第一階級シビュラたちが危惧しているのは、夜狩りの私兵化だ。その傾向がすでにないとはいえない。


 そもそも、村や街に配給される核は、連合が決定しているのだ。その状態が支配であるといえばそうだ。が、核の奪い合いで内輪もめしている場合ではないし、少数を切り捨てたとしても多数を生かす、それ自体はシルヴェスターとて黙認している。妙に正義感の強いラドルファスもそうだろう。


 きな臭いのは、ここ最近のギルバートの動きだ。セクト=レーヴの件も、わざわざヘルツが警告したのだ──シルヴェスターは彼女のことは苦手に思っていたが、その能力は信頼している。他の第一階級シビュラについてもそうだ。おそらく【夜】関係だけではない何かを命じられるに違いない。


 会議室に入ると、驚くことに他の二人はもう席に着いていた。二人の出席率はシルヴェスターよりもひどいので、明日は翼砕の槍でも降るのかもしれない。机はシンプルな意匠だが、天板は朝露石で作られており、窓からの光を反射して輝いている。その窓は採光用でごく小さいが、部屋は明るかった。壁に等間隔に設置されているのは、贅沢なことにすべて朝の灯火だ。シルヴェスターからすれば本当に無駄遣いとしか思えない。


 席に座る二人は、影のある美貌の女と、中性的な容姿の青年だった。


 第一階級シビュラの夜狩りは現在四人。


「絶対防御」 ヘルツ・ザフィール。

「破軍幽群」 クラウン・ロウ・ルドワーズ。

「月季甕星」 アルベド。


 そして「金枝薄明」 シルヴェスター・ヴァレンシュタイン。


 揃いも揃って協調性がなく、癖の強い人間の集まりだ。


 青年の横には大きなトランクが置かれている。それを見とがめたヘルツが呆れたように、


「ああ、またか。ル──」


「ヘルツさん」


「分かったよクラウン。君も大変だな……確認するが、?」


「助かりますヘルツさん。はい、仰る通りです」


「…………」


 クラウンの返答に頭を抱えたヘルツは、それきり沈黙した。


「まあいいじゃねえか。アルベドは来てるだろ、ギルバートもひとまず満足するさ」


「そういうことじゃない! 私たちは夜狩りたちの手本とならなければいけない立場なんだぞ! だというのにクラウンときたら……シルヴェスター、お前もだぞ! この前も──」


「はいはい。それを言うならアルベドもだろ」


 また始まった、と思いつつヘルツを受け流す。そもそも、第一階級シビュラとか第二階級セーデというのは連合が勝手に決めたもので、そこに責任が発生してはたまらない。他の三人も同じ考えだろう。

 

 しかし責任感の強いヘルツはそうは思っていないようで、後進の育成にも力を入れているようだ。ご苦労なことである。が、自分に小言が降り掛かってくるのはいただけない。


 水を向けられたアルベドは不機嫌そうに顔を歪めた。とは言っても、彼女の機嫌がいいところなんて見たことがないが。


「五月蝿いわね、一緒にしないでくださる? そこのサボりとは違って、私は研究で忙しいのよ」


「誰がサボりだ」


「皆さん、そこまでにしてください。ティアーベル殿が来ますよ、あと二十五秒で」


 クラウンは人間離れした聴覚で足音を聞き取ったようだ。大人しく口を閉じ、シルヴェスターは席に着いた。緩みかけていた思考を引き締める。ここからはよく考えて立ち回らなければならない。


 場の緊張が高まった瞬間、反対側の大扉が開け放たれた。入ってきたのは壮年の男。しかし纏う雰囲気は少しも衰えておらず、異様に目つきが鋭い。腰には彼の代名詞である一振りのサーベルを刺している。夜狩りの始祖、ティアーベル家当主のギルバートは、未だ現役の夜狩りだ。第一階級シビュラたちを見渡した彼は軽く頷いた。


「……実質的に全員揃うのはいつ以来だったか。久方ぶりだなアルベド、ヴァレンシュタイン?」


 その声には咎めるような色も含まれていたが、両名は華麗にスルーした。


「では始めようか。今回の議題は反連合組織である『銀蛇の夜会』殲滅作戦についてだ」

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