11話 555人の戦い
「むーっ! むーっ! むーっ……!」
「まぁまぁ、許してくれよ」
「むーーーっ……!」
フィアが頬っぺたを膨らませて、俺に抗議の意を表してくる。
なんか世界を救うとか救わないとか、世界の王とか王じゃないとかいう宝剣の戦い――『宝剣祭』の参加を拒否したら、彼女はむくれてしまったのである。
そんな大層な戦いなんて、俺には荷が重かった。
「まぁまぁ、怒らないで、ほら、ヘビ肉の燻製食べるか?」
「むーーーっ!」
フィアを宥めながら、燻製肉をかじる。
ヘビ肉の燻製は上手くいっていた。十分に煙で燻され、独特の風味が広がっている。
スモーク用のチップを使った訳ではないから大雑把な味となっているが、それもまた良しったら良しなのである。
事前に肉を乾燥させていたわけではないし、塩漬けにしたわけでもないから保存効果はそこまで高くないだろうが、それでも十分効果はあるだろう。
むーと唸りながらも、フィアは俺から燻製肉を受け取ってガジガジかじっている。
彼女は本気で怒っているわけではないのだ。
フィアは俺にこの戦いの参加を強要できない。俺は彼女の勧誘を断る権利がある。
無理強いも脅迫もしてこないことから、それは明白だろう。
だから彼女は、怒っているというより困っているのだろう。
何らかの理由で、俺が彼女の剣の担い手とならないと彼女にとって都合が悪い。なるべく、できる限り、どうにかして、俺に宝剣の戦いへ参加して欲しい。
そんな彼女の中途半端な立ち位置が、今のむーむーという唸り声なのだ。
俺は言う。
「まぁでも、はっきり言うと本当にご勘弁願いたいな。神話とか、魔神とか、世界の王とか、そんなスケールの大きな戦い俺にはムリだ。路傍の虫のように無様に死んでしまうよ」
「だ、大丈夫……! なんとかなるっ!」
「いや、なんでだよ」
何を根拠にそう言っているのか。
「俺はどこにでもいる一般人Aなんだから。掃いて捨てるほどいる、使い捨てのような有象無象の人間に大変な役目を担わせないでくれ」
「いや、レーイチローが一般人Aっていうのは、それはウソ。十分戦っていけるよ、ほんと」
「いや、なんでだよ」
フィアに真顔で否定される。
なんかいまいちよく分からない信頼を得始めていた。
「というより一つ確認しておきたいんだが、なんか神話の話をしている時に『聖剣の欠片が555個に分かれた』みたいな話してなかったか?」
「ん、うん、したね……」
「つまり、その宝剣っていうのは……」
「ん、うん……世界中に全部で555本あるね……」
「…………」
予想していたことではあるが、少し唖然とする。
555本の宝剣。つまり、555人の武人によるバトルロイヤル。
頭が痛くなってきた。
「いや、無理だろ」
「そんなこと言わんといてぇ」
フィアの語気も弱くなってくる。やはり555人という数字はデカ過ぎる。
生き残り形式の戦いだというのが一番厄介な点だ。
聖剣をどうするこうするっていう話だと思っていたから、てっきり自分が聖剣の担い手になって、魔王か何かを倒す使命を負うのだと思った。
それだって御免だが、生き残り形式の戦いはもっと御免だ。
聖剣の力ではなく、俺個人の資質が大きく問われてしまう。
555人の戦士なんて多過ぎる。マグレ勝ちなんて望めない。逃げ回ってなんとかなるレベルを超えている。
「そういうわけで、はっきり申しますが、無理です。俺死にます。優勝なんて程遠く、この戦いに巻き込まれて俺は死にます」
「あ、負けたからって絶対死んじゃう訳じゃないの」
「え?」
フィアがはっとしたように、俺の誤解を正そうとする。
「宝剣同士の戦いはね、ここにある宝石……これを壊し合うことなの」
「宝石を壊し合う?」
彼女が指を差す。
先程から存在感を放っている白い宝石だ。
「さっきも説明した通り、この宝石が宝剣の力の核。この宝石を壊した方が宝剣同士の戦いの勝者なの。だから担い手が命を落とす必要まではないの」
「なるほど……」
宝剣同士の戦いには一定のルールがあるということか。
確かにそれならば、敗北したからと言って絶対に死ぬわけじゃない。
「……でも敵によっては直接命を狙ってくる相手もいるわけだろう?」
「まぁ、それはそうだけど……」
「…………」
フィアがばつの悪そうに、毛先をくるくると弄る。
……まぁ、それはそうだろう。
宝剣を持つ全員が全員、命のやり取りを望まない平和主義なんてことはない。
「でも、ほら! 負けそうになったら、降参してこの宝剣を手放しちゃえばいいから! 相手の狙いはあくまで宝剣なんだから、それを差し出しちゃえば命まで狙われなくなると思うから!」
「え? それでいいのか?」
思わずきょとんとする。
でもそれでは負けになっちゃうんじゃ?
