第7話 一族の血
それにしてもシルエは速い。
さすが元冒険者だ。敷地内の庭を抜け、森の木々の間を、少しも減速することなく移動していく。
どうやら神樹に向かっているらしい。
シルエは神樹の真下に着くと、1番近い神樹の枝まで跳躍した。そこから上にある他の枝へと飛び移りながら、神樹の頂上を目指して登っていく。
俺はサロスに4歳の頃から、神樹の地形を利用して修行をつけて貰っていたので、枝と枝の距離をジャンプして上へ登っていくことくらいはできた。まだ頂上までは登ったことはなかったが。
サロスは「魔術」「剣術」「武術」どれも一流だが、中でも剣術と武術が本職で、そこら辺はバシバシ鍛えてもらっていた。なので、それなりに体力もつき、シルエに付いていくだけの自信はあった。
シルエは下から登ってくる俺を、可愛いとも言えない少し揶揄ったような笑顔で「こっちですよ」と案内する。
ようやく神樹の頂上にたどり着いた時には俺は肩から息をしていた。
「っっ……はぁっ、はぁ…シルエ速いですよ」
「フフ、まだまだですね。それじゃあ奥様やフィアからは逃げ切れませんよ」
シルエは息一つ乱れずに、得意げに言い放った。
子供相手に大人気ない。実に。
耳をこねくりまわしてやろうかと思ったが、避けられて反撃されそうなのでやめておくことにした。
シルエはまたニコッと微笑むと、今度は神樹の森の奥の方へと進んでいった。
神樹の上はサロスが言っていた通りだった。
本当に一個の大きな森が丸々神樹の上に出来上がっていた。
なるほど、これなら食材が減らないのも納得だ。
シルエに連れてこられたのは、森の入り口から1キロ程離れた千樹石洞窟という場所だった。
木の上に洞窟があるのか。
凄えな神樹!と感心しながらも、洞窟に入る。奥の方へ進んでいくと、広い空間にでた。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。
なんて美しいのだろうか。
洞窟の表面いっぱいに、青や赤に黄色といった様々な光を発した煌びやかな石が敷き詰められていた。
いや、敷き詰められていたというより
洞窟全体がこの煌びやかな石なのだ。
呆気に取られていると、シルエが説明する。
「この洞窟は魔石で作られた場所です。
成人の2年前になると、この村の人達はどの種族であっても一度ここにきて自身の魔力を増幅させます。」
なるほど、この鮮やかに光る石は魔石だったのか。
魔導書に書いてあった。魔石と自身の本来持つ魔力が同調して共鳴すると、自身の魔力が数倍に膨れ上がり、体に魔力が流れる回路が生み出されると。
魔力回路が体にできてから、慣れて扱える様になるまで2年ほど時間がかかる。なので、どの種族であっても、成人する2年前には魔石と同調させるということだ。
まさか、その魔力石が神樹の上にあるとは思いもしていなかった。
通りで新人の冒険者や見習い冒険者が揃って神樹を登っていくわけだ。
たが、俺は人族。成人はまだまだ先だ。
短い順に並べるなら、
「獣人族」が8歳
「小人族」が10歳
「エルフ族」が12歳
「魔族」が14歳
「ドアーフ族」が16歳
「人族」が18歳
よくもまあ、こうバランス良く2歳ごとに成人できるものだと感心するが。
そんなわけで俺の成人はまだまだ先な訳だ。
ましてや「獣人族」と「人族」なんて1番離れている。
まさかシルエは知らないわけではないだろう。
「シルエ。あの、一応僕人族なんですが?」
「ええ、知ってます」
「まだ6歳なんですけど?」
「ええ、知っていますよ」
「え? ……えっと……そのことを踏まえた上で僕に魔力の使い方を教えてくれるってことですか?」
「はい」
わかってるのにやろうとしてるのか?
