黒と苦労と苦悩
「広い! 明るい! 熱いーーーーー!!」
ミレは久方ぶりの大地に喜び、両手を広げ謎の叫び声をあげる。
アレーナ・ポルトゥスの港町、そこは全ての道が広くとられており、太陽の熱を反射するよう白い建物が多く建ち並ぶ。砂漠の都ワスティタースへと続く一番大きな港町で、商人や配送業者でごった返していた。
「オラっ、邪魔だ退け退け!」
ミレは道の真ん中で立ち尽くしていた為、船から荷物を運ぶ人間に怒鳴られる。
「もう、何よ! 場所だけじゃなくて人間も暑苦しいわね!」
ミレは横に避け、大きな背中に悪態を吐く。
「今のはミレさんが悪いですよ」
スクートゥムが笑ってミレを
「確かに邪魔にはなっていましたが、怒鳴るほどではありません。注意してきます」
杖を抜き、追いかけようとするノクスをスクートゥムが肩を掴んで止める。
「ノクスさんっ! 全く……、ミレさんのことになると常識がシャボン玉のようにどこかへ飛んで無くなる癖、直して下さい。私達は他所者で、彼らは仕事をしているのですから」
スクートゥムの説得により、落ち着きを取り戻したノクス。そのまま賑わう船着場から離れ、落ち着いた上品な人達が行き交う広場へと移動する。
そっと杖を抜き、ミレに軽めの保護呪文をかけるノクス。
「師匠、私はワスティタースの行き道を調べてまいります。それまでスクートゥムさん、師匠の護衛をお願いします」
船上の旅の間もミレとスクートゥムは仲良く接していた。だがどこか距離感を感じていたノクス。新天地で上がったミレのテンションを利用して、一気にスクートゥムとの距離を縮める作戦だった。
ミレに少しだけお小遣いを渡すノクス、デートには何かと必要だろうと考えていた。
「ありがとう……って、馬鹿じゃないの!? コレだと馬だって買えるじゃない!」
袋の中には百万テルほど入っている。
未だに金銭感覚が掴み切れていないノクス、ミレの食欲だとそれぐらい必要かと思い渡していた。
「では、そのお金で三人分のラクダをお願いします。残ったお金は返さなくていいので、何か美味しい物を二人で食べて下さい」
早速美味しい物センサーが働くミレ。スクートゥムを引き連れ、去っていく。
隠密魔法を唱え、自らにかけるノクス。ワスティタースへの道は既に、船上の商人に聞いて知っていた。
(スクートゥムさん、しっかりと師匠の心を鷲掴みにして下さい!)
ミレはスクートゥムの先を歩き、誘導していく。
「スクートゥムさん、多分このお店美味しいわ」
ミレは海の幸を焼いた、香ばしい香りの店に入ろうとする。それをスクートゥムが止める。
「ミレさん、先にラクダの支払いを済ませましょう。食事はその後にでも」
「何言ってるの? ラクダの後にも食事するから、それだと一回分減っちゃうじゃない? ノクスならそうするわよ」
本当に不思議そうな表情のミレ。スクートゥムの言っていることが理解できないらしい。
(コレはアレですね。ノクスさんから変えないとミレさんがダメになる……)
渋々店の中に入るスクートゥム。
ノクスは楽しそうに食事をする二人を店の外から眺め、満足げな表情だった。
行き交う人の邪魔にならないよう、店を見通せる位置の脇道に逸れるノクス。暗い路地の裏から話声が聴こえてくる。
「……近い……もしも……なら……」
距離が離れている為ハッキリとは聞こえなかった。この暑い土地に不釣り合いな黒いコートを羽織り、スッポリとフードで顔を隠す二人組。
「……殺しても…………
他人の会話に興味がなかったノクス、物騒な単語と
(ルナ……?)
