第9話
「スキャランくん。〝ミサイルを肛門にぶち込む〟で合っているだろうか。」
ジルは
「そうだ。内臓に繋がる穴に爆発物をぶち込めばいい。口は歯が邪魔だし、何より毒を吐く……だから、ケツからイッた方がいいだろ。」
スキャランは右手の人差し指から小指までの四本指を立てると、人差し指をクィッと内側へ折った。
河川の水が、ゴポゴポと沸騰したように泡立ち始める——。
ワーム周辺の水面から水柱が5本立ち上ると、それはしなやかにうねりながらワームの巨体に絡みつき、ワームを河川から引き上げ宙に高く持ち上げていく。そうして身動きが取れないよう、きつく締め上げ続けた。
「今のうちにブチ込んで終わらせろ。」
ジルの手から
それを目標へ向けるが、狙いどころの尻尾がうねり回っては暴れているので、ジルは中々引き金を引くことができなかった。
「……スキャランくん。尻尾の方をもう少し、こちらへ向けたまま固定できるだろうか。2秒ほど。」
「あぁ、ちょっと待てよ……クソッ! 挿れる前から腰を振るな!」
水柱を更に増やし、スキャランは暴れ狂うワームを何とか制御した。
その間に、ジルが引き金を引く———
彼女の魔力を元に放たれた弾丸は、青く透き通る閃光を放ちながら対象に撃ち込まれた。
胴体がボンッ! と風船のように大きく膨らむと、体の両端から大量の血肉を吹き出す……そして風船が萎んでいくように、ワームはぐったりと宙で生き絶えた。
スキャランはその亡骸を地面に下ろし、魔法を解く——。
「……では、行こうか。」
ジルは大砲を消し去ると、手ぶらになった右手をスキャランへ差し出す。
彼がその手を取ると、ジルは背中から銀の重々しい竜の翼を広げ地上から飛び立った。
———空中ブランコのように彼女の両手にぶら下がりながら、スキャランは自分の足が地面から遠のいていく様を眺めていた。
待て、逃げるなと叫んでいるフランチェスカの姿も見える。
魔法都市ロンドンの空を飛ぶ時は、くれぐれも周りに注意しなければならない。
ゆっくりとした速度で飛行船が飛び交い、浮いた線路にはまぁまぁな速度で電車が走っている。そして、箒や絨毯に乗っている者、翼で空を飛ぶ者たち……。
ロンドンの空は、地上と変わらないほど交通量が盛んである。
ヨーロッパのほとんどが個人の飛行を許可しているが、いつ空を見上げても箒乗りを見かけたり妖精が空を飛んでいる都会といえば、イギリスのロンドンが一番に挙げられる。
ウェントワース 〝魔法省本部〟
ゴシック様式に似た宮殿のような形をした重厚感のある建物が、イギリス・ロンドンのセントラル・シティの広大な敷地の中にどんと構えられている。
そこは魔女によって作られた魔法政府機関の本部であり、魔法社会の秩序や安全を守りながら魔法魔術錬金術を発展させていく事を目的として設立されたもので、世界へ向けて機能している。
いくつかの部署があり、ここで働く職員は人間にせよ妖精にせよ、選りすぐりに限られる。
ジルとスキャランはウェントワースのアイアンゲートの上を通り越し、西側にそびえ立つ高い尖塔のベランダに着陸した。
カーペットが敷かれた横幅の広い廊下を歩いていくと、奥に両開きの扉が見える。
ジルが扉をノックすると、「入りな。」と女性の落ち着いた声が返ってきた。
———高い天井。ロココ調の部屋には、上品な額縁に入れられた絵画がいくつも飾られている。
そのどれもが暗い色を払拭した光の強い温かな作品で、風景だったり人物であったり描かれているものは様々である。木目の棚には鳥やウサギ、海の生物などのガラス細工の置物。
この部屋の主である美しい貴婦人は、窓の外を眺めながら紅茶の入ったティーカップを持っていた。
ピンク・ラベンダーの髪は後頭部でロープ編みに纏められ、後れ毛が細長い首元に流れている。
切れ長の目、よく通った細い鼻。
手足は細長くウエストもキュッとしまっているが、胸は溢れんばかりに豊満である。
オフショルダーのロイヤルブルーのドレスは、彼女の妖艶さを際立たせていた。
「昨日の夕方……パブで服を着た喋るゴブリンが、観光客のエルフに強制飲酒をさせたらしい。肛門と、口から。」
