32話 再び
あれから数日が経った。
《ホワイト・コネクト》の凶悪な性能を目の当たりにしてからというもの、俺達はとても慎重になって日々の生活を送っていた。
あまりむやみやたらに家の外へと出なかった。
この《ホワイト・コネクト》の能力は絶対にバレてはいけない。バレたら最後、全ての宝剣持ちの注目が俺達に集まってしまう。
何か小さなきっかけでこの宝剣の存在が外に漏れるのは避けたかった。
ここは誰もいない遺跡の中ではない。たくさんの人が住む大きな街の中の一軒家なのである。
場合によっては遺跡の中でサバイバル生活を続けていた方が安全のようにも思えた。
街の中に出るのは必要なものの買い出しの時だけである。
街の外へモンスターを狩りにも行ったりしない。
取り敢えずなんかしらの方向性が決まるまで、俺とフィアは家の中でひっそりと暮らしていた。
「こんにちはー、二人とも元気ー?」
「お疲れー、クリスー」
玄関の扉がガチャリと開き、どこからどう見ても金髪の綺麗な美少女にしか見えない少年が姿を現す。
クリスだ。
彼は頻繁に俺達の家を訪れていた。
「どんな調子だい?」
「何も変わらず。平和と言えば平和だが、退屈と言えば退屈だな」
「何もないことが一番ではあるけどねぇ」
クリスが苦笑する。
彼は俺達の様子を確認しに来ている。
もし街の中で変な噂を聞いたり、周囲できな臭い動きがあったら教えてくれる約束になっているが、今はまだ何の変化も無いらしい。
それもそうだ。《ホワイト・コネクト》の情報が漏れる要因は今の所なにもない。
クリスが俺達を裏切って秘密をバラすくらいしか情報は広まりようがない。
「ねぇ、僕のお父様に《ホワイト・コネクト》のことを相談してみないかい?」
「……いや、俺はまだアデルさんのことを完全には信用できない。クリスにとっては父親だから、十分に信頼できる相手なのだろうが」
「まぁ、それもそうだよね」
残念だが、クリスの提案を否定せざるを得ない。
俺にとってアデルさんは、まだ一回会って話しただけの仲の人だ。
こんな立派な一軒家を貸してもらっておいてなんだが、超重要な秘密を打ち明けられるほど信用なんてできはしなかった。
「フィアがそうしたいっていうなら、それも一つの手だとは思うが」
「んー……、私も反対かなぁ。クリスには悪いけど、まだアデルさんの人となりが私たちには分からないし」
フィアに話を振ってみるが、彼女も俺と同じ意見のようだった。
「まぁ、少し様子見かな。あとちょっとだけ動向をうかがいたい」
「様子見って……家の中でなんか用意をしている、アレ?」
「……まぁ、それだ」
俺とフィアは家の中でただただ暇をしていたわけではない。
ちょっとしたあるものを準備していた。
まぁ、無駄に終わる可能性の高い代物だった。大したものではない。ちょっとした様子見としては十分なものである。
そんなものを俺とフィアはこの数日でコツコツ用意していた。
「ところで、俺達のいた遺跡を調査するって話があったと思うんだが……」
「あぁ、うん。遺跡の調査ね。話は進んでるみたい」
クリスの父親のアデルさんは、俺達がサバイバル生活を送っていた遺跡に関心があるようだった。
わざわざ第一発見者である俺達に許可を取り、その対価として生活の支援をしてくれているほどだ。
アデルさんが領主をしているこの街は『古都都市』と呼ばれており、発見された遺跡を基にして作り上げられた街らしい。
だから街と関係ありそうな未発見の遺跡は調査しておくべき、という考えがあるようだ。
「うちのお母さんの一人に考古学者がいてね。結界に守られていて誰も知らなかった遺跡、ってことで気合入ってるみたい」
「へぇ……」
今、クリスがさらっと『お母さんの一人』と言った。
アデルさんには奥さんが何人かいるようだ。
別におかしな話でもないか。アデルさんは貴族であり、複数の妻を持つ文化はどこにだってある。
3人くらいいるのかもしれない。
「レイイチロー達にもどこかのタイミングで調査に同行して貰いたい、って言ってたから、今度声がかかるかも」
「分かった。今のところ暇だからいつだって構わない」
「ん。私もおっけー」
「りょうかーい。そう伝えておくよ」
特に用事もないので引き受ける。
一軒家を貸してもらった分の仕事はしなくてはならない。
「クリスは今日、こっちで夕飯食べていくか?」
「うん、ご馳走になろうかな」
「今日はオムライスの予定だ」
「わーい!」
「わーい!」
子供二人が両手を上げて喜びを露わにする。
俺は苦笑せざるを得ない。
そんな、戦いとは無縁の平穏な時間が過ぎていくのであった。
夜が更ける。
辺りが暗闇に包まれ、空には星が輝いている。
深夜。街全体が寝静まり、静寂が浸透している時のことであった。
