第38話
「何をするつもりか知らんが、この状況でなにかできるとでも……!?」
コーラルが孤立したレオンのことをあざ笑おうとした瞬間、信じられないことが起こる。
「ど、どこに行った!?」
慌ててキョロキョロと周囲を見回したのは息子のエリック。
ひどく動揺しており、先ほどまで目の前にいたはずのレオンの姿を必死に探している。
(成功だな)
レオンは懐に忍ばせておいた姿隠しのナイフに触れて魔力を流していた。
ダインが作った逸品であるナイフの力で一瞬でレオンの姿は見えなくなり、それはローブの男の魔力感知すらもすり抜ける。
(フィーナクラスでもなければ俺の居場所を見つけられないはずだ……あとは)
ダインに心の中で感謝しながら息をひそめたレオンは音をたてないように移動すると、部屋の扉をあける。
「そっちか! 逃がすな!」
「承知」
「任せろ!」
ガチャリと音を立てて空いた扉に一瞬で気を取られた三人。
コーラルの言葉に頷いたローブの男とエリックが扉から出て行き、見えないレオンを追いかけていく。
(思惑どおりに動いてくれたな)
しかし、レオンは扉をあけただけで未だ部屋の中にいた。
レオンはこの場で報告を待ちながら扉の方に気を取られているコーラルのもとへ近づくと、思い切り彼の頭を殴りつけた。
「――ぐはっ! な、なんだ!? い、痛いぞ!」
コーラルは不意に背後から襲われて、誰もいないはずのレオンの部屋で殴りつけられた頭を押さえながら必死にあたりを見回し、一人戸惑っていた。
そんなコーラルに容赦なくレオンは更にもう一発、今度は顔面へと殴りつける。
できる限り位置を変え、コーラルの意識のうちに入らないように心がけながら行動しているため、ナイフの効果は持続している。
「うぐお! き、貴様、ここにいるな! おい……ぐへえっ!」
とめどない攻撃に必死の形相でコーラルはエリックたちを呼び戻そうとするが、更なる一撃がコーラルを襲う。
次々に殴られているコーラルは、悲鳴とうめき声以外の声を出すことができず、ただただダメージを蓄積してぐったりとしていく。
あれから、まだ三分程度しか経っていないが、コーラルの顔はすっかり腫れあがり、もう立つこともできなくなっている。
「この……っ!」
人生で初めてこんなにも頭に血が上り、夢中になって殴りつけるレオンの手は赤く腫れあがっている。
しかし、戦闘経験の少ないレオンは興奮から手が赤くなっているのに気づいていなかった。
「――ストップ!」
そんな彼の手を掴んで止めてくれたのは泣きそうな顔のフィーナだった。
「あっ、えっ……あぁ、フィーナか……ありがとう」
茫然自失のレオンはようやく見知った顔を見て力が抜け、落ち着いたように大きく息をする。
止めてくれてありがとう、外の魔物を倒してくれてありがとう、それとローブの男とエリックをきっと止めてくれたんだろうと予想して、そちらにもありがとうと、一つの言葉に集約していた。
「ううん、こんなやつ先生が拳を痛めてまで殴る価値なんてないよ! ……と、いってももうだいぶボロボロだけどね……あと、あいつら捕まえておいたよ」
自分がレオンを守るといった手前、こうしてレオンに手を出させてしまったことをフィーナは申し訳なく思っており、少し弱い笑みを浮かべながらレオンを気遣う。
部屋の隅にはロープでグルグル巻きになったエリックと黒ローブの男の姿があった。
「慣れないことをするもんじゃないな……」
コーラルから離れるようによろよろと数歩下がると、どさっと力なく腰を降ろす。
殴っていた手はもちろん、ナイフを握りしめていた反対の手もがくがくと震えていた。
フィーナはそんなレオンを横目に見ながらひとまずコーラルの身体をロープで拘束し、エリックたちとひとまとめにする。
「ほら先生、ナイフをゆっくりと離して、それから右手もゆっくりと開こ……?」
そしてふわりとやわらかい笑みを浮かべながらフィーナはレオンに優しく声をかけて、彼の身体を徐々に解きほぐしていく。
「あ、あぁ……こんなに誰かを殴ったのなんて、子どもの頃のケンカ以来かもしれんな」
力なく腰掛けながらも手はこわばったままだったことに気づいたレオンがゆっくりと手の力を抜くと、跡が残るほど握っていたようで、手には爪が食い込んだ跡があった。
