第2話 逃走
『もう!渚紗ちゃんはすぐそうやって無茶するんだから!』
ビルから飛び降りるついでに男を蹴り飛ばした足が着地の衝撃に痺れるのを感じながら、真野渚紗は耳に響く相棒の声を尻目に、周囲を確認する。
吹っ飛ばした男は壁にもたれたまま、まだ立ち上がれない。
女性の後ろの大男は驚きでフリーズ中。
もう一人の男はまだ建物から戻っていない。
『ちょっと聞いてる!?そのブーツはまだ試作品だから3階以上の高さからは降りちゃダメってあれほど……』
「足は折れてない」
『折れてからじゃ遅いっつーの!!!!』
軽快な反論を無視して、渚紗は女性の手を取る。
「もう少しだけ走れますか?」
渚紗と吹き飛んだ男を交互に見ながら困惑していた女性が、何度か頷いた。
「じゃ、逃げましょう」
そう言って、渚紗は女性の手を引いて走り出す。
「おい!何やってる!捕まえろ!」
まだ地面に座り込んだまま側頭部を押さえる男の声に、大男が反応して二人を追いかけ始めた。
「金津さん、使えそうないい部屋が……って、何してんすか?」
「いいから、お前もさっさと追いかけろ!」
後方でもう一人の男の足音が加わったのを感じながら、渚紗は相棒へと声を掛ける。
「隠れ家Cを使う。最短ルートと周囲状況を」
『ラジャラジャ~。周囲は渚紗ちゃんに送られてる映像と差異なし。後方から二人追跡中。吹っ飛ばした男は多分腰を痛めのかな?座ったまんまだねぇ。あ、そこの路地左ね』
朱色の瞳の中、渚紗の視界に矢印が浮かび、道を指し示す。
首のチョーカーに付いた全方位カメラが後方の男の姿をワイプの要領で視界の左上に映し出し、距離が徐々に縮まって来ているのがわかった。
「お姉さん、ちょっとごめんね」
そう言って、渚紗は不意に身体を反転させて女性の身体を抱きしめた。
小さな悲鳴を上げる女性を抱えたまま、片手を頭上に伸ばす。
頭上から下りて来た鋼鉄製のロープが、渚紗の腕に絡みついた。
「やっと観念したみたいだな」
追いついてきた痩せぎすの男が笑う。
遅れて追いついた大男が汗を拭う映像が、視界内で危険人物としてフォーカスされた。
「やっぱり大画面で見るなら、美人に限るわね」
そう呟いて、渚紗は腕の中に女性に目を向ける。
驚いた瞳が、困惑と共に渚紗を見つめていた。
「掴まっててくださいね」
女性に微笑んで
「ピックアップ」
そう告げた。
突如、上空で鈍いモーター音が鳴り始め、風が吹き荒れる。
「な、なんだ!?」
顔を庇いながら後退する男たちを見つめる渚紗の身体が、ゆっくりと宙に浮かぶ。
『あー!!またそんな無茶をするぅぅ!!!』
「耐荷重は80キロでしょ?大丈夫、私3キロしかないから」
『普通の人間の体重が3キロなわけないでしょう!?!?』
耳から響く声に肩をすくめて、渚紗はしがみついている女性に軽くウィンクしてみせた。
高く持ち上げられた身体がビルの間をすり抜けていく。
渚紗に絡みついたロープの先には、黒塗りの大型ドローンが一台、盛大なモーター音を立てながら若干不安定気味に飛行していた。
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