X11 美少女と夜歩く
ある日の夜。
『コンビニに行こうかと』
メッセージのやり取りの途中で、理華がそう言った。
夏とはいえ、もう外は真っ暗だ。
この時間から出かけるというのは、理華にしては珍しい。
『俺も行くよ』
心配になってしまって、俺はそんな文面を送っていた。
夜中というわけでもないんだから、べつに平気だろ、過保護だな。
そうも思ったけれど、最近はなにかと物騒だ
それに、丁度アイスでも食べたかったところだし。
……あとは、まあ、ちょっとだけ、理華に会いたかったのもあるけれど。
「おう」
「こんばんは」
マンションの前で理華と落ち合って、そのまま並んでコンビニへ歩く。
コンビニはスーパーより近くにあるが、物価や買うものの関係上、理華はあまり使っているイメージがない。
俺はわりと頻繁に通っているものの、理華が夕飯を作ってくれるようになってからは、少し回数も減ったかもしれない。
「何買うんだ?」
「アイスが欲しくなってしまって。今夜は暑いですから」
「……ふぅん」
相変わらず、考えてることが同じだ。
今となっては、もはや驚きもしない。
むしろ、ちょっと安心するくらいだ。
どちらからともなく、手を繋いだ。
ちらりと視線を合わせると、理華は俺の方を見上げて、なにやら口を尖らせていた。
たぶん、照れ隠しだと思う。
理華は嬉しい時でも、たまにこういう顔をするのだ。
それに本当に嫌なら、握り返してきたりはしないだろう。
暑いと言いつつ、理華の手はひんやりしていて、気持ちよかった。
「……実は」
「ん?」
「……少しだけ廉さんに会いたくて、出かけることにしたんです。付いてきてくれるんじゃないかと思って……。アイスは、ただのついでです」
「……そうか」
「……」
……かわいすぎる。
感想がこれしか思いつかないくらいには、俺は幸せで頭を支配されていた。
圧倒的なかわいさの前では、俺如きの存在はちっぽけで無力なのだ。
おまけに、理華はいじらしく、握った俺の手をくいくいと引っ張ってくる。
こんな小さなことが、愛しくて仕方ない。
きっと理華には、俺を腑抜けにするために有効なものが、無限に搭載されているのだと思う。
潔く白旗を揚げよう。南無。
そんなバカなことを考えているうちに、コンビニに着いた。
店に入る時には手を放して、少し理華との距離を空ける。
さすがに、まだそこまでの理性は失っていないのだ。
「……あっ」
急に、理華が小さい声で叫んだ。
慌てたようにキョロキョロしたあと、そそくさと飲み物の棚の前に、隠れるように移動する。
「どうした?」
追いついて、念のため小声で聞いてみた。
理華が目配せをする先では、ひとりの学生風の店員が品出しをしている。
「……同じクラスの女の子です。ここでバイトしていたとは」
「……なるほど」
俺たちは小さく頷き合ってから、他人を装って別々にアイスを選んだ。
そのままレジに並び、会計を待つ。
理華との関係がバレたって、べつに構わない。
ただ、こんな時間に二人で買い物に来ていることが知られるのは……なんというか、恥ずかしすぎる気がした。
幸い、レジを回していたのは別のスタッフだ。
これなら、何事もなく……
「お会計お願いしまーす」
と、思っていたのに、不意にレジの店員が会計の応援を呼んだ。
品出しをしていたやつが、律儀にレジに駆けてくる。
くそっ……気が利く店員だな、どっちも……。
前にいた理華の肩に、力が入るのがわかった。
もちろん、俺も自然と表情が硬くなる。
「次でお待ちの方、どうぞー」
もともと会計をしていた中年女性に呼ばれて、理華が重い足取りでレジに向かう。
当然、次は俺が、理華のクラスの女子に呼ばれる番だ。
「どうぞー」
「……」
会計を待つ間、そいつは俺の方を一切見なかった。
たぶん、俺のことを知らないんだろう。
まあ、俺だってこの女子に見覚えはないのだから、無理もない。
そのまま何事もなく会計を終え、そそくさと店を出る。
外から店内を確認しながら、俺たちは小走りでコンビニから離れた。
「……ふぅ」
「……なんだか、スパイ映画みたいでしたね」
「気分はまさにそれだったな」
映画にしてはショボすぎる気がするが、やってることは近いだろう。
それから俺たちは、せっかくだからということで、公園に立ち寄ってベンチでアイスを食べた。
理華はストロベリーバニラのカップアイス、俺はレモンのカップかき氷だ。
幸い、公園には俺たちの他に、誰もいなかった。
「……気にし過ぎてもよくないとは思いますが、バレるにしても、予期しないバレ方は避けたいですね。今日のような」
「まあ、そうだな……。シチュエーションがよくない」
「……でも」
「ん?」
理華はこちらを向いてから、クスッと肩を震わせて笑った。
「なんだかドキドキして、ちょっとだけ楽しかったです」
「……肝の据わったやつだ」
まあたしかに、気持ちはわからなくもないけれど。
「廉さん」
「ん」
「……はい」
「……」
なんだ。
なんでアイスが載ったスプーンを、こっちに向けるんだ……。
「……あーん」
「……お前、変なテンションになってるだろ」
「ほら、溶けてしまいますよ。早く、廉さん」
「……」
俺は観念して、出来るだけ素早い動きでピンク色のアイスを食べた。
うまい。いや、そんなことより、恥ずかしい。
これが噂に聞く、『あーん』か。
まさか、理華にされることになるとは……。
「ふふっ。赤くなってる廉さん、かわいいです」
「……お返しだ」
俺は自分のかき氷をすくって、理華の方に向けた。
理華は驚いたように目を丸くしてから、すぐに顔を真っ赤に染める。
「ほら、あーん」
「……うぅ。思っていたより、恥ずかしいですね……」
「ダメだぞ、自分だけやらないなんて」
「……はい」
理華は目をつぶって、小さな口でパクッとスプーンをくわえた。
その動きと顔がどうしようもなくかわいくて、俺は理華に気づかれないように、熱くなった顔にかき氷のカップを当てた。
なんの意味があるのか疑問だったけれど、もしかすると俺にも、『あーん』の良さがわかったのかもしれなかった。
「……なんというか、やっぱり私たちも、普通のカップルですね」
「……だな」
……まあ、たまにはいいんじゃないだろうか。
うん、たまには。
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