第112話『最高の気分だ』

 ルシー達がパニックを起こして港町へと逃げていく音を聞きながら、俺は迫ってくる水精竜の攻撃を見極めた。

 巨大な蛇の尻尾だ。しかしあまりにも大きすぎて、全長が分からない。

 なにせ、太さが五メートルをゆうに越えているのだから。


「ターリャ、後ろで屈んでいろ!!」


 尻尾と言うよりもはや壁であるそれを、俺は盾を斜めに構えて受け流しの体制を取った。

 来るぞ、まともに受けるな、受け流せ!!!!

 ガオンと大砲で撃たれたような衝撃と音を残して尻尾が頭上を通過していく。

 この一発でチャージが満タン。恐ろしいぞ、水精竜。

 辺りを見ると今の攻撃で地面が削られていて、道も草も根こそぎ捲り上げられていた。

 生身で攻撃を食らうのはアウトだ。


「爪が来る!!」


 ターリャの声にハッとしてそちらを見れば空一杯に鉤爪が。


 盾から剣を引き抜くと槍に変化した。

 それをライフルのように構えると、ダメージチャージを撃ち放った。

 まっすく飛んでいく青白く輝く光が水精竜の爪に当たり、凄まじい衝撃波を撒き散らした。

 弾き上げられた腕に引っ張られて水精竜の体制がやや崩れる。動くなら今だ。


「ターリャ、奴の体の構造から素早くは動けないだろう」


 港から観察していたこの竜は後ろ足がアシカのように太く平べったいものだった。見た感じ主な攻撃に使えるのは尻尾やあの巨大なヒレのようなモノが付いている前肢。そして鳥なんだか蛇なんだか鹿なんだかよく分からない形状をした頭。あの長い首も振り回してくるかもしれない。


「地道にアレでチャージを溜めていくから、ターリャは奴の魔力の流れを見て弱い箇所を探ってくれ。そして、何とかして動きを止めれば…」


 新たにターリャは魔力を見る目を獲得していた。しかもボンヤリとではなく、はっきりとその流れが見える。それによって此処に来るまでのドラゴン戦がだいぶ楽になった。


「りょーかい!任せてよ!」

「頼んだぞ」


 お互い頷き合い、行動を開始した。

 ターリャが素早く空中に足場をもうけ、俺はそれを使って水精竜の首目掛けて掛け上がった。








 ターリャは水精竜の意識が俺にいっているのを確認するや、薄い霧を発生させて水精竜の魔力の流れを把握すると、剣を手に駆け出した。


「!」


 すると体制を立て直した水精竜がターリャの元へまたしても尻尾の攻撃がやってくる。だが、ターリャはそれを冷静に見極めると頭上の広い範囲にわたって水の帯を生成。それを地面へと落とした。

