第109話『予想外の予定変更』
早々にお帰りいただいた。急ぎだとしても非常識過ぎる。
「……マジか」
しかしあんなに煩かったのにターリャは熟睡していた。凄いな。ますます逞しくなっている。
一方、俺の方はすっかり目が覚めてしまったので結局二度寝することが出来なかった。
マントを羽織るとターリャが声をかけてきた。
「どこ行くの?」
「ちょっと早朝から押し掛けてきた傍迷惑な連中の所」
「……私もいく?」
「いや、一応ここで待っててくれないか?神官みたいな格好をしていたが、どっちなのか分からんからな」
本物か偽物か。
「そう…。気を付けてね」
「なんかあったらすぐに逃げるさ」
ターリャは宿に待機させておき、俺だけ指定された所へと向かう。その途中でルティケニーマで異常発生との噂が飛び交っていた。
なんでも、島に異常が起きたので、一般の渡航は安全が確認できるまで禁止され、神官関係者のみ渡航するという。
もしかしてアレが動き始めたのかと望遠鏡を覗いたが、動きはなし。
違ったか。
その他にもいろんな噂を流し聞きしながら歩き、ようやくメモにあった建物に着いた。
見たところ、普通の教会。違う点といえば、ここが四精獣を奉る宗教の教会ということ。
屋根で輝くクロスがその証だ。
早速中に入ると、俺の姿を確認した神官達が困惑していた。船員も首を傾げていた。
「なんでお一人で?もう一方は?」
その中で位の高そうな神官。朝方傍迷惑突撃をかましてきた神官がやって来てそう言った。
その神官に俺は一言。
「罠だと思ったので」
船員が神官様になんて事をと咎めるけど、神官が「まあまあ、慎重だったからこそここまで生き残れているのです」とフォローが入る。
「申し遅れました。私オモオットと申します。早朝からの訪問、大変失礼いたしました」
さすがに非常識だったと思ってくれたようだ。謝罪された。
「さて、今朝も言った通り、島の門が開かれました。ルティケニーマの神官は掟によって島を閉ざし、女王候補とその半身様に最後の試験を受けていただくために動きます。船が欠航の噂はもうお聞きになりました?」
「…来る途中でちらほらと」
「本日から一般の方の来島は出来なくなります。なので、島に渡るためには我々と一緒にお越しいただくしか無いのです」
「うーん」
言いたいことは理解した。だけどもう少しだけ信じられる確信がほしい。
「うちの娘は一度良くない連中に拐われている。しかもその前は奴隷だった」
神官達がざわついた。
「だから俺はできる限りこう言った話を信じないようにしているんだが、何か証明みたいなものがあれば信じられる」
「なるほど、そういうことでしたら…」
オモオット神官が首に下げていた神官の証であるクロスを俺に差し出した。
「オモオット神官ッ!?」
他の神官が驚きの声を上げたが、オモオット神官はそれを手で制した。
「これはルティケニーマの神官である証です。これを失くせば私は神官では無くなる大切なものです。なので、これを貴方に預けます」
クロスを受け取った。
「これをルティケニーマに渡るまでお持ちください。これが私なりの証明です」
「なるほど」
オモオット神官の真っ直ぐな目を見て俺は警戒を少し解いた。
その覚悟は信じるに値するものだった。
「分かりました。貴方を信じます」
ホッとオモオット神官が安堵の息を吐いた。
「けど、これは明日乗船するときにお返し致します。大切なものなら、こんな粗暴の男が長く持っていいものではないしな」
話は纏まり、明日の乗船の時間やら注意事項やらを教えて貰い解散になった。
ターリャに明日出発の棟を伝えた。
「え!?早まったの!?」
「ああ。……なんか都合が悪かったか?」
「いや、そうじゃないんだけど、吃驚したから」
ターリャに門の事を説明したら、顔をしかめられた。
「……ねぇ、その最後の試験ってさ、アレが関係してくるのかな…?」
「アレ?」
「アレ」
ターリャが目の前で手を双眼鏡ポーズにした。
ああ…、アレか。
脳裏に浮かぶ山のような体躯のアレ。
「……その時になったら考えようか」
「そうしよう」
翌日の早朝。
言われた時間に港に着けば、神官達で賑わっていた。
賑わうという表現はおかしいな。言い換えよう。粛々と、賑わっていた。
手にあるクロスを見つめる。
これ、オモオット神官見付かるか?
すると、ターリャが俺の方を指でつついてきた。
「どうした?」
「あそこで、私達に向かって手を振っている人がいる」
「いやいや、こんなところで俺達に手を振る人間なんて誰も──」
視線を向けるとオモオット神官。
「──いたな」
「いたでしょう?」
まさかの向こうから俺達を見つけてくれるとは。探す手間が省けた。
オモオット神官がやや早歩きでこちらに向かって歩いてきている。
「誰?」
「昨日話したこのクロスの持ち主だ」
そう説明している間にオモオット神官が到着した。息が切れている。
オモオットが肩でしんどそうに呼吸していたのがようやく収まり、早朝だというのに元気ハツラツとした声で挨拶をしてきた。
「おはようございます。良く眠れましたか?」
「オモオット神官おはようございます。ええ、お陰さまで。ではこちらをお返し致します」
クロスを手渡すと、「ありがとうございます」と言いながらオモオット神官がクロスを首に下げた。さっきまで物足りなかった服が今ではしっくりときている。
やっぱりクロスとセットでデザインされているんだな。
そんな下らない事を考えている俺とは裏腹に、オモオット神官はターリャを見て顔を輝かせた。
「こちらが、候補の方ですか。私、初めて目にいたしました。とても光栄でございます」
オモオット神官は感動しているらしく、ターリャに向けて無意識に手を合わせていた。
拝むな拝むな。
ターリャは困惑しながらもオモオット神官に微笑み掛ける。
「はじめまして。ターリャと言います」
「うおおおう……ッッ!」
「「!!??」」
突然オモオット神官が奇声を上げて膝から崩れ落ちた。
「どうしたんですか!?」
両手も地面に着いて項垂れていた。
慌てて声をかけると、何故か感極まったような顔で俺にこう言った。
「尊い…ッ」
「…………」
俺は決めた。
神官をなるべくターリャに接近させないようにしよう、と。
ルシー達を預けて船に乗り込むと出港した。
海は穏やかで揺れも小さい。
予定では二日ほどで着くらしいが。
「暇だな」
「うん」
この船の八割が神官関係者だから下手なことが出来ない。
船にしては広めのベッドでゴロゴロしていたターリャだが、暇過ぎて堪えきれなくなった。
「甲板に行ってきたい」
そう言うターリャに同意する。俺も暇だった。
二人ですれ違う神官に頭を下げ、──向こうもこちらを拝みながら頭を下げられた──、甲板に上がると清々しい風が吹き付けていた。
「やっぱり大きいね、あの山」
「そうだな。山というよりももはや崖っぽいけど」
二人して手すりに凭れてルティケニーマを眺めていると、変な音が後ろでしたので振り返った。
そこにいたのは真っ赤な翼を持った美しい女の人の後ろ姿であった。
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