平和を願うダークプリーストは、冒険者を手にかける ~魔王軍殲滅のためならば~

丸井まご

全ての元凶

第1話 ダークプリーストの追放はまだ早い

「なぁリーダー、役立たずのプリーストは追放しようぜ?」


 ──クエスト帰り。

 宿屋に着くと、やり使いのデュランが俺に提案してきた。


「俺とリーダーがいれば十分だって。

 浮いた食費で装備を買おーぜ」


「ついでに恨みも買いそうだな……」


 なんてことだ。


 この三人パーティ、今日できたばかりだというのに。早くも亀裂きれつがスタートダッシュを決めている。

 ギルドの『おまかせ結成サービス』に頼ったのは失敗だったか。


「少し考えさせてくれ」


 デュランと別れ、ひとまず自分の部屋に戻ることにした。


 回復魔法が得意なプリーストのクレア。

 確かに彼女は何もしていなかったが……。

 さっきのクエスト、パーティ結成後の記念すべき初戦では。




 ──数時間前。


「シャアアア!」


 魔王軍の人型魔獣……!

 微妙にずる賢いのが厄介だ。

 身にまとう黒い瘴気しょうきが、邪悪な見た目を引き立てる。


「上等だァアアア!」


 大きく踏み込んだデュランが、ずる賢いやつをやりつらぬき飛ばす。

 槍ってふっ飛ばせる武器なのか?

 こいつ、魔獣より狂暴だ。


 しかし、こうもあからさまに正面から襲ってきたということは。


「きゃあああ!」

 後衛のクレアの悲鳴。


 一体目は陽動、二体目の奇襲で撹乱かくらん……

 なるほど。

 それにつられた俺に対する、三体目が本命ということか──


「ジャアアアジィィ!」


 振り向きざまに手を当て、急速に無力化させると。

 拳を振り上げていた大柄な人型魔獣は瘴気しょうきを失い、その場に倒れ込んだ。



 一方、クレアに全力で避けられた二体目は、脇目わきめも振らず突き進んでいた。


 大技で隙を見せたデュランのもとへ。


「おいッ! ボーッとしてんじゃねえ!」

「すみません! すみません!」


 何とか体勢を立て直したデュランは、槍で攻撃を受け止める。

 だが、それも見越していたのか。

 弾かれた反動を利用して、再びクレアに向かう。


 思ったよりも速い……!

 しかないか……?