 帯はターリャの体だけをすり抜ける、尻尾はその帯の下を潜りながら迫ってきた。

 だけどターリャは帯の上で姿勢を低くするだけで動かない。避ける素振りも見せない。いいや、避ける必要がない。

 帯は尻尾の動きに合わせて形を変える。するとどうだろうか、尻尾はターリャの真下を通過していく。ターリャには何の影響も受けない。


 ターリャの新技、“水面下”だ。


 相手の領域と自分の領域とを水の帯で物理的に隔てることで相手の攻撃を無効化してしまうという絶対防御。攻撃が物理的ならば、何の問題もなく真下を通過して無効化する。

 ターリャはニッと不適に笑うとまたしても駆け出す。






 一方俺はターリャの方にこの水精竜の意識が多くいかないようにできるだけ視界におさまる範囲で攻撃を仕掛けた。


「うおおおおおおお!!!!」


 新たな能力、広範囲干渉によって水色の外装部分が伸び、巨大化した盾で水精竜の頭を殴り付けた。

 当然分厚い鱗や外甲によって守られている頭に入ったダメージは微々だるものだけど、煽るだけならば十分だ。

 シャーと蛇のような威嚇音を口から出すと、全身の鱗をガラガラとけたたましく動かし怒りを露にした。次の瞬間。


「っ!!!??」


 水精竜の周りに無数の水球が発生し、それが凄まじい速度で飛んできた。

 空中で身を捻り、全てを受け流す。あんなの直で受けたら吹っ飛ばされる。

 ゴゴンと妙な音が背後で聞こえ、何だろうかと見てみてギョッとした。

 俺の受け流した水球が地面を抉り、更には近くの村に被弾していた。もっとも結界的なものに阻まれて被害はなかったけど、結界がなかったらと思うとゾッとする。


「そうか、今までこんな高さで戦ったことなかったから考えも付かなかった…」


 高度があるとどうしても攻撃の届く範囲が広がる。


「こりゃあ、安易に受け流せねぇな…」


 結界が張られているとは言え、どのくらいの威力までもつのか分からない。

 仕方ない。


「ターリャすまない!少し負担を掛ける!」


 ターリャとのリンクを更に強めて足場にしていた水に向かって盾を叩き込んだ。すると水がやや黒みを帯始め、俺の感覚にこの水の感覚が混じる。

 これも此処に来る途中で会得した新技で、俺は勝手にレンタルと呼んでる。理由はターリャのこの水の主導権を一時的に俺に移行させてもらうから。

 俺の意識通りに水が足元で動く。よし、これなら先ほどよりも上手く立ち回れる。


 キュオ…と引き絞る音で水精竜を見れば第二弾が炸裂しようとしていた。


「いいぜ、全部受け止めてやる!」












 トキの方向で凄まじい轟音と煙が上がる。

 先ほどトキに水の主導権が移動したから、何かあったのかは分かる。


「急がないと」


 意識が完全にトキに向いている間に私は私の役目を果たす。


 足元に水で道を作って目的の場所に向かって駆け上がりながら、掌に年度の高い水を生成。それを目で見極めた魔力の弱い場所に向かってばら蒔いた。








 飛んでくる物体の質量が増してきている。何とか受けきっているけど、あの占い師(占い師ではない)に作って貰ったこの両足に付いている魔法具がなければ間違いなく両足圧迫骨折していたに違いない。


「作っておいて貰って助かったぜ…っ!」


 下から迫ってきていた尻尾をターリャの水で軌道を変えれば、とうとう本気を出さねばとでも思ったらしい。

 視界一杯にボウリング玉程の球が無数に出現し、それらからビームが放たれた。


「ぐわっ!?」


 反応しきれなかったビームで負傷した。

 いや、構成物は水だからウォーターカッターと言うべきだろう。そのウォーターカッターだが、どうやら細かい氷の粒が混じっているらしく、まるでチェーンソーに切られたのかと思うくらいに荒々しい傷を作られた。

