第5話『ヨップファミリー』
「馬車だ」
「人もいるよ」
「ほんとうだ」
なんでこんな森の中に。罠か?
普通馬車というものは道を走るものだ。それなのにあの馬車は何でか森のなかで立ち往生していた。
見るからに怪しい。
いやいや、セドナといえど、まさかこんなところまで手を回すほど執念深くはないだろう。
無いと思いたい。
様子を見ていると、溝に嵌まった馬車を大人2人で動かそうとしている。
腕は細い。戦えなさそうだと判断した。
という感じで考えを巡らせているとターリャが袖をくいっと引っ張って見上げてきた。
「ねぇ、どうする?」
「どうするっていってもなぁー」
とはいえ100%安全とも言えない。万が一があるのは怖い。
怖いけど。
「うーん」
馬車はネクルストの方向を向いていて、しかも町ではあまり見たことの無い種類の馬車。
押している人達も、なんだか商人といっても家族経営のようだ。
何かあったとしても何とかなるか。
「助けたい?」
「うん」
「じゃあ行くか」
「うん!」
様子を伺いながら近付いていく。
「どうしたんですか?」
「お?」
「おお、人がいる」
商人達がこちらに気付いた。
見たことの無い顔だ。
良かった。町の人じゃないみたい。
町の人なら雑巾を見る目か、化物を見る目をするはずだから。
「まぁー!!」
「!?」
耳をつんざく高音。
「まぁまぁまぁ!女の子じゃない!!」
馬車からふくよかな女性が飛び出してこちらへ向かってやってくる。
目がキラキラしている。
視線はあからさまにターリャに向かっていた。
「わっ…わわ…」
女性の圧が凄くてターリャが俺の後ろに隠れてしまい、女性が「あらあら」と口元に手を当てて困った顔をしていた。
「やだごめんなさい。怯えさせるつもりはなかったのよ。あまりにも可愛らしかったから、つい…。甘いもの食べる?」
「…」
甘いものの言葉に釣られてターリャが顔を覗かせた。
ターリャの頭を撫でる。
「えっと、見るからに立ち往生していますけど、よろしかったら手伝いましょうか?」
「えっ!ほんとか!?」
「それは凄く助かる!」
「助かるわぁー、グリーンウォルフに追われていたからねぇあんたが手伝ってくれたらさっさとここからおさらばできるよ」
ちょい待てグリーンウォルフ?
グリーンウォルフと言えば苔むした木や岩に擬態する狼だ。
弱いけど、足が速いし数が多い。
一度つけられたということは、まだ近くに潜んでいるということだ。
俺達二人は突破できはするけど、この人達は無理だな。
仕方ない。
「…久しぶりに護衛するかぁ…」
「む?」
「危ないからちょっと下がってて」
ターリャの側に荷物を置いて馬車へと向かう。
「ちょいと失礼」
「うお、近くで見るとでかいな君」
少し押してみて確認してみた。
ふむ。これくらいなら、いけるな。
馬車に手を掛けて、力をいれる。
──ギシッ
「おおおお!!」
「おお!?動いた!?」
ギシンと盛大な音を立てて馬車が溝から抜け出した。
車軸が壊れて無かったから楽に抜けたな。
「うおっ!」
「スッゲーな兄ちゃん!!力持ちだな!!」
「浮浪者と思ってすまんかった!」
いやあながち間違ってはいないけれど…。
それより肩に腕組んで体重掛けるのやめて重い。
「あなたのお兄さん凄いわねぇー!格好いいわぁ…」
「うん、トキは凄いよ。トカゲ捕まえるの凄く上手い」
「え?トカゲ?」
「ターリャ余計なことは言わなくていいから」
(あそこにいるな…)
グリーンウォルフの注意を逸らすために、女性から鳥の肉を多めに貰った。
「せぇー、のっ!」
それを布に包んで、いると思われる岩影へと放り投げた。
するとやっぱりグリーンウォルフが潜んでいたらしく、俺の投げた肉にかじりつき、それを見ていた周囲のグリーンウォルフが肉を奪おうと襲い掛かった。
「今です!」
「はいよぉ!」
グリーンウォルフ達が肉に夢中になっている隙に合図を出して馬車を走らせた。