忌まわしの真名を他人の口から聞き、背中に悪寒が走るノクス。丁度そのタイミングで、ミレとスクートゥムが店から出てきていた。
「ミレさんっ! 流石に次はラクダを見に行きましょう」
「お願いします! さっきの料理辛くて喉が渇いたの、そこのお店で冷たい飲み物の匂いがするのよ!」
どうやら二軒目を梯子しようとするミレを、スクートゥムが止めているようだった。ノクスは視線をフードを被った二人組へと戻す。二人の姿は無く、路地裏に入って行ったようだった。
(どうする、追いかけて聞いてみるか? だが二人とも声は男だった。しかし関係者の可能性もある……)
ノクスが迷っていると、ミレの鳴き声が聞こえてくる。
「わっ、分かりました! 飲み物だけですよ、次は絶対にラクダを見に行きます!」
駄々をこねるミレをスクートゥムがなだめていた。返事を聞き、パァっと笑顔になるミレ。その様子を見て安心するノクス。
(
後ろ髪を引かれながらも、意識をミレに向けるノクスだった。
ミレとスクートゥムは三頭のラクダを引き連れ、ノクスと別れた場所へと戻って来ていた。
「もっとゆっくり観光してくればよかったのに……」
ラクダの用事以外全て飲食で終わっている二人を見て、つい心の声が漏れでる。
「ビックリした! 何て言ったの??」
後ろから急に声をかけられ、声を出して驚くミレ。
「何でもありません。楽しめましたか?」
ノクスはミレの表情から満足している様子は掴めたが、スクートゥムの表情からは苦労の跡が窺えた。どちらかと言うとスクートゥムに尋ねる。
「楽しかったです。ですが、後でノクスさんに話があります」
急速に我儘に育てているノクスに、一言物申すつもりのスクートゥム。結局あの後飲み物を飲み、ラクダを選ぶさいも可愛くないと駄々をこね、三件目の食事を取り、四軒目のデザートまで付き合わされたスクートゥム。
「流石に五軒目の店に、ミレさんが入った時は幻かと思いましたが」
スクートゥムは話ながら、ノクスに紙袋を手渡す。受け取り中を確認すると、美味しそうなサンドイッチが入っていた。
「そこでは、ノクスさんの食事を買っていたようです。……少々自由気ままな性格ですが、本質は優しいようですね」
向日葵の笑顔を向けるスクートゥム。申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが入り混じるノクス。
朝から何も食べていなかったことを思い出し、袋を開け食べ始めるノクス。
「あっ! 半分あたしのだから」
ランニングを二倍にしなければと誓うノクスだった。
♦︎♦︎♦︎
空には雲一つ無く、熱い陽射しが容赦無く三人を照らす。暑さを経験したことが無いノクスは異常なまでの熱量に体力を奪われ、その日を終える。
次の日、口数の少ないノクスを心配するスクートゥム。ノクスは大丈夫ですと返事を返し、二日目の旅路を進む。
太陽が真上に登り、ユラユラと景色が揺れていた。上からと下からの容赦無い日射しにノクスは手綱を握る力を奪われ、乗っていたラクダの上からずり落た。熱せられた砂の上に横たわり、グッタリとしている。
「ノクスさんっ!!」
ミレとスクートゥムがノクスの元へ駆け寄る。ノクスは呼吸が早く、意識が
「ノクスさん水です! 飲んで下さい!」
意識が無い為、上手く水を飲めないノクス。
「そこをどいてっ!」
見知らぬ女性が駆け寄り、ノクスの身体を調べる。突然のことに女性をノクスから引き剥がそうとするミレを、スクートゥムが止める。
『土の父よ、砂の母よ! その熱を払い分け、冷えた大地を現したまえっ!』
杖を抜いた女性が魔法を唱えると、モゾモゾと表面の砂が揺れ、左右に別れる。ノクスは地表から五十センチほど沈み、冷えた砂の上に身体を横たえる。女性はテキパキと布で日除けを作り、ノクスを太陽の光から隠す。水筒の先に細い管を取り付け、ノクスの喉に通す。ゆっくりと水筒を傾け、少しずつ水分を送り込む。
「……ありがとうございます」
その様子を見て、ミレが女性に礼を言う。
「良いの、気にしないで。まだ軽い症状だから、今日はこのまま様子を見ましょう」
女性は腰袋から短い布を取り出し、水で濡らす。その布をノクスのおでこへと乗せる。
「綺麗な顔……」
女性はノクスの白い肌を指でそっと撫でる。
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