第100話『初日の出を拝む』
約束通りターリャと一緒に図書館へとやってきて資料を漁る。
目新しいものは特にないが、妖魔の分布や、これからの旅路の情報なんかは仕入れておかないといけない。
本を積み上げて情報を頭の中に叩き込む。
これから先は雨が多い土地になってくる。
ターリャにはとても嬉しい環境だけど、野宿には向いていない。とするならば出来る限り街を経由しながら進んだほうが良さそうだ。
「おそらくここがターリャの言う聖域なんだろうな」
大陸のほぼ中央に位置する海の中にぽっかりと浮かぶ島がある。
名前はルティケニーマ。
女王の座する処、という意味だ。
ここに行くにはこのウンドラから更に南の国、イクラートへと向かい、そこから船を経由して渡ることになる。
というか、それしか道がない。
このルティケニーマに行けるのはそのイクラートから出ている船に乗らなければ辿り着けない。
他の手段は存在しない。
なんでか他の手段を取ろうとするとたちまち嵐に見回れ転覆、もしくは行方不明になるのだという。
くわばらくわばら。
そんなことを思いつつ、重要なところは全て暗記し本を閉じた。
「ふう。……そういえばターリャが静かだな」
かなり時間が経ったと思うけど、一度としてターリャが俺に話し掛けて来てはない。
何読んでいるんだと顔を上げて向かい側で熱心に読み耽っている本のタイトルを盗み見た。
“世界の馬具図鑑”
……いや本当に何見てんの。
ズズンとドラゴンが地面に倒れる。
ドラゴン退治も手慣れてきたもんで、ターリャもどのタイミングで俺の補佐をすれば楽に倒せるのかが分かってきたらしい。
それにしても、この盾の性能もだいぶ上がっている。
先ほどの戦いで新しい盾の性能が見つかった。
いや、見つかったというか見付かり掛けた。
確信を得る前に止めを刺してしまったんだけど、もう少し戦いを引き伸ばせば良かった。
「…ドラゴン戦でそんな事を思うようになるとはな」
グレイドラゴンに苦戦していた頃と比べて苦笑してしまった。
ターリャがドラゴンの光を吸収して戻ってくる。
「終わったよ!早く合図して街に戻ろう!」
「はいはい」
討伐完了の合図を空に放ち、ギルドの人間がやってくるまでゆっくりそこらを探索した。
薄暗い空に鐘の音が響き渡る。
甲高い音で、それに遅れてコーンコーンと木製の鐘が追奏する。
それを俺達はウンドラ最南端の街、グーラニで聞いていた。
「なんの音?」
ターリャがスープを染み込ませたパンを片手に訊いてきた。
「そうか、ターリャはこれを聞いたこと無かったか。これはな、新しい四季が始まる鐘なんだ」
要は年末年始の除夜の鐘だ。
除夜の鐘は確か煩悩を払うとかの意味合いだったと思うけど、ここでのこの鐘は意味がだいぶ違う。
耳を済ませると先ほどの音に更に鈴の音が重なる。
これは人間の培ってきた営みを表しているらしい。
鐘の音は鍛冶屋が鉄を打つ音。木の音は大工が家を建てる時のトンカチ。鈴は魔法を伝えた賢者の持つ杖の装飾品。
我々は次の季節も繁栄できますようにと願いを込めて、年末にあたる夜に鳴らす。
そろそろ歌声が聞こえるはずだ。
アイリスに居たときもこの行事は行われていたけど、俺は参加したことはないけど。
俺がやっていた事と言えば、次の日の朝早起きして初日の出に祈ってた事くらいだ。
早くこの世界から日本に帰りたいって。
いまだに叶ってないけどな。
というか、今さら叶えられてもって感じではある。
「……15年は長過ぎた……」
きっと今戻ったところでどうしようもない。
勿論親は受け入れてくれるだろう。けど、俺はもうあの生活には戻れないだろう。
あまりにも酷い景色を見すぎて、あの心地よいぬるま湯の世界では耐えられなくなる。
「何か言った?」
「いいや。……ターリャは参加してくるか?歌事態は鼻歌歌っていてもバレやしないと思うけど」
「トキは行かないの?」
「ああ。俺は明日の早朝の方に用があるんでな」
願いは叶わないし、叶わなくてもいいけど、一年に一度くらいは日本人らしく初日の出を拝みたい。
それにターリャは「ふーん」と返事すると、目の前の食事をささっと平らげて寝る準備を始めた。
「なんだ。もう寝るのか?」
「私も明日の早朝に用があるからもう寝る事にした」
ターリャの言葉に俺は呆れ、そして何だか可笑しくなって少し吹き出した。
「そうか。じゃあ俺も早めに寝ないとな」
残った食事を同じく平らげて俺も寝る支度を始める。
布団に横になりターリャがお休みなさいと音をつぶった。
それにお休みと返して、俺は机の上の灯りを落とした。
早朝、予定どおり日が上る前に目が覚めた。
机の上においた方位磁石を見て太陽の位置を確認する。
日の出までもう少し時間があるな。
先に顔を洗い、窓を開けて屋根の上までの障害物のを確認した。
それを終えてからターリャの元へと向かう。
「ターリャ、起きろ」
ベッドで寝ているターリャを揺り起こすと、身動ぎしつつ大きく伸びをした。
そして目を覚ますなり飛び起きる。
「日の出は!?」
「まだ時間がある。顔を洗ってこい」
「ん!」
顔を洗い、すぐさま準備を整えたターリャは早朝なのにも関わらずテンションが高い。
「カヒの実でも食ってたのか?」
それなら納得できるんだが。
「食べてないよ!それよりどこで見るの??」
「まずは落ち着け」
ターリャをなだめ、落ち着いたところで屋根に上がって見ることにしたと伝えた。
するとターリャは目をキラキラさせて早く行こうと促す。
ターリャの水の壁を足場に屋根に上がると、ちょうど空の彼方が明るくなってきていた。
二人で座り、まだ冷える空気に風邪を引かないように持ってきた上着をターリャに被せたところで太陽が顔を覗かせた。
「わぁ…、綺麗」
隣でターリャが朝日に見とれていた。
思えば、初日の出を誰かと見たのはこの世界で始めてな気がする。
俺は少しだけ口許に笑みを浮かべ、「ああ、綺麗だな」と返した。
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