 油断していた訳じゃないが、まさか竜種装備を貫通してくるとは思ってなかった。

 即座に盾の能力とターリャの携帯用魔法陣が反応して治癒を開始してくれたが、一瞬で完治するわけではない。

 しかも水精竜は更に攻撃速度や種類を増やし、だんだんと防御が間に合わずに傷が増えてくる。

 ボタボタと血が地面に向かって落ちて、ターリャの水を汚した。

 だけど、そんなことも気にしていられない。


「ぐうううううう!!!!」


 痛みに耐えて攻撃を捌き切る、すると、止めだとでも言うのだろうか。


「はは…っ!さすがに笑うな!」


 北極付近の海を丸ごと切り取ってきたような光景だった。

 氷混じりの巨大な水球。大きさは、水精竜の半分ほど。

 その水の中で一つ一つが一軒家程もある氷解が砕けて攻撃力へと変換されていく。

 さっきのボウリング玉程の水量で俺の体を抉り、更には貫通したのだ。

 あんなのどんな威力になるかなんて想像すら付かない。


 口許から垂れてくる血を手の甲で拭い、前を見据えた。

 だが、此処でしくじればターリャの努力が無駄になる。

 大きく息を吐いて集中する。大丈夫だ。俺はやれる。いや、やらなければならない。


 受け流すことは出来ない。真っ向勝負だ。


 水精竜は鱗を逆立ててガラガラと音を鳴らし、俺に狙いを定めている。

 覚悟を決めて盾を構えると、水精竜は容赦なく特大ウォーターカッターを炸裂させた。


 透明な膜で巨大化した盾で攻撃を受けた瞬間、全身が砕かれたのかと錯覚するほどの衝撃が突き抜ける。

 今まで経験したことのない圧に内臓が圧迫されて傷から血が吹き出し、骨も筋肉も悲鳴を上げた。


「負けてたまるかあああああああ!!!!!!」


 俺の思いに答えるかのように膜が広がっていく。膜にヒビが入ってもすぐに修復され、どんどん伸びていく。

 遂には水精竜の攻撃全てを飲み込むほどに広がった。




 攻撃が止んだ。


 俺の盾は水精竜の攻撃を余すことなく飲み込んだ。膜が砕けて消えていく。

 水精竜もまさか最大の攻撃を無力化されたのが予想外だったのか、動きを止めた。その時、水精竜の頭上に俺は待ちに待ったものを見つけた。


「しゃああ!反撃開始だ!!」


 盾から剣を引き抜くと、槍に変形していく。しかしその槍は今まで見たこともない形状で、光輝いていた。

 それを目にした水精竜が追撃をしようと動く。だが、攻撃に移る前に水精竜の体が青白い光の網に捕らえられ動きを止めた。


「トキお待たせ!!遅くなってごめん!!!」


 水精竜の頭上からターリャが飛び降り、こちらに向かって落下していく。その途中で水精竜がターリャに気付いたが、もはや動けない。


「いいや!上出来だ、ターリャ!!」


 最高粘度で作った網をターリャは水精竜の魔力の弱い箇所全てに配置して、動きを阻害していた。

 今、水精竜はターリャの網内部で発生させた擬似水圧を受けている。カップラーメンの器が消しゴムほどにまで圧縮されてしまうあれだ。

 もちろんこの水精竜は水に耐性があるからすぐに解いてしまうかもしれない。けれど、例え数秒でも動きを止められれば、俺達に勝機がある。

 落ちてくるターリャが俺の位置を見定め、空中で器用に身を捩った。すらりと抜き放った剣に、ターリャは水を纏わりつかせる。


「トキ、あそこに飛ばして!」


 剣で位置を示され、俺は落下してきたターリャを盾で受け止める。


「ああ!!」


 ググンと足元の水がしなり、その勢いで使ってターリャを竜の首へと弾き飛ばした。

 俺もターリャも盾の間に水を張っていて、双方とも弾力を最大限にまで高めていたお陰でターリャは凄まじい勢いで首へと飛んでいく。

 剣に纏う水が高速回転をし、ターリャが水精竜の首に向かって横薙ぎすれば、まるで鞭のようにしなって首に直撃した。


 外甲の盛大にヒビが入ったが、内部にまでは到達しなかった。だけど、それでいい。

 ターリャを飛ばした際、足元の水の大部分を盾の表面に移動させていたため、俺はターリャを飛ばした衝撃によって足場の水が破壊されて落下していた。落下しながらもターリャの攻撃で首の外甲が砕けたのを見た。


 彼処が、逆鱗。


 水精竜は首が長く、しかも逆鱗が外甲で上手く隠されていて何処だか分からなかったが、これで露になった。

 すぐさま空中で狙いを定めると足元に霧散してしまった水をかき集めて発生させる。

 思い切りしなる水が、落下の力を反転させて俺を逆鱗へと飛ばした。

 ターリャの網が破られ掛けていて、末端から動き始めていたが、もう遅い。

 槍が根本まで逆鱗に埋まり、俺はニヤリと笑った。






「俺達の勝ちだ」






 チャージを解放した瞬間、恐ろしい威力が槍から放出されて俺は吹っ飛ばされた。

 目の前に見えるのは白い景色。

 水精竜は、チャージを放った瞬間弾け飛んでいた。いやまぁそうか。体内で溜め込んだチャージ暴走させたらそうなるよな。

 体がドプンと水の中に沈み、すぐさま浮き上がる。


「トキ、生きてる??」


 ターリャが作ったクッションがわりの水の塊に半分ほど沈んでいるらしい。すごく心配そうな顔で俺を覗き込んできた。


「ああ、生きてるよ。今最高の気分だ」


 ターリャの手が俺の手を握る。

 驚いてターリャの方を見れば、ターリャは最高の笑顔で俺を見つめていた。


「お疲れ様、トキ」


 ああ、これで終わったんだ。


「お疲れ様、ターリャ」




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