第13話 サーシャからのお願い
支度をすませ再び宿に向かい、二人を呼び出してもらう。
しばらく外で待っていたら、ピンクの髪をした二人の女性がやや神妙な面持ちで出てくる。
サーシャは俺に気付くと笑顔になり「それでは行きましょう」と言って歩き始める。
少し気になったので俺はリネットに何かあったのか聞いてみる。
「まぁ、ちょっとね……。さっ、行きましょう」
そう言うリネットも少し元気がない。どうやら、宿屋の風呂が壊れてたとかそういう感じじゃなさそうだ。
先を進むサーシャの足が止まり、辺りをキョロキョロとしている。
「どこのお店に入ろうかしら……。ソウタさんは何か食べたいものはありますか?」
「俺もまだどんな食べ物があるかわかってないんだよ。適当に入ってみるか」
町は昼間と違って飲食店やパブが喧騒で溢れている。
俺はひときわ人が集まってる店を見つけたので、どんな食べ物があるのか様子を見に行ってみる。
そこの看板には目付きの悪い牛の絵が描かれていて、メニューを見てみるとどうやらステーキ屋のようだ。
「客も多いみたいだし、ここはどうだ?」
「いいわねえ。体力も使ったし、お肉でも食べて元気を出したいわ」
先程までやや暗かったリネットの表情が笑顔になり、乗り気で店の前にあるメニューを見る。
それを見たサーシャが「ではこちらにしますか」と言って三人で店内に入っていく。
店内は多くの人で席を埋めつくしており、肉を焼いたいい匂いがたちこめている。
テーブル席に案内された俺達は各々好きなもの注文をする。
肉を注文して気分が上がったのか、リネットが饒舌に喋り始める。
「それにしてもこっちに着いたかと思ったら変な男に遭遇するわ、木の化け物に襲われるわで災難だったわ」
「それを言うなら俺だって、のんびり薬草採取してたら怪しい女に殺されかけるわ、木に恨まれるわで最悪だよ」
「殺しかけたのは謝ったじゃない! それに木は私達も意味がわからないのよ!」
「そんなに大きな声を出すなよ! 店に入るときの笑顔はどこにいったんだ」
またもやお互い喧嘩腰になり、顔を付き合わせて再び火が着きそうになる。
しかし二人とも顔を見合せると、プッと笑って吹き出してしまう。
「はははっ、リネットは本当に負けず嫌いだな」
「あなたの方こそ絶対譲らないじゃない。でも、私達のことを秘密にしてくれてるみたいだし改めて感謝するわ」
「一緒に戦った仲だしな。とりあえず信用することにしたよ」
「それにしてもこの世界の勇者だけあって結構強いのね、あんな動きそうそうできるもんじゃないわ」
「リネットもこの世界を助けるというだけあってなかなか強いんだな。あの青い鳥を武器に変えたときはビックリしたよ」
「まあ、私達は選ばれたエリートですからね」
ふふん、とリネットは得意気に鼻を鳴らす。
「リネット! 調子に乗らないの!」
サーシャはリネットをたしなめた後、俺にお礼を言う。
「本当にありがとうございましたソウタさん。おかげでなんとかあの森から抜け出すことが出来ました」
「そんなかしこまったお礼を言われるほどのことはしてないって」
そうこうしてると注文した料理が届く。
「お待たせしました! こちらブルット牛のステーキとホボロン鳥の唐揚げです! 後サラダもすぐお持ちします」
おお! うまそうだな!
熱々の鉄板の上に大きな肉がジュウジュウと美味しそう音をたてている。
「これは美味しそうですね! それでは早速頂きましょうか」
サーシャがそう言うと俺達は手を合わせ食べ始める。
溢れる肉汁を眺めながらナイフを入れてみる。
肉は抵抗することなくナイフがスッと入っていく。
もう分かる。これは絶対ウマイやつだろ。
それをフォークで刺して食べてみると、柔らかい肉質と上質な脂が口の中で踊る。
はい! 美味しい!
