第35話


 その後、フレイアは密かに連れてきていた近衛騎士の護衛のもと王都へと戻って行った。


 移住することになった難民たち、そしてグレッグたち騎士はそこから大忙しだった。


 難民たちは持ってきた荷物を運び入れ、それを家の中で整理していく。

それが終わればレオンが用意した書類の記入という作業が待っている。


 騎士たちは引っ越し用の荷物を持ってきていないため、住む場所を決めた後は日用品の用意を始めるところからスタートしなければならず、生活の基盤を揃えるので精一杯だった。




 新しい仲間たちを迎えて慌ただしくも穏やかな日常を送っているある日の朝食中、レオンの屋敷に必死の形相をした騎士の一人が飛び込んできた。


「ほ、報告があります!」

 緊急のようで、急いで入ってきた騎士は汗だくで、息をきらしながらやってきた。

 普段の彼ならばそういった行動をしないことは誰もが知っていたため、緊急事態かと皆が身構える。


「聞かせてくれ」

 真剣な顔のレオンは彼に続きを促す。

 この場所にはフィーナ、ドワーフ三兄弟、グレッグの姿があり、現在のシルベリア領の首脳が勢ぞろいしていた。


「ここより北方、北の平原より、魔物が多数こちらへと向かっております! その数———五十!」

「五十、か」

 フィーナがいる以上、数だけを聞くとそれほどの脅威ではないのではないかとその部屋にいる者は思った。

 その数は魔物の種類にもよるが、今シルベリア領にいる騎士団たちかフィーナ一人で十分対処できるものだった。


「そんなくらいなら……」

 実際、それほどでもないかと思ったフィーナは大剣に手をかけて立ち上がろうとする。

 彼女にかかればこれくらいの数は敵ではなかったからだ。


「……魔物の種類は?」

 だがそれを引き留めるように硬い表情のグレッグが質問する。

 ゴブリンが五十体いるのと、オーガが五十体いるのと、デスウルフが五十体いるのとでは圧倒的に危険度が異なる。


「ジャイアントオーガが十!」

「ジャイアント!?」

「オーガ!?」

 騎士の言葉を聞いて、ダインとガインが驚いて立ち上がる。 


 ジャイアントオーガとは巨大なオーガという意味の名前だが、その身長は十メートルを越え、凶悪な見た目と粗雑だが大きなこん棒から繰り出される一撃は相当なものだ。

 そこらにいる普通のオーガと比べて明らかに生命力も高く、ちょっとやそっとの攻撃は通じない。

 通常、こんな一般的な領地の近辺でみかける魔物ではなく、魔界と呼ばれるような魔素の濃い特別な場所でだけ存在すると言われている。


「フレイムウルフ、アイスウルフ、サンダーウルフがそれぞれ十体ずつ……!」


 騎士のこの報告にレオンは天井を仰いでいた。

 魔法も使い、素早い動きで、鋭い爪による攻撃をしてくるいわゆる属性ウルフ―—これはかなり厄介な相手だった。

 狼独特の集団行動を得意とし、様々な属性の技を使ってコンビネーションを決めてくる彼らがそれぞれ十体ずついるとなるとその相手は簡単ではない。


「スラッシュバードが十体、以上です!」


 最後に告げられたのは、羽が刃のように鋭い鳥の魔物だった。

 素早い攻撃と羽根を飴のように降らせる攻撃が組み合わされると空中の彼らに手出しできるものは多くないといわれている。


「なんだと! まさか、そんな魔物たちがそれほどの数で来るとは……」

 報告を聞いたグレッグは驚きから愕然としてしまう。


 今聞いた魔物たちは、どれも生息地が異なり、一度に揃って襲ってくることなどありえない。

 しかも、各魔物はBからAランクの魔物であり、一般的な冒険者ではあっさりと負けてしまう。

 いくらSランク冒険者のフィーナといえど、全員を一気に倒すとなると、その相手は簡単ではない。


「なるほど……つまり、誰かが手引きしている可能性がある……のか」

 難しい表情をしたレオンがポツリと呟くと、全員の視線が彼に集まる。


「手引き、か。俺たち三人やフィーナ嬢ちゃんに恨みを持つやつか、もしくは……」