魔法省のトップに居座る大魔女セヴェリンは振り返り、応接ソファーに座っている二人組のひとりに視線を注いだ。
「今日は、尻とその穴に関わることばかりだな。」
スキャランは足を組みながら「な。」とジルの方を向いて共感を求めたが、彼女は何も返してはくれなかった。
「はぁ……いつものパブのいつもの席で飲んでたら、キザいエルフが二人やってきて、俺を追い出せと店主に横暴な態度を取ったんだよ。不潔、不衛生、不細工なもんと同じ空間で酒なんて飲めないって言ってな。ゴブリンと飲むくらいなら仲間の尻を舐めた方がマシだって言うから、ふたりのケツにボトルを突っ込んで引き抜いて、そいつを交換して、仲間のケツの味がするスコッチを飲ませてやったってわけよ。」
と、彼は弁解する。あからさまな悪意を向け、先に喧嘩を売ってきた方が悪いと。
彼は昨晩の事を、自分がやり過ぎたなどとは1ミリも思っていなかった。
「そうかい、報復ができてよかったじゃないか。ところで、最近ロンドンを騒がせているワームの事は知っているね?」
スキャランの弁明に理解を示した様子はなく、セヴェリンの返事は素気無いものだった。
「火が効かない、かってぇワームだろ?さっき河川沿いで出くわしたが、こいつがお得意の玩具を突っ込んで即イキさせたぞ。中々のテクニシャンだ。俺も手伝ったけど。つまり3——」
「オークニーのエルフがワームを飼育しているという情報を掴んでいた。」
スキャランの話を隔て、セヴェリンは話を進めた。
「オークニーから来たエルフは全員監視して調査を進めていたんだが……中でも一番怪しいと思われていたエルフの二人組は今日、帰国するらしい。予定では来週帰国のはずだったんだがね。おそらく、おまえの浣腸飲酒がロンドンにトラウマを植えつけたんだろう……もう少しで、あのふたりがロンドンにワームを放してる確実な証拠がとれるかもしれなかったのに。証拠も何も掴めず、みすみす逃すことになる。誰かさんのせいで。」
細い目が静かにスキャランを睨むと、彼は組んでいた足をゆっくりと下ろし、両手を膝の上に置いて少しだけ反省している様子を見せた。
そして、セヴェリンの視線はスキャランからジルへと移される。
「……昨晩、"ビルの屋上から今にも飛び降りそうな男がいる"と警察部に通報があった。至急、飛行可能な者を現場へ送ったらしい……さて、彼女は何のために現場へ送られたんだと思う?」
すると、ジルは考える間も無く淡々と答えた。
「男の自殺を防ぐために。」
「なぜ自殺の手伝いを?」
本来なら警察部の者が現場へ向かうはずだが、彼らはワームの事件で立て込んでおり人手が十分ではなかった。通報を受けた時間、たまたまウェントワースに残っていたジルが、代わりに現場へ向かうことになったのだが……
「彼の命は彼のものだ。外野が生きるよう説得する必要はないと、私は思う……なので、死ぬ場所を変えるよう説得をした。人の目があるところで死なれると、なぜ止められなかったんだと通報を受けた警察部が責められるのでやめてほしいと。それで人目の少ない自殺名所を紹介したんだが…彼は今すぐ死にたいと言って、飛んだ。そんなに余裕がないなら仕方ないと思い、私は彼を見送った。」
「いってらっしゃ〜いってか。」
反省モードを終えて足を組み直し、スキャランはふざけた調子でジルを見上げた。
「お前さんは一体、何しに現場へ行ったんだ。通りがかりのシルフが飛び降りた男を受け止めたからよかったものの……はぁ、まったく。」
セヴェリンから何度目かの溜息が漏れると、それから短い沈黙が流れた———
「……帰っていいよ、ふたりとも。文句が言えて少しスッキリした。」
ふたりが呼ばれたのは仕事の依頼ではなく、単なる〝注意〟であった。
ジルは立ち上がったが、スキャランはソファーから動かない。マントの下から携帯を取り出すと操作を始め、そのあと画面をセヴェリンの方へ向けた———
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