校内一の美女から【お世話係】を任命されたのはいじられ役の俺でした

深谷花びら大回転

第1話 いじられ役な俺と、女王様なお前

「じゃあ前回の授業の続きということで……木塚きづか君、教科書の68ページから読んでくれる?」

「え? あ、はい」


 現国の教師から指名された俺は、手元にある〝既に68ページが開かれた現国の教科書〟をペラペラとめくる。


「我が尊大な羞恥心と臆病な自尊心――」


 その中から適当な文を選んで発声、え? あれ? なんか違くない? と周囲では困惑の声が。


「んんッ! 木塚君、山月記は二学期にやる内容だぞ?」


 見兼ねてか現国教師に指摘され、俺は「あ、あれ? おかしいな?」などと言いながら、慌てたふりをする。クスクスと控えめな笑い声を肥やしにしながら。


「ゴールデンウイークが明けて二週間経つけど、頭の中は未だ連休中かな?」

「そんなことはありませんよ先生。真面目に授業を受けてるつもりです」

「なら単純に木塚君がアホってことかな?」

「そういうことですッ!」


 俺が自信満々に答えるとクラス内は爆笑の渦に包まれた。

 よしよしこれでいい、これでまた〝安心を提供できた〟。

 頭痛でもするのか現国教師は額に手を当て、はぁとため息をこぼす。


「まったく、木塚君にも尊大そんだいとまでは言わないけど多少の羞恥心は持ってもらいたいものだよ……一道いちどうさん、かわりに読んでくれる?」

「わかりました」


 と、俺の隣に座る女子、一道いちどう真琴まことが静かに答えた。


「ごめんね一道さん。俺のせいで面倒かけちゃって」


 すぐさま俺は謝りの言葉をかけたのだったが、


「本気で許されたいなら、ここで土下座して謝って」


 この女……一道は俺に冷めきった目を向けるなり、冗談とは到底思えない声音で土下座を要求してきやがった。


「――女王様すぎるでしょッ⁉」


 俺は軽いノリを意識したリアクションで再び笑いをかっさらい、凌ぐことに成功。どこからか「さすがSMコンビ!」と、俺と一道をからかう声が上がった。


「チッ」


 皆が笑顔で見守る中、一道だけは不愉快を表情に張りつけ俺にだけ聞こえるように舌打ち。そして興味をなくしたように教科書に視線を戻す。


 本当に、本当にこの女は厄介で害悪だ。コイツだけが、この女だけが――〝俺の学校生活をおびやかしてくる〟。


 いじられ役、それは自分を犠牲にするだけで得られる強ポジション。

 間抜けな言動やどじっぷりを晒すことで他者に『コイツは格下だ』と認識させ、ある種の安心感を与える。後は明るく振る舞うだけでいい。おこたれば最悪いじられじゃなく、いじめられるからだ。


 さらに掘り下げれるといじられ役には二種類のタイプが存在する。素の状態がちょっとアホな天然タイプと、敢えてアホな言動をとる意図的タイプだ。俺は後者にあたる。

 何故そうするか、それはカースト上位だ下位だなんてヒエラルキーを度外視にして、全員に安心を届けたい、ひいては皆に〝嫌われたくない〟からだ。


 誰かに嫌われる、それはひどく疲れることだから。


 だから早く懐柔かいじゅうさせたいのだ。俺の隣の席であり、クラス内で唯一俺に明確な敵意を向けてくるこの女、一道真琴を。


「……なに?」


 読み終えた一道はギロリと横目で俺を捉えてきた。いかんいかん、日頃の鬱憤からつい睨んでしまっていた。


「な、何でもないよ! それより、ありがとう、助かったよ」


 俺は声を潜めて一道に感謝を口にした――が、


「うっざ」


 一道はそう吐き捨てた。

 俺が目指すストレスフリーな学校生活はあと一歩のところまできていた。だというのにこの女が、一道真琴が巨大な壁となって立ちはだかる。


 どうすれば、どうすればこの女に俺が無害だと認識してもらえるんだよおおおおおおッ!

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