確かそれは規律違反になるのでは。
魔導書には、規律を破れば魔石に魔力を奪われ、ほぼ抜け殻の状態で生きなければいけなくなると書いてあった。
全ての魔力が体から無くなると、生命力を吸われるのと同様になり廃人と化すらしい。
逆に魔力回路が発現していなければ、取られるよう魔力も無いのでそこまで影響はない。だが、そのかわり一生魔力回路が開くことは無くなってしまうそうだ。
どうすればいいんだろうか。
たしかに今すぐにでも魔力は習いたいし、使えるようになりたい。
でも、そうすれば俺はもちろん、シルエも立派な罪人となり魔力を吸われて廃人と化してしまうのだ。
どう返事をすれば良いのか悩んでいるとシルエが口を開いた。
「ディアス様。自分が何族かご存知ありませんか?」
ん? シルエは何を言っているんだ。
さっき人族って言ったじゃないか。
「えっと……人族……ですよね?」
まさか、あなたは本当は私の子なんです。とか言われたりするのか?などと考えだしてしまう。
まぁそんなことは当然あり得ないし、実際ヘラから生まれてきた記憶がしっかりあるのだが。
落ち着くんだディアス・ラルドラク。
「やはり、教えてはもらっていませんでしたか。」
シルエはしばらく考え込んでいたが、また話し始めた。
「先程の人族という答えですが、半分正解で半分不正解です。
正確には、ディアス様は代々龍族の血を受け継いできた龍族と人間の子です」
龍族-----
その名前は聞いたことがあった。魔導書5巻に書かれてあったものだ。
基本的な6種族の他に、種族の派生という
特異種族があるらしい。
それらの種族は数が少なく希少なため、滅多に出会うことはないらしい。
龍族はその昔、龍王と呼ばれる龍の王と契約を交わした人族が産み落とした末裔と言われている。戦闘力や魔力量も他の種族と比べて頭ひとつ飛び抜けているらしい。
俺がその龍族の血を引き継いでいるっていうのか。
まさか、ほぼ伝説に近い種族の血が自分に流れているなんて。
「じゃあ、母様や父様も龍族ということですか?」
「奥様は人族です。ご主人様は龍族ですが。髪色をご覧になっているでしょう? 龍族はその血が濃ければ濃いほど髪の色はより濃い赤色なんです」
なるほど、どうやら龍族は基本的に赤髪らしい。だから俺もヘラもサロスも揃って赤髪なのか。ヘラは俺を産んだ影響で髪色が変色したということらしい。
俺はサロスほど色は濃くなく、少しピンクに近いかもしれない。おそらく人族と龍族のハーフだからだろう。普通の龍族よりは血が薄いということか。
だが、これで合点がいった。
おそらく、シルエが言いたいのはこうだろう。龍族は他の種族よりも魔力量が大きいため、その分魔力回路を開いてから流れる魔力も多くなると書いてあった。
したがって他の種族より、魔力制御に時間がかかる。
なので、他の種族よりも早めに魔力回路を開かないと、成人までに魔力をコントロールするのに間に合わないということだ。
だが、それにしても早い。
せいぜい、どんなにかかっても5年はかからないだろう。
俺は成人まで12年はある。
一通り納得したと思ったが、やはり疑問がありすぎた。
シルエはなんの意図があってこれを話したのか。
そもそも、それを分かっていながら何故まだ6歳である俺をここに連れてきたのか。
謎が深まる中、スっとシルエは手元から魔導書を出した。
あれ? いつの間に取られたのか?
ふと俺は手元のポーチの中身を見る。だが、しっかりと魔導書2冊は入っている。
いや、違う。
シルエが持っていたのは、サロスが解読とやらに苦戦していた、いつも手にしていたはずの六巻目の魔道書だった。
「ディアス様。ここに書かれている内容は、ご主人様も解読に苦労なさっていました。
ですが、つい最近一部解読に成功し、龍族にとってとても重大な事が明らかになりました。
ご主人様や奥様からは、ディアス様にはまだ隠しておくようにとのことでしたが、私の独断で話させていただきます。」
シルエの声のトーンが変わった。
いつもはちょっと俺を揶揄うように話すシルエが。
眼差しもより鋭く真剣になった。
ここまでを整理すれば、シルエの立場は簡単なものだった。
シルエは雇い主に逆らったのだ。
ヘラとサロスの言われたことを破り、俺をここに連れてきた。
その意味がどれだけ深いものなのかと俺は考えたが、シルエのその表情はそんな掟よりも大事なものなんだといいたげだった。
そして、シルエの口から語られたものは……。
*******************
不思議と今回はなかなか見つからない。
いつもならボロを出してくる時間だが。
家の領土を一通り探して、一周してきた彼女は家の中に入ろうとした。
その時、ある一部分の茂みだけ荒れているのを見つけ、その茂みの裏に回る。
周辺の地面には、一本の黒い髪が落ちていた。
ディアスのものではない。
ディアスはサロスと同じ赤髪である。
村の誰かが入ってきたのだろうか?
ふと考える。
そういえばシルエの姿も見当たらない。
大抵はシルエと一緒にいるサンは玄関先で日光浴中だ。
この髪はシルエのものだろう。
ふと、周辺を見渡す。
家の中からサロスがヘラに
魔導書の六巻を知らないかい?
と聞いている声がする。
ピクっと彼女の耳が動く。
彼女が今立っている足元には、草を踏み分けた跡があり、その跡は領土を出て新樹の方向を示している。
これはおそらくディアス様のものだろう。
シルエがこんな痕跡を残すはずもない。
そして理解した。
あぁ、なるほど。そうゆうことか。
彼女は深くため息をつき、鋭い眼差しで雲がかかっている神樹の頂上を見上げる。
まだ早い。知られるのは。
ここで伝えるか? 真実を。
いや、おそらく二人は一緒にいるのだろう。
そうなると、少々厄介だ……。
いや、もう実行してしまえば関係ないか……。
色々と思考した後、彼女はサロスの元へ向かう。
「神樹の頂上にディアス様とシルエがいるようです」
ヘラとサロスはそれを聞くと、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐさま厳しい表情に変わりった。
「そうか。任せてもいいかな?」
「お任せ下さい」
彼女は美しいエメラルドの髪を靡かせて、一気に神樹の下まで突っ切っていく。
新樹の下まで着いた彼女は、再び上を見上げる。
「少し調子に乗りすぎましたね……。
シルエ、ディアス様」
彼女の口角がじんわりと上に上がる。
そして、彼女は一本目の枝まで一気に跳躍した。
サロスはその様子を窓から眺めて、
「頼んだよ」
とボソッと呟いた。
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