第95話『俺はトキだ』
夏休みの部活動中、俺はあの世界に紛れ込んだ。
そう、確かこんな感じに蝉がうるさくて、茹だるように暑くて、水が微妙にぬるかった。
水から上がり、ジャンプ台に向かう。
そうだ、思い出した。
確かこの後俺は──
しかし、どんなに時間が経っても、プールに飛び込んでもあの世界に行かない。
なんでだ?
別に行きたい訳じゃない。
正直言えばもう二度と行きたくない。
あんな、何度死にかけの毎日真っ平ごめんだ。
だけど、何か引っ掛かる。
何か大切なことを忘れている。
「気を付け、礼!」
「ありがとうございましたー!!!」
ワイワイと友達と駄弁りながら帰路に付く。
途中でスタバに寄ろうかと話しながらも、俺はずっと考えていた。
何かおかしい。
何がおかしいのかわからないけど、このままだととてもヤバイということをヒシヒシと感じ取っている。
でもこんな日常が続くことの何が問題なのかわからない。
「どうしたんだ?さっきからおかしいぞ」
「いや、ちょっと考え事していて……」
そうだ。
なんで俺はこんなに考えているんだ?
これが当たり前なのに。
そう言い聞かせて、前を見ようとした時、視界の端にガラスが移った。
そのガラスに移る俺達を見て、思わず立ち止まった。
「?」
違和感。
「もーっ!まぁた考え事かー?」
「ほんとトキはボーッとしてんなー!」
「早く行こうぜー、あっちぃよ」
友達が笑うが、俺はその違和感の正体を探ろうとガラスを見詰めた。
「……ああ、そうだ」
そうだよ。
学生だった俺にはまだこの頬の傷跡は存在しない。
髪もまだ黒くて、色が抜けたような感じになったのはあの世界に着いてからだ。
はは、なるほど。
時間が戻った訳じゃないんだな。
ガラスに近付いていく。
ここまで来ればガラスの向こう側の商品が見えるはずだけど、相変わらず鏡のように俺の姿をしっかり写す。
そのガラスの向こう側では、必死に俺に呼び掛けるターリャと、襲いかかろうとしているスフの姿があった。
「全く、厄介な幻覚だ……」
溜め息を吐きながら拳を握り絞める。
「おい!トキ何してんだ!」
懐かしい友人達を改めて見回した。
幻覚だったとしても、再び会えて嬉しかった。
すぐさまガラスに向き直り、拳を突き出した。
砕け散るガラスが視界に広がる。
途端に馴染んだ感覚が戻ってきた。
やっぱり俺はもうあの頃には戻れそうに無いな。
振り下ろされた鍵爪を盾で受け止める。
「トキ!!!」
「すまん、ちょっと幻覚解くのに手間取った」
ガリガリと凄まじい音が聞こえて、視線を向けると尻尾の蛇が迫ってきている。
「ターリャ!!二頭を連れて退避!!」
「了解!!」
ビビりまくる馬達を後方に下がらせて、俺はスフとの戦いに専念する。
飛びかかってきた蛇の尻尾を盾で弾く。
ふむ。あの尻尾の動き、尻尾っていうか完全に飛びかかってきた蛇の動きだな。
にしてもかなり早い攻撃。
とても鉱物の体だとは思えない。
あっという間にチャージも溜まっている。
しかし…逆鱗は何処だ??
ガンガンと絶えず攻撃が与えられるのを受け流しながら、俺は必死に逆鱗を探す。
しかし、どんだけ探してもそれっぽいのは見当たらない。
『汝は何者なりや?』
ズキンと頭が痛むのを無視する。
「お前はそれしか言えないのか!?」
四肢の間に入り込み、ロックを外した剣をスフの腹に叩き付けた。
スフが絶叫を上げて崩れた。
おや?意外と脆い??
転がり出て落下物を避けていくと、スフがみるみるうちに再生していく。
嘘だろ。
超厄介じゃん。
どうやって倒すのあれ。
向こう側にいるターリャも「ええ……」と困惑顔。
必死に頭を働かせる。
どうやったらあれを倒せるのか。
完全復活したスフがまた猛攻を仕掛ける。
あんなに砕けたのに力も速度も衰えない。
チャージもすぐに満タンだけど、さっきみたいにしたって意味がないのは丸分かりだ。
だけど、何かヒントがあるかもしれないと砕くが瞬く間に回復される。
「ん?」
その時、何か不思議なものを見た。
真っ先に再生する箇所がある。
再び壊しても同じだ。
もしかして、あれが司令塔か?あれを壊せばスフの再生が止まるかもしれない。
だけど、どうやって攻撃する?
ダメージチャージで体を壊してもすぐにあの核部分から再生される。
どうにかしてあの集まりをバラけさせた状態を維持させたい。
そこでふと、ある作戦を思い付いた。
「ターリャ!!!」
「!!」
再びの猛攻を使ってチャージを溜めながらターリャに作戦を伝えた。
意図を理解したターリャが頷き、早速行動に移した。
大量の水を生成し、機会を待つ。
ダメージチャージを使ってスフを砕く寸前、俺はターリャに合図を送った。
「いまだ!!!」
砕かれたスフにターリャの水が覆い被さって高速回転を始めた。
水晶は水に揉まれて流され、集まることが出来ない。
目を凝らして核を探す。
「あった!ターリャ!あの赤い宝石を俺の方に弾いてくれ!」
「分かった!!」
赤い宝石がぐぐっと軌跡を変え、水から弾き出された。
宝石はまっすぐ俺の方へと飛んでくる。
腰に差してある竜の牙の短剣を抜き放ち、飛んできたそれを切った。
切った衝撃に宝石が耐えられなかったのか砕け散る。
ターリャの水が消えると、水晶が地面に落ちた。
水晶は何とか集まって形を作ろうとしているけど、肝心の核がなくて安定しないようだ。
そのうちスフは動かなくなっていき、ゆっくり崩れていった。
後に残ったのは両手程の水晶の塊。
「卵みたいになっちゃったね」
卵形の水晶の塊。
こんなになったけど、スフも竜種ならターリャが食べられるはず。
……たべられるか?これ。
「ターリャ、これ食べられそうか?」
「んー、わかんない。美味しそうだけど。美味しそうじゃない?」
「すまん、わからん……」
さすがにそれは共感できない。
「とりあえず食べてみる」
ターリャが水晶を撫でると光が分離して手の中へ。
それをターリャが食べた。
「うん。美味しい」
今回は変化無し。
さて、用済みになったこの水晶は回収して、後で使わせてもらおう。
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