第4話
———とりあえず、タナリアスは幼女をバックヤードへ連れて行った。
椅子に座らせ、彼女がレジに持ってきていたミルクとチョコレートを与えてやる。
幼女はお金を持っていたが、品物の代金はタナリアスが払った。
「ミルクはコップに移して温めようか。」
そう聞いてみると、幼女はコクコクと頷く。
タナリアスはマグカップにミルクを注ぎ、それを電子レンジに入れてスイッチを押した。
「私の名はタナリアスだ。君の名前は?」
こういう時、微笑みを浮かべるべきなのだろうが、彼は作り笑顔があまり得意ではない。
なので、タナリアスはできるかぎりの落ち着いた、優しい声で幼女に尋ねた。
「……バレン。」
「そうか。バレン、君のご両親はどちらに?」
「……」
「君はどこから来たんだ?」
「……」
名前は名乗るも、その後バレンは俯き無言だった。
レースやリボンがついたピンクのドレス…紅い靴は酷く擦り減っているものの、ぱっと見で物が良いものだとわかる。
「どこか怪我はしていないか?」
「してない……」
チン……と電子レンジが鳴る。
タナリアスはマグカップを取り出し、テーブルへ置いた。
「飲みながら待っていなさい。君を保護してもらえるよう、これから警察に電話をしてくる。それでご両親とも連絡がつくかも———」
「だめ!!!」
タナリアスが立ち上がった瞬間、甲高い声が室内を震わせる。
バレンは一度止まった涙を再び流しながら、タナリアスの腕を掴んでしがみついた。
「お……追い出されちゃったのッ……パパに……っ、だからもう、家には帰れない……っ、」
タナリアスは座り直すと、テーブルの端へ手を伸ばし、ティッシュを何枚か取ってそれをバレンの顔に当てた。
「なぜ追い出されたんだ?」
「わたしが、ずっと嘘をついていたから…パパは悪くないの…全部わたしのせいなの……!」
「……そうか。君のママはどこにいる?」
「いない、死んだわ。」
「……そうか。辛い事を聞いてしまい申し訳ない。パパはよく、君を追い出すのか?」
するとバレンは首を大きく横に振り、わっと声を上げて泣き出した。
「うわぁぁぁッッ……いいえ、いいえ! パパは、パパは優しい人よ…! とっても清廉な人なの……!」
溜め込んでいたものを吐き出すように、彼女はわんわんと声をあげて泣き続けた。
一体、この幼女に何があったのか———
「お願い……これ以上事情は聞かないで。誰にも連絡しないで。お礼は必ずするから、わたしをあなたの側において……少しの間だけでいいから……」
幼い我が子を、こんな夜更けに外へ追い出した父親……追い出された本人は、父親は悪くない、自分が悪いと言っている。
「君は、パパの事が怖いのか? もしも君が日常的にパパに酷いことをされているのなら———」
日常的に虐待まがいのことをされていて、彼女が父親を庇っている可能性も捨てきれない。警察に助けを求めてしまったら、後で父親にもっと酷い目に遭わされるかもしれないと、そんな風に怯えているのかもしれない———
しかし、バレンはタナリアスの問いを食い気味に否定した。
「いいえ……! 怖いのは、パパに嫌われて、みんなにも嫌われて、ひとりぼっちになっちゃったこと……パパのことは大好きよ。パパがわたしを嫌いでも、わたしはパパをずっと愛してる。」
父親を愛しているのなら恋しく思い、父親の元へ帰りたいと思うのではないのか。なぜ彼女は帰りたがらず、会ったばかりの自分のそばに置いてほしいと頼むのか。
今こうして、タナリアスはバレンから話を聞いているが、聞けば聞くほど複雑になっていく一方である。
「……バレン。パパが好きなら、パパのところへ帰るべきだ。君の話だと、パパはとても優しいのだろう? 一時の感情で君を追い出してしまい、今頃は後悔して君を心配しているかもしれないことを他所に私が君を匿うわけにはいかない。パパの連絡先を知らないか?」
「心配なんてしないわ……!」
バレンは泣き叫び、自分の髪を両手で鷲掴んではぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「……パパはもう、わたしの顔なんて見たくないはずよ……だから追い出したのよ、殺されないだけマシだった…でも同じだわ……こっちに来てしまったから。これでまた、わたしは逃げなきゃいけなくなる……奴らに殺される……いやよ……だったらいっそのこと、パパの手で殺されたかった……」
「殺されるとは、一体———……」
出かけた問いを飲み込む。バレンの不安定な様子を見て、タナリアスはこれ以上彼女から話を聞くことをやめた。
(子供が起きている時間ではないし、寝かせてあげるか……朝方目が覚めたら、今より落ち着いているだろう。その時、詳しい話を聞けばいい……)
「わかった、続きは明日聞こう。ミルクを飲んで楽にしているといい。私は毛布を取ってくる、今夜はここで眠りなさい。」
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