「ここの領地を荒らすか、手に入れようとしているんだろうな」


 こうは言ってみたが、可能性が低いことはレオンも理解している。

 土地自体は多くの住民が逃げ出すほどには旨みがない場所であることは周辺の領地ならば誰もが知っていることであるため、領地を狙うとは思い難い。


「いや、違うか。手引きしているやつの目的は、俺かもしれないな……」

 ゆえに、最も大きい可能性はレオン目当てということになる。

 レオン自身は大したことはないと思っているが、フレイアやフィーナをはじめとした生徒たちから慕われるレオンの人脈を狙っているのではないかと考えた。


「———そう簡単にやられてはたまらないからな、あがいてみるか。グレッグ、騎士団は魔物たちの撃退を頼む」

「承知しました!」


 今の主であるレオンの命であるため、ひとまず敬礼をし返事をするが、彼は嫌な予感を覚えていた。

 果たして自分たちだけでそれだけの戦力を倒すことができるのか? そして、それだけで本当に終わりなのか? と。


 それでも何も言わず、即答したのは彼らの役目がこの領地の防衛であると理解しているがゆえだった。


「そうだな……ダイン、ガイン、ユルル、悪いが三人も騎士たちに同行してもらっていいか?」

「――えっ!?」

 レオンの言葉に驚いたのは当人たちではなく、グレッグだった。


「ははっ、そりゃ職人に戦いに行けって言ったら驚くか。それは理解できるとして、お前たち戦えるだろう?」

 レオンのその確認にダインがニヤリと笑って立ち上がる。


「当り前だ。俺たちは武器を作って、自分たちで試し斬りなんかをしてるんだぞ? 戦えなくてどうするよ!」

 任せろとドンッと胸を叩き、頼もしさあふれるダインだったが、弟二人の反応は違った。


「い、いやいや、魔物と戦えって、先生、人選をミスしてますよ!」

 これはガインのセリフである。彼は生来争い事が苦手で、魔物と戦うなどもってのほかだった。

 信頼しているレオンからそういわれて戸惑っている様子だ。


「zzz」

 そして、ユルルは案の定のんきにぐーすかと寝ている。


「あー、先生。大丈夫だ。二人とも俺が連れていく。こいつらどっちも俺より強いから安心してくれ」

 否定する二人の首根っこをつかむようにして不敵に笑って振り返ったダインは力強く宣言する。


 背の高いガインはその体格を生かした膂力による攻撃が強く、ユルルは相手の動きを読み切ってのカウンターが得意である。

 それを知っているダインが二人を逃すわけがなかった。


「それならば心強い。では早急に動きましょう。なるべく被害が出ても問題がない場所で迎え撃ちたいですね」

 すぐに気持ちを切り替えたグレッグは周辺の地形を思い浮かべ、どこで戦うのが適正かを頭の中で考えていた。


「あぁ、頼んだ。で、フィーナだが……」

 戦いで最も活躍できる一大戦力であるフィーナは、尻尾があれば大きく左右に揺れるであろうくらいにはレオンの指示を楽しみに待っていた。


「――待機!」

「ええええええっ!? な、なんで? どうしてなの? 私、なんかやっちゃった? 私が戦いに行くの……そんなに信頼できない?」

 不満というより、不安が強くなっているフィーナは泣きそうな顔で慌てて理由を聞き出そうとしている。


「フィーナはとっておきだからな、いざという時のために隠しておきたい。一番信頼しているからこそ頼めることだ――わかってくれるな?」

 そんなフィーナの肩に手をやりながらレオンはふっと笑って声をかける。

 レオンからの信頼しているという言葉にフィーナは歓喜の気持ちから身体が震えるのを感じた。

 彼女のやる気を一気に盛り上げる。


「わかった! いざとなったらまかせて!」

 そして、先ほどまでの表情はどこかに消えて、満面の笑みで返事をしていた。


――――――――――

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