自分が戦い慣れしていないこと、戦いに向いていないことを改めて感じたレオンは、呆然と何度か手を開いたり握ったりして感覚を取り戻していく。
「ふふっ、だから私みたいに戦い専門の部下がいるんだけどね。……でも、ごめんね。先生、怖かったでしょ?」
「は、ははっ……怖かったというか、なんていうんだろうな。フレイアのことを馬鹿にされて頭に血が上ったあとは、よくわからなくなっていたよ……あんな理性のない行動をするなんて、元教師失格だ……」
自分のことではさほど怒ることのないレオンだったが、大事な生徒のことを言われるとどうしても許せない気持ちが強くなってしまっていた。
「そんなことないよ! ……やっぱりそこが先生らしいよね。でも、今回は失敗だなあ。先生がそんなことをしなくていいように私がいるのに、外に引っ張られちゃったし、思ったより数が多くて倒すのに時間かかっちゃった……。ほんとごめんね」
眉を下げて悲しげな表情のフィーナは再び謝ると、座ったままのレオンを優しく抱きしめる。
「フィーナ……」
レオンは彼女がしたいように任せて、抱きしめられたまま抵抗せずにいる。
フィーナの申し訳なさが痛いほど伝わってきて、震えている彼女にどう声をかけようか疲労感に満ちた頭で考えを巡らせていく。
襲撃が落ち着いたのか、レオンの部屋には静かな時間が流れる。
抱きしめられたままのレオンはジンジンと痛みが広がる右手とフィーナの体温を感じる。
そのまま数分したところで、外からバタバタと焦りをにじませた足音と、ざわめく声が聞こえて来た。
「「「レ、レオン様ああ!」」」
しばらくして外から聞こえてきたのは、涙交じりの料理を作りに来ていた女性たちのレオンを呼ぶ声だった。
どうやら料理を作りに来た女性たちが、他の男性たちを呼びに行き、外で倒れている魔物を発見して急いでレオンの救出をすべく、屋敷に向かってきてくれたようだった。
「――ふふっ、みんな来ちゃったみたいだね。もうちょっとこうしてたかったけど……さ、みんなに無事だって教えて安心させてあげよ! おーい! みんな、先生は無事だよー!」
ぱっと笑顔でレオンから離れたフィーナが窓からバルコニーへと出て、そこから下のみんなに声をかける。
「……フィーナ」
彼女のおかげで震えが止まったことに気づいていたが、彼女がどんな思い出抱きしめてくれたのかは今は気づかないままにしてレオンもバルコニーへと出て行く。
「あぁ、よかった! レオン様だ!」
「ご無事でよかった!」
「領主さまあああ!」
屋敷の前には、子どもも大人も職人たちもみんながレオンのことを心配して屋敷に集まっていた。
その手には包丁、ハンマー、木の棒など、それぞれ思い思いのとにかく武器になりそうな物を持っており、なにがなんでもレオンを守ろうという領民たちの気持ちが伝わって来ていた。
領民たちはレオンの姿をとらえると、ほっとしたように安堵の笑みを浮かべている。
「せーんせ、みんなすごいよ。多分、話を聞いた人たちみんな集まってくれてるよ!」
嬉しそうにレオンに向かって笑ったフィーナに頷いて応える。
今でもどんどん人が集まって来ており、このままでは収集がつかなくなってしまう。
「みんな、集まってくれてありがとう! 侵入者は俺とフィーナによって捕らえた! 心配をかけて申し訳なかったが、俺は無事だ!」
「「「「おおおおおおお!」」」」
レオンの言葉に領民たちから大きな歓声が巻き起こる。
最初は本当に小さなことからコツコツとシルベリア領をはじめとする領民たちのために行動していたレオンが、気づけばいなければならないほど大きな存在になっていたこと、この地は彼がいるからこそ成り立っているのだと、領民たちは強く感じ取っていた。
「街を守るために今も騎士と職人たちが戦いに出ている。彼らはきっと無事帰ってくる。その時に彼らのことを歓迎して迎えてやってくれ! そして――その時はともに勝利を祝おう!」
「「「「おおおおおおおおおおお!」」」」
再び歓声が巻き起こり、彼らはそれぞれ食事や酒などを取りに作りに家へと戻って行った。
「――あとは、あいつら次第だな」
「だね!」
レオンとフィーナはバルコニーから、北の方角に視線を向けていた……。
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