「まぁ、確かに宝剣同士の戦いから敗退しちゃうことにはなるけどね。でも使い手の命には代えられないよ。死んでも負けないで、なんて言えないからさ……」
「でも、それでフィアは大丈夫なのか? この宝剣に宿る精霊だというのなら、この宝剣を壊されたら何かヤバいんじゃ……?」
俺がそう聞くと、フィアはぶんぶんと手を横に振った。
「あ、そういうのもないから安心して? 宝剣が壊れると私も死ぬ、なんてことはないから」
「そうか?」
「ん、そういうものなの」
彼女が小さくこくこくと頷く。
思っていたよりも緩い感じだな。
「……負けたからって俺らは必ずしも死ぬわけじゃない。降参も許されるということか」
「そういうこと。だから、気軽な気持ちで参加して貰えればいいから……」
「なるほど……」
顎に手を当てて考える。
フィアが俺に少し体を近づけ、顔を覗き込んできた。
「興味出た?」
「いや、全く」
「もーーーっ……!」
話は聞いた。
聞いたが、それだけだ。
別に興味は湧かなかった。
フィアがあわあわと手を振りながら、もっと俺を勧誘してくる。
「ほ、ほら! あれなのっ! もし悪い奴がこの宝剣祭の勝者となっちゃったら、そいつが世界の王様になっちゃうの! そうなったらきっと酷いことになる! 清く正しい正義の人間が優勝しないといけないのっ!」
「いや別に俺、清く正しい人間じゃないし……」
「ぐぬぬっ……」
責任感の無い言い方だが、俺以外の誰かがやってくれたらありがたい。
適材適所。
一般人の俺にそんな大役難しい。
「むー……、レーイチローをやる気にさせるにはどうしたらいいか。……名誉! この戦いに勝ち抜けばものすっごい名誉や財産が手に入るよっ……!」
「いや、名誉も財産も興味ないです」
「じゃあ願望! 世界の王様になれるわけだから、ものすごい願い事も叶うんだよっ!? 普通だったら起こせないような奇跡だって起こるかもっ!」
「別に願望とかもないなぁ……」
「もーーーっ!」
何と言われようが興味は湧かない。
何を餌にされようが、俺はこの戦いには参加しないのである。
「せ、正義のヒーロー! この戦いに勝ち抜いて、世界の王になろうとしている人たちの中には当然悪い奴らもいるわけだから、それを阻止して正しい世界の王様になれれば、正義のヒーローになれるよっ……!?」
「一番興味ないです」
「じゃあ力! この戦いに身を投じるだけで、他とは比べようもない圧倒的な力が手に入るんだよっ! 例え途中で負けても、身に着けた力は自分のもの! 戦いが終わった後で、好き勝手自由に人生を謳歌できるよっ……!?」
「君、勧誘の仕方が悪役っぽくなってないか?」
「だって! だって、だって……!」
色んなエサで俺が釣れないか試しているのは分かるが、一番最初に『世界をお救い下さい』と言っていた人のセリフとは思えない。
圧倒的な暴力を身に付けたい奴とか、世界の王にしちゃいけない存在だろう。
「んーと、んーと……じゃあ他には……えーと、えっと……」
「…………」
「美女、とか……?」
「美女?」
美女。
確かに男性にとっては魅力的な餌となるだろう。
聞き返すと、フィアの顔が真っ赤になった。
「あ、いやっ……! 別にそういう意味じゃなくてっ! 私、っていう意味じゃなくて!」
彼女が焦りながら、手をぶんぶんと振る。
「私のことじゃなくて、戦いで上位なれば世界の美女たちが君のことをほっとかないって意味であって……! 別に私が君のお相手をするって訳じゃなくてね……! 誤解! 誤解だから……!」
「どっちにしろ興味ないけどな」
「もーーーっ!」
フィアは顔を真っ赤にしながら目を回している。
なんか変なこと口走ってたけど、聞かないことにした。
軽く自爆して混乱しきっているフィアを尻目に、俺はヘビ肉を頬張る。
いくら必死だったとはいえ、可愛らしい女の子が際どい発言するなんてあまり良くないと思います。
俺がこの子の親だったら心配で見てられないだろう。
「そう言えば、さっきウインドウで出てきた《ホワイト・コネクト》というのはなんなんだ? 明らかにこの戦いに関するものだろう?」
「…………」
先程外で夕飯を食べている時、急にウインドウメッセージが出現して俺に何かを知らせてきた。
確か、『Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動』とか、『Skill《深呼吸》を獲得しました』とかメッセージが出てきたのだ。
その時は何のことかよく分からなかったのだが、確かフィアが『それこそが私の宝剣の能力!』とか言っていた気が……。
「……ふっふっふ」
「ん?」
「ふっふっふっふっふ……」
急に、フィアがくつくつと笑い出す。
浮かべているのは不敵な笑み。なんだか、彼女の様子が大きく変わった。
彼女がいきなり立ち上がる。大仰に両手を広げ、胸を張っていた。
「よくぞ聞いてくれたよ、レーイチロー!」
「な、なんだよ……」
「今こそ話そう! 私の最強の能力! 《ホワイト・コネクト》の能力について……!」
いつものジトっとした目を大きく見開いて、叫び声を上げる。
その姿はなんだか自信に満ち溢れていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……どうした?」
と思ったら、何故かいきなり彼女は口を閉ざし、黙り込んでしまった。
きょろきょろと辺りを見渡し、何かを警戒している。
「……何しているんだ、フィア?」
「いや、こういう時ってまたレーイチローが『いや、今忙しいから』とか『今やることがあるから』って言って、私の話の腰を折るんだよ。分かっているの、私には……」
「いや、本当に今日もうやることはないから」
なんか変な警戒をされている。
今日一日だけで彼女に妙な警戒心を抱かせてしまったものであった。
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