第55話 エルと対決しました


「これはこれは、元学園長。クビになった場所に、どの面下げて来たのかな?」


一瞬で余裕を取り戻したのか、エルが優しい口調で罵った。


私は胸を張り、顎を引き、背筋をぴんと伸ばす。


オスカーも、エルも、アキトも、カールも、フィリップ先生も、リュシアンも、この部屋にいる人みんなが私を見つめている。


私の愛する眼鏡科のためにも、ここで負けるわけにはいかない。


「エル。あなた方フィルナス侯爵家や、侯爵領の領民たちが困っていることを、わたくしは知りませんでした。力になれなかったことは謝ります」


膝をかがめ、あえてゆっくりと頭を下げる。


顔を上げると、エルの漆黒の瞳と目が合った。


「ですが、この学園はわたくしのものです。

眼鏡を作り上げる技術は素晴らしい価値のあるもの。

世の中に広く普及するためにも、まずは技術そのものを確立させ、カールのような技術を持つ職人の方を育て、保護する必要があるのです。

ですから、あなたやウェンゼル学園の手に眼鏡科を渡すことはできません」


扉の向こうでカールの言葉を聞いて、胸が熱かった。


嬉しかった。私の想いが伝わっている人が、ここにちゃんといるのだと。


「よく言うね、メイちゃん。君は眼鏡男子ってやつを身の回りにはべらせたくて学園を作ったんだろ? 制服を着て眼鏡をかけた、見目麗しい男に囲まれる。そんな下心しかない人間に、技術がどうの、職人の育成がどうのと言われても、全部言い訳にしか聞こえないよ」


エルはせせら笑いながら、痛烈に皮肉った。


「そこにいるアキトと違って、僕らは君のしもべじゃない。公爵家の中でなら、君の言うことは何でも聞いてもらえるんだろうけど、ここじゃそうはいかないよ」


「アキトはわたくしのしもべではありません。その言葉、今すぐ取り消しなさい」


私はぴしゃりと言い刺した。


エルの顔色が変わる。


「失礼ながら、エルネスト様。我々は使用人(サーヴァント)ではございません。自らの意志で仕える方を決め、心を込めてお仕えする執事(スチュワード)です。

侯爵子息でおられるあなたであれば、その違いは当然お分かりのはずです」


アキトは穏やかに言った。


「なるほど。では、無礼は詫びましょう。だからといって、君が学園長でも何でもないことに変わりはないけどね」


「そうね。あなたの言うとおり、私が眼鏡科を設立したとき、個人的な感情が全くなかったとは言わないわ。

確かに私は眼鏡が好きで、眼鏡をかけた男性は魅力的だと思ってる。そのことは今も変わらない。

でも、私が今ここにいる理由は別のものよ」


言葉を切ると、私は右手をぎゅっと握りしめた。


「眼鏡科ができて、実際に授業を受けて、いろんな人と関わって……私は変わったと思う。眼鏡のことをもっと好きになったし、この技術でみんなを幸せにしたいと思うようになった。人を外見で決めつけるつもりはなかったけど、私の軽率な言動がみんなを傷つけてたこともよく分かった。

そのことに気づけたのは、エル、あなたのおかげでもあるのよ」


私は言うと、エルのほうへ向かって一歩前に進み出た。


「プリスタイン公立学園眼鏡科、生徒会規則第三十七条。学園長が辞任した際、生徒会は一度解散し、新たな学園長が生徒会長を任命することができる」


完璧に暗誦した私を見て、エルが眉を寄せる。


「先ほど、ウェンゼル公爵はウェンゼル学園眼鏡科の学園長を退任されました。新たな学園長は私です」


「なっ……!」


エルの顔から血の気が引いた。

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