6話 サバイバル初日の死闘

「シュルルル……シュルルルル……」

「…………」


 目の前のヘビが殺気を漲らせている。

 瞳を血走らせ、空気がぴりぴりと震えるかのような敵意を振りまいている。


 剣を片手に息を呑む。

 俺とヘビとの戦いは最後の局面を迎えようとしていた。


「…………」


 俺は半身の構えで立ち、体の側面をヘビの正面に向けるような態勢となっていた。

 左手で剣を持ち、その切っ先をヘビの方に向けている。


 そのまま無言でヘビの動向を伺っていた。


『体は大丈夫、レーイチロー? さっき崖に思いっきりぶつかってたけど……』

「……節々は痛むけど、戦闘を行う分には問題がない」


 フィアが俺に声を掛ける。


 先程、フィアの体は剣に変化した。

 その剣から声が聞こえてくるのである。


 普通の声ではない。頭の中に直接響くような、なんだか不思議な声であった。

 今日、遺跡の中で目覚めた直後に聞こえた声と同じような感じである。


 まぁ、剣に口なんて無いしな。

 普通じゃない特別な音であることには違いない。


『気を付けて。その崖に叩きつけられた分で、多分レーイチローのHPは残り少し。もう一撃は受けきれないと思うよ』

「HPか……」


 HP。

 地球にはない概念だ。それはゲームの中だけの数値であり、大体の場合生命力を示している。


 しかし、この世界にはどうやらあるようだ。

 それがあと少ししかないらしい。


「まぁ、なんとかなる。さっきの回復魔法? みたいなので、痛みは大分マシになっている。感謝している」

『……気を付けて、本当に』


 俺は今さっき、崖に激突して大きなダメージを負っていた。

 しかし、その傷はフィアの不思議な力で大分癒えている。


 きっと、あれが回復魔法というやつなのだろう。

 便利なものである。そのおかげで、俺はこうして動くことが出来ていた。


「シャアアアァァァ……シャアアアァァァ……」


 ヘビは深く息を吐き、集中力を高めているように見える。

 だが、唸るばかりでこちらに向かって来ない。

 おそらく、相当警戒されている。


 ヘビの頭からは血が垂れている。俺が落下際に与えた傷だ。

 やはり怪物とは言えど、10mの高さからの石による攻撃はダメージが大きかったようだ。


 野生動物らしい、じれったいほどの警戒心が露わになっていた。


「さぁ……」


 それはそれで都合がいい。

 開戦の合図は俺が告げることにする。


「さっさと来い蛇野郎おおおおおぉぉぉぉぉッ……!」

「シャアアアアアアァァァァァァッ……!」


 腹に力を入れて大声を上げると、それをきっかけにして大蛇が体当たりをしてきた。


 ヘビの移動速度というものは凄まじい。

 全身が筋肉であり、一瞬でトップスピードに乗って敵を捕食する。現に今も、目の前のヘビの動きが目で追いきれない。


 でも、タイミングを決めたのはこちらだった。

 大きな声を上げて、ヘビの突撃を誘った。


 だから、なんとかなった。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉっ……!」


 雄叫びを上げながら、大石を振りかぶる。


 俺はヘビに対して半身に構えていて、左手の剣を前に突き出していた。

 そして、右手に石を隠し持っていた。


 さっきヘビを殴った石をまだ持っていたのである。


 それを振りかぶって、前へと投擲する。

 既に半身の構えだったため、振りかぶってから投擲するまでも一瞬で済んだ。


 ヘビは大口を開きながらこちらに突っ込んで来ていた。

 当然である。俺を飲み込もうにも、牙で突き刺そうにも、ヘビは口を開けなければ始まらない。


 だから俺が真っ直ぐ投げた石は、面白いようにヘビの口の中へと吸い込まれていった。


