39話 とある謎の少女
「貴方と同じ黒色の髪の……17歳くらいの男性をここら辺で見掛けませんでしたか……?」
フードを被った少女が俺とフィアに質問をする。
顔がやや隠れているというのに美人だと分かるほどの整った顔立ち。
大きなコートで全身を覆っているだけの少し野暮ったい服装だというのに、少女の佇まいから何か気品のようなものが伝わってくる。
なんとなく、お姫様という単語が俺の頭の中に過ぎった。
そんな、なんだか普通じゃない雰囲気の少女に俺たちは声を掛けられていた。
「えぇっと……黒髪というと、武者小路陽翔ってやつのことですか?」
「……っ! そうです! その方ですっ……!」
さっき会った人たちの中で、17歳黒髪というとドンピシャな男が一人いる。
その男の名前を告げると、フードの少女は目を丸くして何度も頷いた。
「その男ならあっちの方の林の奥でレベル上げしていますよ。……あっちで良かったよな、フィア?」
「うん、あっち」
フィアに確認をしながら、林のある方向を指さす。
武者小路はまだレベル上げを続けると、さっき言っていた。
「ありがとうございました! 助かりました!」
「いえ、どうも」
少女がぺこりとお辞儀をする。
俺たちは手を振って、彼女を見送ろうとした。
「…………」
「…………」
でも、どうしてだろう。
彼女はそのまま立ち尽くし、中々この場から離れようとしなかった。
「……あの、なにか?」
「あ、え、えっと……!?」
もう彼女の用事は済んだはず。
なのに、その少女は陽翔のことを追おうとしない。
少女は少ししどろもどろになりながら、また俺たちに質問をした。
「その……魔物のお肉の塊はなんでしょうか……?」
「む?」
俺たちは振り返る。
そこには高く積まれた魔物の肉の山があった。
「…………」
あぁ、確かにこれは異様な光景かもしれない。
魔物の肉は食べられないもので、利用価値などない。
素材となりそうな爪も牙も剥ぎ、魔石もくり抜いた後で、何にも使えない魔物の肉を大事そうに積み上げていたらそれは変に思われるだろう。
しかし、馬鹿正直に《ホワイト・コネクト》について説明する気はない。
「気にしないで下さい、趣味みたいなものです」
「しゅ、趣味ですか……?」
少し粗雑な対応で質問を躱そうとした。
「えっと……あなた方はハルト様とお話なされたのですか?」
「……まぁ、少し」
続けて彼女が俺達に質問をする。
なんだ、この子。全然ここを離れようとしない。
「その……どうでした?」
「は?」
「彼と話してみて……彼にどのような印象を感じましたか?」
「印象?」
遂にはこの場に座り込んで、俺たちと目線を合わせて来た。
いつまで居座る気だ、この女の子。
「ちなみに貴女は?」
「え……?」
「貴女の名前は? 武者小路さん……陽翔とはどういった関係で?」
逆に質問を返してみる。
俺たちはまだこの子の素性を全く知らないのだ。
「あ、えっと……わたくしのことはお気になさらず。さすらいの風来坊か何かと思っていたらければそれで良いので」
「はぁ?」
何言っているんだ、この子は。
なんか変な子だ。
そしたら急に顔を赤らめ、こほんと一つ咳払いをした。
「あ、いえ……今のは忘れてください。何言ってるんだろ、わたくし……」
「はぁ……」
自分でも変なことを言った自覚があるのか、彼女は少し恥ずかしそうにしていた。
忙しい人だ。
「えっと……陽翔にどんな印象を抱いたか、でしたっけ……」
一応話を元に戻してみる。
どんな印象、か……。
「いいやつ」
フィアが真っ先にそう答えた。
「まぁ、いい奴だったな」
「ん、いいやつ」
彼女の意見に同意する。
「青臭いこと言う奴でした。悪い奴が悪い世界を作ろうとするのが許せないって、素直にもほどがある。甘ったるいとも思いますが……まぁ、悪い奴ではないです」
「でもなんとなく、レーイチローはハルトと気が合いそう」
「なんでそう思う、フィア」
「だって牛に潰されそうな子供、一緒に守った。パッと体が動いてた」
フィアが言葉を続ける。
「レーイチローもなんだかんだ言って、困ってる人を見過ごせないから」
「……いや、別にそんなことはないと思うが」
「ふふっ」
フィアとそんなやり取りをしていると、謎の美少女が小さく笑う。
「良かったです」
「…………」
陽翔のことを良く言われたからか、彼女はとても嬉しそうに微笑んでいた。
「ちなみに……質問を重ねてしまいますが、貴女はフィアさんとおっしゃるのですか?」
「私?」
謎のさすらいの風来坊さんは、今度はフィアに対して興味を向けた。
「ん、私、フィア」
「フィア様ですか……フィア、フィア……」
風来坊さんが何かを考え込むように顎に手を当て、フィアの名前を繰り返し呟いている。
……なんだろう?
「彼女が、なにか?」
「あ、いえ! 別になんでもないんです! 別に何がってわけじゃないので、お気になさらず!」
彼女がぶんぶんと手を振る。
しかし、俺は彼女の様子が少し気になった。
フィアは宝剣の精霊だ。決して普通の女の子ではない。
まさかフィアから何か特別なものを感じ取ったのだろうか?
彼女の素性に対して違和感を覚えられるのは、俺たちにとってあまり良いことではない気がした。
……少し話題を変えるのがいいのかもしれない。
「ちなみに俺の名前は零一郎といいます」
「あ、はい」
俺も自分の名前を語るが、それに対しては素っ気なかった。
興味なしか。
ちょっと傷ついた。
「あの……陽翔の奴を追わなくていいのですか? あなたは陽翔を探していたのでは?」
「あっ! そうでした! 忘れていました……!」
風来坊さんが慌ててばっと立ち上がる。
忘れていたって……それでいいのか、風来坊さん。
一体何しに来たんだ、彼女は。
「あ、じゃあわたくしはここら辺で失礼します! お邪魔いたしました!」
「はぁ……」
深々とお辞儀をし、彼女はそそくさとその場を離れていった。
林の方に向かって小走りで駆け、途中で立ち止まり、こっちに振り返ってまた小さくぺこりとお辞儀していた。
手を振って、挨拶を返す。
そして彼女は林の中へと姿を消していった。
「……なんだったんだ、あの人は」
「変な人だったね」
フィアが歯に衣着せぬ無情な言葉を口にしていた。
「なぁ、フィア。俺少し思ったんだけどさ……」
「ん?」
「……陽翔がさ、自分たち異世界人を救ってくれた王国のお姫様の話を少ししていただろ?」
「ん」
「……あの人さ、そのお姫様だったんじゃないかって思ってさ」
「んー」
別に何も確証はない。
ただ陽翔の話に出てきた存在というだけで、それが今の彼女である証拠は何もない。
でもなんとなくそう思った。
「考え過ぎかな?」
「んー、でもなんとなく私もそう思う」
「……そうか」
俺はこの王国のお姫様と会話していたのかもしれないのか。
光栄に思うべきなのだろうけど、なんだかなぁ。
ちょっと釈然としなかった。
「……帰るか」
「ん」
魔物の肉の山に目をやり、そうだった、今からこれを運ばないといけないのだったと少し現実に引き戻されたような気持ちになって、ちょっとウンザリするのだった。
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