もう、なんなのこのプリプリとした食感は! ソースも脂に負けない濃い味だからいくらでもいけるな。
リネットも同じなのか恍惚とした表情をして、ほっぺたを両手で押さえている。
「ここにして正解ね。こんな肉質のステーキ食べたことないけど、美味しいわ」
「そうね、この世界の味が私達に合ってて良かったわ。異国の長期滞在で食事が合わないとかなりのストレスになるって言うものね」
サーシャも気に入ったらしく食が進んでいるようだ。
「そういえば、あなたこの世界の勇者なのになんであんなとこで薬草なんて取ってたの?」
「え? ああ……その……あれだ。そう! この世界の見聞を広めようとちょっと散歩してたんだ」
「それにさっき宿屋の主人が今日は勇者のギフト授与式があったって言ってたんだけど、あなたもなにか貰ったの?」
「ああ! はいはいギフトね? ほ、ほらギフトならここの腕にあるだろ」
俺は袖をまくり、腕に付いた模様を見せるも、リネットは疑わしい目でこっちを見る。
「あなた、本当にこの世界の勇者なの? 実力的には本物っぽいけどなんか怪しいわね」
ははっ……農夫以下の能力で勇者候補から外されたなんて言えないよな。
「嘘は言ってないぞ。勇者候補として召喚されたとは言ったが勇者とは一言も言ってない。それはリネットが勝手に勘違いしただけだろ」
「え? あなた勇者じゃないの? 召喚されたんでしょ?」
「こっちにも色々事情があるんだよ。簡単に言うと世界の危機を救う勇者じゃなくて、自由気ままに生きる勇者候補ってところだな」
勇者候補ですらないけど、まぁいいだろう。
「俺のことはもういいだろう。それでお前達はこれからどうするんだ?」
「とりあえず隣の国に行くわ。そこでこの世界の情報を仕入れるつもりよ」
「あてはあるのか?」
「まあね」
リネットはそう答えるが、その途端二人とも宿屋で会ったときのような顔になる。
サーシャがリネットになにか話してるようだが、リネットが「それはダメよ」と言って拒否している。
それでも構わずサーシャが俺の方を見て口を開く。
「ソウタさん、先ほどの話を聞いて相談したいことがあります。実は、先にこのエルソールに来て情報収集してたチームと連絡が取れなくなったんです。もしかしたら先ほど襲ってきた者が関係してる可能性もあり、何かあったのかもしれないのです」
リネットはサーシャに喋るのを止めようとするが、サーシャの頑なな姿勢に気圧される。
「仲間は隣の国にいるはずなので、そこに行って合流しようかと思っています。そこに行くまでで構いません。また襲ってくるかもしれないので護衛をお願いしたいのです」
「そんなの私がどうにかするわよ」
「考えたくないけどもし全滅してたとしたら、それだけの力を有してることになるわ。そうなったら私達だけで対処するのは無理よ」
サーシャはこちらに向き直ると話を続ける。
「もちろんタダでとは言いません。もしお金が必要ならそれなりの報酬をお支払いします」
そうは言っても勝手に国外に出るわけにはなぁ……でもまあ、少しくらいなら大丈夫か。
「別にいいけど、昼のやつはたまたま上手くいっただけで、実は強くないと思うから期待しないほうがいいかも」
「そうなんですか? 十分戦えてると思いましたが。それでも引き受けて下さるならありがたいです」
「目的が同じかわからないけど、この世界の手助けが出来るなら引き受けるよ」
「ありがとうございます! 一緒に行ってくれるなら心強いですわ」
「リネットはどうなんだ? あまり乗り気じゃないみたいだか」
「姉さんがそこまで言うなら私からもお願いするわ。確かにまだ襲ってきた敵のことはなにもわからないから、一緒に付いてきてくれると助かるしね」
「じゃあ決まりね!」
サーシャは先ほど運ばれたサラダにフォークを刺しながら喜ぶ。
異世界でのんびりしてようかと思ってたら、そうもいかなくなったか。
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