第17話 父と子・決闘

 俺はたまらず立ち上がると、机をバンッと叩く。


「ちょっと待ってください父さん! それってどうゆうことですかっ!」


分からない。

なぜそんなことになるのか理解できなかった。

いや、理解したくもなかった。

思ってもいなかった事態に、俺は半ばパニックに陥りながらも声を荒げる。


「言っただろう? これは僕とシルエの問題なんだ」


「ディアス様……。これは仕方のないことなんです。私が一方的にサロス様との契約に背いた行動をしてしまったせいで……」


「そんなっ……。そんなのまた結び直せばいいじゃないですか! それに契約って……

それがなんだっていうんですか!」


「ディアス。この世界では最も大事な盟約であり、主従関係なんだよ。それをどちらかが相手の許可なく破れば、破った側に体裁がくわえられる。最悪それは死を招くこともある。

それに一度契約を切れば、再度契約するには時間が必要なんだ」


シルエもサロスの話しに意を表すかの様に、黙ったままだ。


「僕がシルエをダンジョンで助けた時に交わした契約。シルエはそれを破ってしまった。契約を破られた側は破った側に何かしら処罰を与えないと、両方に呪いが発生してしまうんだよ。それも、それ相応の処罰をくださないとね」


なるほど。つまり、サロス本人の意思としてではなく、契約に従ってシルエを何かしら裁かないとサロス自身にもその代償が現れてしまうということか。

なんとも、不可解で嫌気がさす呪いだ。

とはいえ、それがあるおかげでどちらかが一方的に裏切るということの抑制にもなっているんだろう。

たが、俺は心の中に何か棘のようなものが引っかかる感覚を覚えた。


「納得いきません」


俺の言葉にサロスはもちろん、シルエとヘラも顔を上げて俺を見る。 


「確かに今回の件は父さんとシルエの問題だと思います。でも、それと同時に俺とシルエが起こした問題でもあります。だったらシルエには何かしらの処罰が下るのに、俺には何もないなんてそんなの間違ってるし、俺は認めたくありません」


「ほう、じゃあディアスはどうするというんだい?」


「俺もシルエと一緒にこの家をでます」


「ディアス様っ!?」


シルエは顔を上げて俺を見る。

ヘラとサロスは顔を見合わせ、少しため息混じりの声で俺に話す。


「やはり、そんなことだろうと思ったよ……。全く本当にいつから君達2人はそんな思い入れが強くなったのか。

親としては嬉しい限りだけどね」


サロスは一言一言丁寧に言葉を発する。


「わかった。ディアスがそこまで言うなら、僕にも考えがある」


「ご主人様っ!」


「シルエ、もう契約は破棄されたんだ。もうそんな呼び方をする必要はないよ」


サロスはシルエに冷たく言い放つと、俺の方に顔を向け、重みのある力強い声で言い放った。


「ディアス。僕と一対一の勝負をしよう」


「えっ?」


「ディアスが勝ったら、シルエはここに置いておく。ただし、追い出すよりキツい仕事をさせることになるだろう。

だが負けたら、ディアスもシルエと共にこの家から出て行ってもらう」


「あなたっ……」


ヘラは思わずサロスに訴えかけようとしたが、それ以上は口を挟まなかった。


「どうだいディアス?