 いや、この距離ならば。


「クレア、伏せろ!」


「は、はいぃぃぃ!」


 人型なら。

 そのスピードで低い位置を狙うのは不可能だ。必ず速度を落とす必要がある。

 つまり、俺の手が届くということ──


 瘴気しょうきを失った二体目がよろけて倒れ込む。


 伏せていたクレアの長い髪がふわりと舞う横で、苛立いらだつデュランがトドメを刺した。


「チッ、やっぱり回復魔法しか使えねーのかよ」


 吐き捨てるデュランの前でやや気まずいが。恐る恐る見上げるクレアへ、歩み寄る。


「ケガは無いか?」


「はい……ありがとうございます、クラウスさん!」



 ──その後、クエスト達成報告をして今に至るわけだが。


 正直、彼女の回復魔法は必要なさそうだと俺も思った。むしろ敵に狙われやすい分、守る側の危険が増すだろう。

 せめて守りに有効なスキルでも持っていてくれれば……


 いや待てよ。


 そういえば彼女は「回復魔法が使えます!」とは言っていたが、他に何も使えないとは言わなかった。


 デュランは「回復魔法しか使えない」と決めつけたが。何か特殊能力があるかもしれない。


 俺も今となっては色々使えるが、昔は「中途半端な能力だ」とか何だかんだと散々言われたしな。


 コントロールを誤ったこともある。

 パーティから追放されることもあった。

 補助系能力を持つ者の宿命だろう。


 まわしい過去。


 あの頃の俺の気持ちを思い出せば。 

 一方的な決めつけで追い出されるのは悔しいだろう。


 弱くても、追放するのはまだ早い。

 少し探りを入れるべきだ。



 クエストの後、クレアは確か宿屋から少し離れた共同墓地に寄ると言っていたな。


 口の悪いデュランに先を越される前に、声を掛けてみよう。



「よォ、ハズレプリースト」


 ……先を越されていた。マジか。

 ひとまず物陰で様子をうかがおう。


 クレアは何やら墓の前で祈りを捧げていた。

 プラチナブロンドの長い髪からは悲壮感が漂う。金髪からきらびやかさを奪い去り、はかなさだけを置き去りにしたような色合いだからか。

 黒いシスター服という見た目も相まって、神秘的な光景だ。


 これぞ聖職者、うるわしきプリーストといったたたずまいである。


「このパーティから出てってくんねーか?」


 その神聖な雰囲気をデュランが破壊する。

 本題に入る前に、目の前の墓に入って頭を冷やしてはどうか。


「そ、そんな、困ります!」


「回復はもう必要ねーんだよ。

 回復魔法しか使えないなら余計にな」


「ほ、他の! 他のことも頑張りますから! お願いします……!」


「うるせェ、足手まといなんだよッ!」


 泣きつくクレアをデュランが突き飛ばす。


 ──さすがにマズイな。

 と、物陰から出ようとしたが。

 それよりも、クレアのあきらめが早かった。


「分かりました……あなたの前にはもう現れません……。

 ですが、ここは神聖な墓地です。

 最後にどうかお祈りさせて下さい」



慈悲じひ深き我らがしゅよ。

 願わくば、恒久こうきゅうの平穏を与えたまえ。


 《メル・トジコ》


 の者を──」



「」



「────」



「──【    】──」




「──【】──」




「…………は?」



 突如、デュランの周囲がまばゆい光に包まれる。


「おい! 何だこれ!? 体が動か──」


「さようなら」


 強烈な光のせいで姿は見えないが。

 立場が逆転したと言わんばかりの、冷たい声色。


「どういうことだよォォオオオ!……」


 対するデュランからは、何とか踏みとどまりたいと願うかのような悲痛な叫びが。

 しかしその願いは届かず、こころざしなかばでピタリと途絶えた。

 同時に、視界が開ける。


 一体何が起きた?

 二人のいた場所へ目を向けると──




 増えていた。


 、クレアの目の前に。


 周りの墓と寸分たがわず同じ造り。


 どういうことだ。デュランに何が起きた?


 まさか、封印……魔法?

 それが彼女の特殊能力なのか?


 どちらにせよ、パーティメンバーが消息不明になるのはマズイ。すぐさま様子を確認すべきだが、あの魔法を見た後だ。

 無策で彼女の前に出るのは賢明ではない。


 こいつ、何者だ……?


 思えば、クエストの時は最後まで無傷だった。背後からの奇襲も含め、全て避けていたからだ。普通のプリーストにそんな身体能力があるだろうか?


 彼女は──弱くなかったのだ。


 だが、あの時に封印魔法を使わなかったのはなぜだ?

 俺とデュランを試していたのか?


 なぜ……?



「なぜ、魔王軍との戦いが終わらないか知っていますか?」


 ようやく口を開いたクレアが、デュランらしき墓を見下ろして語りかける。

 しばらく口元を押さえていたのは、封印の反動か。


「名だたる冒険者たちが魔王軍幹部を討伐しているのに、なぜ勢力が衰えないのでしょう?」


「あなたのような汚れた心を持つ人が、魔族に〝やみち〟するからですよ。

 今日、あなたも見たでしょう。

 人型でありながら瘴気しょうきを放つ、冒険者の成れの果てを」


 あの魔獣が、元冒険者だと……?


「たとえ死んだとしても、魔族に転生してしまうのです。

〝闇堕ち〟を防ぐには、これしかありません。魂の封印──現世にとどめた状態での永久追放しか……」


 そんなこと、聞いたこともない。

 にわかには信じがたいが。

 彼女のはかなげな口調が、悲しき真実だと訴えている。


「残念ですが、平和な世界にあなたは不要です」



「──ね、クラウスさん?」


 思考を巡らせていたところで。

 クレアが突然、こちらを振り返る。


「気付いていたか」


「あなたが初めてです。私を追放しようとしなかったのは。

 他の人たちはみんな心が汚れていました。

 その結果がこれです」


 クレアは手を広げて寂しげに辺りを見渡す。この墓が全部、彼女のしわざだとでも?


「今回はてっきり、あなたから追放宣告されるものだと思っていました。

 回復魔法も使いこなす、あなたから。

 見かけによらず優しいのですね」


「見た目で判断してはいけない……お互い勉強になったな」


 会話の内容とは裏腹に、緊張感が漂う。


「あなたをこの世界から追放するのはまだ早いようです」


「お前は一体……何者だ?」


 問われたクレアは、胸元から黄金のブローチを取り出してみせた。


聖令せいれい教会、守護聖徒せいと──

 第四位《神隠し》クレア・メルトハイムです。


 これからもどうか、よろしくお願いしますね。


 心優しいさん」


 くれないの瞳を輝かせる、麗しきプリースト。

 

 危害を加えるつもりはないという意思表示なのか、はたまたおびき出す罠なのか。


 俺は念のため、黒いローブの陰で。

 魔法《サーワル・ドレイン》を左手にしのばせた。



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