 10kgほどの大石が、凄まじい速度で突っ込んでくるヘビの喉奥を、強く叩いた。


「ジャアアアアアアアアアアァァァァァァァッ……!?」

「うわっと!?」


 すぐに痛ましい悲鳴が聞こえてきた。

 前へと突っ込みながら、ヘビは苦悶し、痛みに身を捩り、猛り狂う。


 俺はすぐに回避行動を取ったが、ヘビの体は大きく、少し体が掠って吹っ飛ばされた。俺の体が地面を転がる。

 いてぇ。


 しかし、被害が甚大だったのはどう見てもヘビの方だった。

 激痛で自らの制御が不能となり、そのままの勢いでヘビは崖へと激突した。


 8mほどもある巨体だ。

 ズドンと大砲のような音をさせ、衝撃で大ダメージを負っていた。


「ジャアアアアァァァァッ……!? ジャアアアアアアアァァァァァッ……!?」


 ヘビは痛みでのたうち回っている。

 口の中の喉奥を傷付けられたのだ。想像を絶するような痛みだろう。


 自分の身に何が起きたかさえも、まだ分かっていないのだろう。

 体全身をくねらせ、尻尾をビタンビタンとさせながら、ヘビはただ重苦を露わにしていた。


「シャ、シャアアア、オォエェェェッ……」


 一通り藻掻き苦しんだ後、ヘビは嘔吐くような様子を見せ、体の中に入った異物を取り出そうとしていた。

 口を大きく開き、体を震わせながら下方向を向いている。


 やがて、俺の投げた大石がぼとりと転がり出てきた。

 ヘビの唾液と血がこびり付いた石であった。


 不具合が取れ、ヘビの痛みが治まってくる。

 しかし、俺はこの好機に何もせずぼーっとしていたわけではない。


「石を吐き出す手間は、流石に悠長だったな」


 俺はヘビの背に昇り、頭の方へと近づいていた。


 ヘビの上を取り、剣で頭を串刺しにする。

 この大蛇はとんでもない巨体だが、それでも直径は50cmほどしかない。


 最初の落下の一撃で出来た頭の傷を再び抉るようにして、フィアの剣をヘビの頭に突き刺した。


「―――――――ッ!」


 声にならない悲鳴が漏れる。

 ヘビは頭を押さえ付ければ口は開かない。


 今、フィアの剣は蛇の頭を貫通し、地面深くに突き刺さっている。

 地球でのヘビの狩りと一緒だ。棒のようなもので頭を押さえ付ければ、ヘビは身動きが取れなくなる。

 頭を押さえ付けられているので、口も開かない。牙に刺される危険も無くなる。


 今、この大蛇は無力化された。


「―――ッ! ――ッ! ――――ッ!」

「おっと」


 ヘビが下半身を振り回し、その場で暴れ回る。

 それに巻き込まれないよう、俺は蛇の頭から飛び退き、距離を取った。


 ヘビは力を振り絞って全身を振り回している。

 流石、生命力の塊。頭を切ってもしばらく動き回る逞しさは伊達じゃない。


 しかし、地面ごと突き刺した剣は抜ける気配はない。


 それもそうだろう。

 最初、フィアと一緒に10mの高さを落下し、その後俺が10mの高さから石を打ち付け、何度も石で叩き、喉奥に石の投てきを喰らい、崖に激突し、頭を剣で貫かれているのである。


 弱って当然だ。

 むしろ、まだ生きていることを称賛するべきである。


 しかし、段々とヘビの抵抗が弱まっていく。

 勝敗は決した。


「レーイチロー……」

「お? フィア?」


 俺の隣に白色の光が集まり、それがフィアの体となった。

 剣となっていたはずの彼女が姿を現したのである。


 ヘビの頭にはまだ剣が突き刺さっている。

 今、フィアの体と剣がどちらも存在する状態となっていた。


「えっと?」

「ん? あぁ、私は剣の精霊であり、あの宝剣そのもの。剣のみの姿にもなれるし、剣と精霊の姿を一緒に顕在化させることもできる。逆に、剣を隠して精霊の姿のみにもなれるの」

「えぇっと……①剣のみの姿 ②剣と精霊の姿を同時に ③精霊の姿のみ て感じか?」

「ん、そう」


 フィアがこくりと頷く。

 今は剣と精霊の姿を同時に出現させるパターンのようだ。


「よく勝てたねぇ……」


 ヘビを見ながら、彼女がぼそりと呟く。


「あの大蛇、レベル8の中でも強い方だったと思うのに……」

「そうだったのか?」

「多分、そう」


 ヘビの弱っていく姿を遠目で眺めながら、フィアとお喋りをする。

 残酷かもしれないが、絶対に油断はしない。一思いに介錯してやろうとヘビに近づけば、こちらがどんな痛い目に合うか分からない。


 相手は俺達よりずっと大きく、ずっと強いのだ。

 絶命しきるまで、ひたすらに待つ。


「ねぇ、レーイチロー。もう一度聞いていい?」

「なんだ?」

「……どうして私を助けに来てくれたの?」


 フィアが、こちらに視線を向けないまま、淡々とした声で質問をする。

 彼女の横顔を眺めるが、そこから感情を読み取ることは出来なかった。


「そりゃ、普通は助けに入るだろう、誰だって。命の危機だったし」

「普通?」

「あぁ、普通」


 ぱっと体が動いてしまったというやつだ。

 でもそれは別に特別なことじゃないと思う。


 目の前で死んでしまいそうな人がいたら、自分に何か出来ることはないかを自然と考えてしまう。

 誰だってそうだ。むしろ損得を考えて、あっさりと非情に他人を切り捨てられる人間の方こそ肝が据わっていると思う。


 普通だ。

 普通で、凡人だ。


「私は普通じゃないと思う」

「…………」


 しかし、フィアがきっぱりと俺の意見を否定する。

 それがなんだろう、俺の胸に引っかき傷を残したような気がした。


「ありがとね、レーイチロー」

「……おぅ」


 だけど、彼女は笑った。

 俺を見上げ、花が静かに咲き開くような可憐な笑みを見せていた。


 正面からお礼を言われ、少し照れ臭くなった。


「君はきっと、凄い人になるよ」

「……そんなことはないさ。俺はただのしがない一般人Aだ」

「いや、それはウソ」


 フィアの目がジトっとしたものに変化する。

 なんか彼女に呆れられていた。


『イエロースネークを倒した。

 Base Point 81 を獲得した。』


「ん……?」

「あ、大蛇が死んだ」


 青白い半透明のウインドウが空中に浮かび出て、俺の初勝利を祝うメッセージが表示される。


 ……Base Pointってなんだろう?

 地球にあったゲームを参考にするなら、敵を倒して手に入る数値なんて『経験値』のようなものだと推測できるけど?


 兎にも角にも、こうして俺はヘビとの闘いを制したのだった。


「お疲れ様、レーイチロー」

「あぁ」


 ヘビに近づき、フィアの剣を引き抜く。

 ヘビは動かない。完全に息絶えているようだ。


「ほんと、このモンスターから生き残れたことが奇跡のように感じるよ」

「この森も油断ならないな」

「それじゃあ、湖の方に向かおうか。今日はもうゆっくり休みたいよ」


 ため息を吐きながら、フィアが疲れたように呟く。

 しかしまだ、この場を離れるわけにはいかなかった。


「いや待ってくれ、フィア。俺はここでやらなければいけないことがある」

「え? やらなければいけないこと……?」

「サバイバル生活に極めて重要なものが手に入ったんだ」


 俺の言葉にフィアがきょとんとする。


「サバイバル生活に、極めて重要なもの?」

「あぁ。言うまでもない。それはタンパク質だ」

「タンパクシツ……?」


 サバイバル生活に必要なもの。

 それは肉だ。


 生きていく上で、動物の肉がとても大切となってくるのだ。


「俺は今から、このヘビを食用に加工する……!」

「ええええぇぇぇぇっ……!?」


 フィアが大きく目を見開く。


 自然界の大切な掟。食物連鎖、弱肉強食。

 命の糧となる物は、何だって利用しなくてはならない。


 俺はこれから、このヘビを食べるのだ。


「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ……!?」


 フィアの悲鳴染みた声が、森の中にどこまでも広がっていくのだった。

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