第3話 秋水清香

 クラスの奴らの前では素を見せられない。ただ、一人だけ例外がいる……幼馴染の秋水あきみず清香きよかと二人でいる時だけ、俺は俺のままでいられる。

 小、中と同じ学校に通っていたからこそ、昔の俺を知っているからこそ、彼女の前ではいじられ役をしなくて済む。というより、しても意味がない。


 そんな彼女と肩を並べて歩く下校路で、俺は今日の事を思い出し深く溜息を零す。


「随分とお疲れの様子だね、いーくん。何かあったの?」


 鞄を後ろ手に持って前屈みになり、上目遣いで俺の顔を覗く清香。

 器用に歩く彼女を見て、転んで怪我でもされたら嫌だなと俺は立ち止まる。倣って清香も足を止め、顔を見合わせる形に。


 ゆるふわボブにクリッとした目と、昔の彼女を残したままの部分もあれば、いえいえ時は経ってますと豊満なお胸が主張してくる。


 あれまぁこんなに大きくなっちゃってぇ……立派なお胸に育ったもんだよぉ。


 俺が久しぶりに会ったおばあちゃんが口にするセリフ第一位を引用して感心していると、清香はキョトンとした顔で首を傾げる。


「いーくん?」

「え? あぁ、何でもない何でもない。それで……えと、何だっけ?」

「だから、お疲れの様子だったから何かあったの? って訊いたの。もう、人の話を右から左に流しちゃ駄目だよ? いーくん」


 口元を尖らせ不満げに言った清香に、俺は「悪い悪い」と簡単に謝る。


「よろしい。それで、どうしたの?」

「あぁ。一道だよ一道、アイツ一体何なの?」

「何なのって、真琴ちゃんは真琴ちゃんだよ?」

「いやそうでなくて、今日の一道についてだよ。清香も見てたろ? 壊れたロボットみたいに気持ち悪い連呼してきやがって。一瞬『あれ俺マジで気持ち悪いのかな? 死んじゃおっかな?』 って思っちゃったぐらいだから」

「死ぬのは駄目だよ?」

「うん、別に死ぬ気はさらさらないけどさ、普通そこは「いーくんは全然気持ち悪くなんかないよ!」じゃないの?」

「あ⁉ い、いーくんは全然気持ち悪くなんかないよ!」


 指摘するや否や、清香は手のひら返したように言い直し、エへへと笑って誤魔化す。本気で気持ち悪いとか思ってないよね? 大丈夫だよね?


「でもさ、言い方はちょっときついかもだけど、真琴ちゃんなりにいーくんをいじってるだけ、なんじゃないかな?」

「いいや違う、絶対違う」

「そうかなぁ? 喧嘩するほど仲が良いって言うし、あたしから見れば二人はすごく楽しそうに喋ってるよ?」

「そりゃ俺がアホな言動でうやむやにしてるからであって、結果としてそう映ってるだけ。一道は間違いなく俺を嫌ってる。ただ……」

「ただ、なに?」

「嫌われる理由が俺にはわからない。というか思い当たる節がひとっつもない。清香は知ってたりする?」


 俺が訊ねると清香は「う~ん」と難しい顔をする。


「特に、ないかな。そもそも真琴ちゃんとの会話の中で、いーくんの話題上がらないし」

「そっか」

「でも大丈夫だよ! いーくんなら大丈夫! きっといつか真琴ちゃんとも仲良くなれるよ!」

「随分と自信ありげだな。何を根拠に?」

「いーくんは優しいから」


 清香はにぱっと笑って答えた。


「俺が、優しい?」

「うん! 昔と比べてちょっとかわっちゃったところもあるけど、でも今も昔も根っこはかわらず、いーくんは優しい! だから大丈夫!」


 俺だったら恥ずかしさのあまり途中で逃げ出すであろうセリフを、清香はためらうことなく言い切った。


 その純粋な瞳が、あの頃とかわらないままの瞳が、過去の自分に対して向けられているようで、今の俺には直視できないほど、眩しすぎた。

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