「できるだけまっすぐ走って、森を抜けてください!」
「ひいいい、こんなにグリーンウォルフ潜んでたんか…っ!くわばらー!」
ガタガタと激しく馬車が揺れ、後ろでターリャが「わわわわわ」と声が震えるのを楽しんでいる。
「!? 伏せて!!」
肉に突進していかなかった一匹のグリーンウォルフがこちらに向かって飛び掛かってきた。
飛び掛かってきたグリーンウォルフの頭を全力で蹴り飛ばすと、キャインと悲鳴をあげて地面へと転がっていった。
「ふぅ、危ない…」
「兄ちゃん勇気あるなぁ。冒険者か?」
「“元”ですけどね…」
「なんにせよ助かったぜ」
ニッと笑い掛けられて、少し照れた。
こんな顔向けられるのいつぶりだか。
森を抜け、運良く架けられていた簡素な橋を渡り道へと出た。
道といっても砂利道だけど、さっきまでの根っこが飛び出して揺れまくる地面よりはずっといい。
「ところで自己紹介してなかったな。俺らは家族で移動商店をしているもんだ。俺はドル・ヨップ。妻のカルナ・ヨップ」
「よろしくね」
ふくよかな女性が微笑む。
その膝にターリャが乗って、口をモグモグ動かしていた。
なに食べてるの。
「そんで、今
「よろしくー」
にへらとトップが笑う。
肩の力が抜けていく。悪い人では無さそうだ。
「俺はトキ、そっちの子はターリャといいます」
「あらら、お名前も可愛いのね」
「んふふ」
ターリャが嬉しそうにしている。
「ところで一つ聞きたいのだけれど」
「なんでしょうか?」
「これ何なのかしら?さっきから膝に当たるの」
「!!!?」
ターリャの尻尾がマントから出て、嬉しそうにゆったり揺れていた。
「えっとそれは…っ!」
「うおぅ!尻尾じゃないか!?お嬢ちゃん背中に蛇かトカゲ背負ってるのかい!?」
「……」
ターリャはドルの言葉で「はっ!」とした顔をして、自分の尻尾を見た。そして、泣きそうな顔でこっちを見る。
これは、尻尾が出ているのに気が付いてなかった感じか。
どうしようか考えたけど、この際試しに話して見ることにした。
「ええと、実はこの子獣人でして」
「獣人ってえと、猫とか犬とかが二足歩行してるのか!いや、でもその子は結構人寄りじゃないか?」
「そうなんですよね。俺もなんの種族か分からなくて」
「? 兄妹じゃないの?」
「違いますね。保護者ではありますが」
「そうなのー、大変ねぇ」
カルナがターリャを撫でると、ターリャは食べていたものを飲み込んで言った。
「トキがいるから平気!」
「あらまぁ」
まぁまぁまぁとカルナがこっちを見る。
そして何故かドルとトップもこっちを見ている。
「そうだな、兄ちゃん強いから安心だな」
「間違いない」
うんうんと頷く二人に、なんだかこっ恥ずかしくなった。
お礼にとネクルストまで送って貰うことになった。
「おおお!これはなかなかいい素材だな。よし!では買った!」
ついでにもて余していた素材を買って貰った。
お金が稼げるのは良いことだ。
しかもそのお金でターリャの靴を買った。
「お…、これはうちでは無理だな。これはちゃんとしたところで取引して貰え」
「? え、だいたい5000ネルくらいじゃないんですか?」
はぁ?という顔をドルにされた。
「兄ちゃん。さすがにそれは価格を知らなさすぎだぞ」
「……」
なるほど、つまり俺は町で常にお金をちょろまかされていたと。
どうりでずっと生活が苦しいはずだわ。
ということでドルに簡単に標準価格を教えて貰うことにした。
「ターリャちゃん。スッゴク可愛いわよ!よかったらこれ着てみて頂戴な」
「わあ!可愛い!」
その後ろではターリャが着せ替え人形と化していた。
良いのだろうか?売り物じゃないの?その服。
そうして順調に馬車は進み、ネクルスト街が見えてきたのだった。
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