街の中に設置された街灯がぼんやりと真っ暗な世界を照らしている。柔らかな橙色の光が点々とゆらめき、足元の石畳に光を差す。
各住戸の窓から漏れ出ていた明かりはもう既に消えている。街の人達は今頃夢の中なのだろう。当然街の中に人の姿は無い。
人の生活の香り立つ明かりは消え去り、空の星と街灯の明かりだけがゆらりと輝いている。
厚手のカーテンを少しだけ捲った先には、そんな静謐な光景が広がっていた。
「……そろそろ俺達も寝るか」
「ん。そだね」
俺の言葉にフィアが小さく頷く。
居間には魔力によって光るランプが備え付けられている。この家に始めからあった備品だ。
地球の電灯のような明るさは無いものの、暖炉の火を思わせるような赤色の光が部屋全体を照らしている。
夜の静寂に包まれた心地良い時間だった。
「今日も何も無かったね」
「そうだな」
フィアが椅子に座りながらこちらを見ている。
今日やるべきことはもうない。後は寝るだけだ。
「明日は何しよっか?」
「そうだな……。そろそろ少し行動を開始してもいいかもしれないな。街の中で情報収集してみるのもいいかもしれない」
「ん、ここ数日警戒してたけど何も無いからね」
「この《ホワイト・コネクト》を誰にプレゼントするか考えないといけないし」
「ん~~~っ!」
フィアにぽこぽこ叩かれる。
でも俺はこの戦いから逃れることをまだ諦めていない。
なんかもうすっかり巻き込まれ、知ってはいけないことを知ってしまったような気もするが、それでも勇者なんだと言われるような戦いに巻き込まれるのは不本意なのである。
この宝剣を手放すまでは自己の強化のために《ホワイト・コネクト》を使っていくつもりだが、誰かに渡せる機会があれば渡した方が良いと思っている。
俺のような凡人が世界の命運を決めるとか言う戦いに参加するはずないのである。
「まぁ、明日のことは明日のことだ。今日はもう寝よう」
「む~~~っ……」
フィアが膨れっ面でこちらを睨んでいる。
だが俺も身の丈に合わない戦いに手を出して、無駄死になんてごめんなのである。
「はぁ……」
フィアが大きくため息を吐いた。
「ま、確かにレーイチローの言うことも理解できるからなぁ……。とりあえず今日は寝るかぁ……」
「そうだな、寝るとしよう」
俺とフィアの間で小さな妥協が交わされる。
彼女が肩を落としながら、小走りで魔法灯へと近づいていった。
「じゃあ、明かり消すよー?」
「……いや、ちょっと待て」
「……?」
今日は何もなかったね、と会話したばかりだというのに……。
俺は何か嫌な気配を感じ取った。
「何か、妙だ……」
「妙?」
「…………」
厚手のカーテンをほんの少しだけ捲り、光が漏れないようにしながら外を眺める。
人が一人見えた。
先程まで誰もいない街の中に、男が一人忙しなさそうな様子を見せている。
いや、一人ではない。
窓から見えるのが一人というだけで、幾人かの気配がそれとなく伝わってくる。
夜の街の中に湧き出るように現れた複数の人の気配。
あまり良い予感はしなかった。
「フィア、明かりは消さないままでいい。玄関から離れて……俺の後ろの壁際に」
「ん、うん、分かった……」
フィアがごくりと息を呑み、俺の方に駆け寄ってくる。
途中で剣を拾い、俺に手渡してくれる。
「サンキュ」
「き、気を付けて……」
フィアが俺の後ろに陣取った、その時だった。
玄関が爆ぜた。
突如、玄関の近くで大きな爆発が起き、扉が無残に破壊される。
「ハーハッハッハ……! おいおい!? まだ起きてたのかよ!? ダメだぜェ!? 良い子は早く寝なきゃ……!」
「…………」
大きな爆音が立ち、煙がもくもくと上がる中、玄関の向こう側から癇に障るような陽気な声が響いてきた。
玄関の扉の破片が部屋の中を飛び、居間のタンスが破壊される。
「折角寝込みを襲おうと思ったのによォ! めんどくせーッたらありゃしねェ! ま! Lv.5相手になんか絶対に苦戦はしねえけどなァ……!」
「…………」
やかましい声が鳴り響く。
派手な爆発の余韻が収まって煙が晴れて来た時、その声の主の姿が見えるようになった。
「……バックスさん」
「よォ、何日かぶりだなァ、荷物持ち」
「…………」
そこに立っていたのは、数日前に迷宮ギルドの中で出会った厄介な男。
バックスであった。
「じゃあ、宝剣の勇者同士いっちょ殺し合いするとしますかァ!」
「…………」
「どっちが勝つかは、考えるまでもねェがなァッ……!」
しんと静まり返った穏やかな夜。
迷惑な男の押しかけにより、喧しい戦いが始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます