第26話 勉学に勤しみました


「こんなところで何をなさっているんですか」


穏やかな声、優しい笑顔が逆に恐ろしい。


「あ……アキト……」


喉が渇いて、引きつった笑い声が出る。


「見つかっちゃったね」


にっこりと悪戯っぽくエルは笑う。


やっぱキスしようとしてたの? 


それとも私の気のせい? 考えすぎ?


アキトは私の手を取って、半ば無理やり立ち上がらせた。


「せめて椅子におかけください。お体が冷えます」


「いやっ」


その手を反射的に、思いっきり振り払ってしまった。


うわ~やっちゃった……。


「そんなに勉強がお嫌いですか?」


溜息まじりにアキトが言う。


「……え?」


「まだ授業は始まったばかりですが、しっかり予習復習をしておかなければ、定期試験に合格できませんよ。こんなところでサボっておられる場合ではありません」


あ……あれ?


アキトってば、私が逃げ回ってる理由を勘違いしてる。


確かに勉強は得意じゃないけど、それより何より、アキトと一緒にいるのが気まずいのに、分かってないみたい。


「じゃあさ、これから一緒に勉強しようよ!」


ぽん、と手を鳴らしてエルが言った。


アキトは首を振って、


「おそれながら、エルネスト様。今はまだ授業中です」


「もう終わったよ。ほら、終礼の鐘」


確かに。ゴーン、ゴーンと鐘の音が聞こえる。


よっしゃ~これで今日の授業は終わり!


「帰るわよ、アキト」


「待ってよメイちゃん。一緒に勉強しよう」


「悪いけど、今日はパス。帰ってベッドでひたすらごろごろしたいの」


「そんなこと言っていいのかな~?」


エルはにやにやと意地悪く笑い、私に耳打ちした。


「アキト君にさっきの話ばらすよ?」


「ちょ! パリピのくせに陰険(いんけん)じゃない」


「だからパリピって何?」


「姫様!」


そこへ通りかかったのは緑髪のショタ少年、リュシアンだった。


昨日壊されかけた眼鏡も、アキトの手配で修理されてすっかり戻っている。


「よかった、本当にご無事だったんですね……」


昨日の恐ろしい記憶が蘇ったのか、リュシアンはいたいけに涙ぐんでいる。


「ごきげんよう、リュシアン。心配しないで、もう大丈夫よ」


私は微笑みつつ、リュシアンに小声で言った。


「昨日の話は絶対に誰にも言わないでね」


「はい、アキトさんから伺っています。でも本当にご無事でよかった」


ああ、何だか、内緒話ばかりが増えていくような……。


後ろ暗いことはしてないつもりなんだけど。


「無事って何? 何かあったの?」


ひょこっと覗き込んでくるエルに、リュシアンは頭を下げた。


一応、後輩だもんね。


「紹介するわ。リュシアン・L・リムロックさん。眼鏡科の一年生よ」


「よろしくお願いいたします」


「ああ、君がリムロック先生のご子息か。俺はエルネスト・チャールズ・アシュリー・ワイズ・フィルナス。よろしくお見知りおきを」


にこやかだけど、きっぱりと線を引いた態度でエルは手を差し出す。


彼はアキトに対してもこんな感じだ。


公爵家ではないにせよ、相当身分が高い家の子なんだろうな。


リュシアンがおどおど握手しているのを見て、私は切り出した。


「そうね。エルの言うとおり、一緒に勉強しましょう」


「おっ、メイちゃんさすが! やろうやろう」


と言って、エルは机の並んだ自習ブースへ私たちを先導する。


アキトの非難の目を感じたけれど、気づかないふりをして私は席についた。


仕方ないじゃない。だって、どうしたらいいか分からないんだもん。


今はとにかく、なるべく二人でいないようにしなきゃ。


そして、少しでも早く『アキトに近づいてはいけない病』を治すんだ!

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