第弐拾肆話 安堵
「娘……」
マサが村を束ねる長の娘であったことに、少なからず九郎丸は驚いた。
九郎丸としては村人との橋渡しになってくれれば程度の考えであったのだが。道理で己の申し出を快く受け入れてくれたわけだ。
「九郎丸、と申す者。今は放浪の身でありますが、かつてはマガリ一座に居りました。こちらは辻。ここへ来る途中で……その、拾った子です」
九郎丸の言葉に、人見知り気味に九郎丸の影に隠れていた辻が顔を出し、ぺこりと頭を下げる。
そこで双方の言葉が途切れた。
マサの方を伺うが、彼女は妙に畏まったように身体を硬直させて俯くばかりであった。
「まずは」
先に口を開いたのは男の方だった。
「礼を言わせて頂きてぇ。こん莫迦娘の、マサの命さ救ってくだすって、本当にありがとうごぜぇました」
「いえ……、顔を上げて頂けませぬか」
村長ともあろう者が素性の知れぬ男に頭を深く垂れたの見て、九郎丸は内心焦る。
「そういう訳にはいかねぇんで。人の親として、筋は通しておきてぇんです」
「……」
そう言われては、九郎丸には何も言うべきことがない。人の親というものを己は良く知ってはいない。
「いや、本当ならば先に謝っておかにゃあならんことでごぜぇますが。そんでも、おらはあんた様に感謝の言葉をさ真っ先に伝えたかったッ……」
「謝罪は不要です」
極めて静かに言い放たれた九郎丸の言葉に比叡はがっ、と顔を上げた。
「人を助けたことで、後悔したくない」
上げた視線の先、九郎丸は穏やかに微笑んでいた。ほんの少しの困ったような気色は見て取れども、そこに恨みがましさや恩着せがましさは一切存在しなかった。
「あんた様は、本当に……、立派なお人だ……」
「真に立派な人物ならば見返りは求めぬでしょう。おれは俗人です。見返りを望んだ」
比叡は感極まったように喉を鳴らした。その隣ではマサが俯いて肩を震わせていた。
「聞けば、行くところが無いご様子で」
「はい、良ければここに住まわせて頂きたいと」
「聞き及んでおりますだ。何を躊躇うことがごぜぇましょう」
比叡はばしんと組んだ胡坐に組んだ膝を叩いた。
「おらたちは、あんた様を心から歓迎いたしますだ!」
腹から出すような声で比叡がそう声を張り上げ宣言する。が、九郎丸の顔はまだ薄く微笑みを浮かべるに留まっていた。
「……一つ、確認したいことがあります」
「な、なんでしょう?」
何か不満があったかと焦りを見せる比叡に、九郎丸は少し気の毒に思った。きっと、彼らにとっては聞くまでもないことなのだろう。自分でも野暮な問いであるとは思うのだ。それ以上に子供じみた問いであることも、九郎丸は分かっている。しかしそれでも、九郎丸にとっては最も大切なことだった。
「この村では、皆が家族のようだと聞きました。この村に住まうということは、おれも、その、その一人に加えて貰えるということでしょうか?」
「ッ……! も、もちろんだ! こん村に住むもンはみぃんな、家族ですだ!」
その言葉に漸く、九郎丸は表情を変えた。
笑みに変わりはない。
それでも、ただ穏やかなばかりのそれから、心の底からの喜色と安堵の籠った表情へと。
「あぁ、よかった……」
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