悪い条件じゃないだろう?」


「ディアス様、そんなことする必要はありません! 罪を受けるのは私だけで十分です!」


俺はじっとサロスの方を見つめる。

そして、


「分かりました父さん。その勝負受けて立ちます。ただし僕が勝った場合、シルエの仕事の5割は僕に任せてください」


「やれやれ。ディアスとは別に契約していないから、そこまでする必要はないんだけどね。まぁいいだろう。考えておくよ」


「ディアス様……」


「シルエ、大丈夫です。僕も父さんとは一度本気で勝負をしてみたかったので」


「決まりだね」


俺とサロスはお互いの目を見やって頷くと、そのまま家の外へと出ていった。

ヘラとシルエも同じく後に続く。


吹き付ける冷たい風の中、俺とサロスは庭で向かい合う。サロスは自身が持つ何本もある剣の中の一本を俺に投げ渡した。


「いいかいディアス。剣術、武術、魔法。

何でもありの真剣勝負だ。相手が気絶、または降参したら決着とする。今までの修行の成果を全て出し尽くしてかかってくるんだ。

もちろん僕も手を抜く気はない」


サロスの言葉は嘘も迷いもなかった。彼は本気で俺をねじ伏せるつもりだ。

俺は少しばかり震える手で剣を抜いて構える。まさかの真剣だ。これは下手をすれば命はない。


「はい! 父さんこそ今までの俺と同じだと思わないでくださいね!」



自分を鼓舞しようと投げた言葉でもあった。

なにせ、先程のサロスの凄まじい力を見てしまってはとても今まで通りにいかないことは火を見るよりも明らかだ。

俺は全身が震えるのを、大きく深呼吸させて落ち着かせる。

ヘラとシルエは側で不安そうに見守っている。もう、ここまでなってしまっては、ヘラも何も口を挟まなかった。


俺はサロスに向けて切先を構える。

神樹が見守る静寂の中、冷たい北風が吹き抜け、木々がざわめいて木の葉が舞い落ちる。

一枚の葉が剣の切先に触れて、スッと二つに引き裂かれる。

俺はそれを合図に、意を決して前足を踏み出すと、サロス目掛けて一気に走り出した。


「はぁぁぁっ!」


剣を振り上げると、そのまま一直線にサロスに向けて振り下ろし、キンッ! と鋭い音を響かせて剣を交える。俺は剣の軌道を変えて再び何回か振り下ろすが、全てサロスに防がれる。

何回か鍔迫り合いをした後、サロスは素早く後ろに跳躍して俺から距離をとる。

そして、サロスは勢いよく剣を振ると、それで生じた風圧が風の刃となり俺を襲う。

サロスがリリアとの戦いの時に見せた飛ぶ斬撃だ。


「くっ!」


俺はそのまま正面から剣で受け止めるが、凄まじい衝撃のあまり大きく後ろにのけぞる。斬撃の一つ一つが重くて速く、今にも剣が手から離れそうだ。

サロスはお構いなしに、絶えず連続して放ってくる。

地面を凄まじい勢いで削りながら迫る斬撃を受け続け、俺の体は徐々に庭の端へと追い詰められる。

リリアとの戦いで一度目にしていたから良かったものの、これは初見殺しの技だ。

俺はサロスの様に斬撃を飛ばすことはできない。

だが、目には目をだ!

俺は剣を片手でだけで持ち、なんとか斬撃を受け止めながら、そのままもう一方の手をサロスに向けて詠唱を始める。


「風のマナよ、あらゆる障害を切り刻め、

風の刃アネモス•クスフィー!」


俺の振り上げた手から風のカマイタチが繰り出され、サロスの斬撃と衝突する。


「ほぅ」


サロスは少し驚く素振りを見せたが、それも一瞬。怯むことなく、すぐさま次の斬撃を繰り出す。

だが、その一瞬の隙が出来れば充分だった。

俺はその一瞬の隙にサロスの攻撃範囲から抜け出し、そのままサロス目掛けて剣を投げつけた。

サロスは反応に遅れることなく、剣を弾き返したが、俺はその動作の隙を逃すことなくサロスの懐に入りこんだ。

よし! ここなら剣は振れない!

俺はお得意の体術を駆使してサロスに挑む。


「おっと」


だが、サロスは俺の拳を軽く手の平で受け流し、余裕の笑みを浮かべる。

続け様に片足を払われ、俺はバランスを崩す。

そして体制がフラついた俺の体に、サロスの手の平が触れる。

あの衝撃波が来る!

俺は次の瞬間、無理矢理地面を蹴り上げると、体を素早く捻ってサロスの手の平を払いのけ、その勢いで脇腹目掛けて渾身の蹴りをお見舞いした。


ドガッ!


サロスは片手で防御したものの、俺の蹴りの衝撃で後ろへと押される。

俺はすぐさま体制を整えると、追い討ちで火炎魔法を放った。

ドゴォ!

サロスの防御を許すことなく、炎の火球は直撃した。

だがサロスは、燃え上がる炎と煙を勢いよく払いのけ、目にも止まらぬスピードで俺の前まで移動すると、俺の体に片手を当てて「龍波」と口にした。

次の瞬間、体の内側から押しつぶされる様な感覚に襲われ、俺は勢いよく後方へ吹っ飛ばされて地面へと転がり倒れる。

「ぐっ!」

転がりながらも何とか体制を立て直し、再びサロスの方を見るが、そこにサロスの姿はなかった。


「後ろが隙だらけだよ」


「くっ!」


俺の後ろに回り込んだサロスに反応しようした瞬間だった。


「龍撃」


先ほどよりも強い衝撃が、ピンポイントで俺の腹部を襲った。

サロスの右腕はしっかりと俺の腹部にめり込み、そして次の瞬間ドンッと俺の体はさっきより大きく後ろへと吹っ飛ばされた。

体が燃える様に熱かった。内部からグチャグチャに破壊されているような感覚だ。

「勝負あったね」

意識が遠のく。

くそっ。

遠かった。サロスはあまりにも偉大で今の俺のいる場所からは遠すぎた。


「ディアス様!」


うっすらとだが、シルエとヘラが俺に近寄り治癒魔法をかけているのが見える。

痛みが徐々に引いていくのを感じながら、俺はそのまま目を瞑る。

この感覚は生前経験したことがある。


え、まさか死ぬ?

ちょっと待て、この世界で死んだらどうなるんだ……。


段々と意識がなくなると共に、あらゆる感覚が遮断され、そして目の前には真っ暗な暗闇が広がった。

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