技名、そして因縁




「良い戦いを見させてもらった。明日の試合を楽しみにしているぞカナタ」




「勝てよ、ダグ。またな」




 審判をやってくれたイネアと、護衛のオルドはそう激励の言葉を残してトレーニングルームを後にした。


 見学していた人々も、俺たちの戦いで満足したのか、同じく激励の言葉を残して去っていった。


 俺とゼーベックの空気を知ったイネアがそう促したのだろう。全く、気遣いも出来る大した王子様だ。




「…ゲホ、てめぇ…加減…しやがった…な?」




「喋るなゼーベック、今治療をする」




 壁にもたれて座り込むゼーベックにロスが自身の能力〝痛覚鎮静〟を使いながら治療をする。


 不満気なゼーベックに対して口にする言葉は決まっていた。




「だっておめーそうしたら死んじまうだろ。〝倒すつもり〟はあっても〝殺すつもり〟は一切ねぇからな」




 そう、俺はゼーベックを倒すつもりはあっても命を奪うつもりは毛頭ない。


 殺さないギリギリの本気。それが手合わせ。


 この大会もそうだ。万が一も無いように優秀な医療班もいるのも全力で闘い合う為。


 殺すつもりで戦うのなら勝ち負けは今とガラリと変わっているだろう。


 ここには…命が散る様を見たい奴は居ない。居れば国王であるハウィさんが全力で対処するだろう…居ない事を願いたいものだ。




「ケッ…この脳筋め…オレの技を軽々と殴り消しといてよく言うぜ…ああ、ロス、もう大丈夫だ」




「それにしても凄い技ですね。拳によって高圧縮された空気が全てを突き破るなんて…その拳がまともに腹に入っていたらこんな治療じゃまるで足りませんよ。なんて技なんです?」




「名前?……名前か…」




 ロスに問われてそう言えばとあの技について思考を巡らす。


 空手、合気道、沖縄拳法、截拳道ジークンドー、八極拳、システマ、ムエタイ、ウェイブ、カポエィラ…etc。


 様々な武道、武術を見て感じた同じ共通点。それを自身の技にすべく、異世界の達人である牙狼族の村長によって基礎的な事をみっちりと学んで体得したこの技。


 武術的な身体の動きと、気、魔力、そして…自身の能力によって実現させたこの技。名付けるなら……




「…〝脱拳だっけん〟…かな」




「〝脱拳だっけん〟?不思議な名前だなぁ、なんか理由でもあるだか?」




「ん〜、殴る力は殆ど入れてねぇんだ、あれ。拳という形にする力はあるけど〝腕力とかは一才入れてねぇ〟んだよダグ。分かりやすく言うなら身体操作でこの拳に俺自身の〝体重と気と魔力と能力〟を乗せたんだよ」




「…なるほどな、てめぇの体重にあの能力をも乗せられたら拳圧で殆どがぶっ壊される訳か…体験して納得したぜ」




「脱力し、拳におのれを込めた拳…ゆえ脱拳だっけん。力を入れてる訳じゃないから連発も可能…もいう事ですか…」




「失敗すれば予選の時みたく使った場所が弾け飛びそうになるけどな。修行で自身の限界を知れなかったら使えなかったと思う…ま、練習次第じゃ〝誰でも使える〟だろうな。基本は武術が土台だし」




「!?兄ちゃん!オレも出来るようになる!?」




「ふにゅ!?」




「出来る。才能の無い俺が出来たんだ、あとは当人次第だろうけどな」




「やったー!」




「ふにゅ〜!」




 俺の言葉にハイタッチをするルギくんとシラタマ。やだかわいい。


 それに対してゼーベックは鼻で笑い飛ばすと、いよいよ本題に移ろうとしていた。


 炎雷流武術との…つまりはゼーベックの過去に。




「そりゃあおもしれぇ。今度教えてくれよ…と、言いたいが……身体も落ち着いた、そろそろ話してやるよ…ヤツらとの…炎雷流武術の、ムクゲとオレの関係を」




 ゼーベックの口は紡ぐ。三仙の一人である、【炎雷えんらい】が作り出した炎雷流武術。


 そこでムクゲと〝もう一人〟、三人で師事を受けていたかつての自分の出来事を。







「オレは三仙の一人、〝炎雷〟さんに拾われた 孤児の一人でな。ムクゲともう一人の三人で炎雷流武術の見習いとして」




 ゼーベックは自分が孤児であり、ムクゲともう一人を合わせた仲間だった事をカナタ達に打ち明けた。


 そして、既に炎雷の弟子となっていた、現在英雄の一人となっている〝氷炎のスライ〟、〝稲妻のバルロ〟の弟弟子であった事も。


 ゼーベック達より数個上の年齢であり、奔放な性格で女好きのバルロとは違い、面倒見の良かった兄弟子のスライに三人は当たり前のように懐き、共に切磋琢磨する日々を送っていた……あの日、【聖戦】と呼ばれる物が起きるまでは。




「オレが十の頃、【聖戦】が起きて世界が魔物と呼ばれる生物が溢れた。師である炎雷さんは三仙の一人として各地を回っては魔物の影響を沈めに行き、その頃にはスライさんは既にギルドの中でもエリートだけが入れる【イレイザーズ】と呼ばれる組織のエースとして動き、〝氷炎〟の二つ名を得ていた」




 まだギルドに入れないながら、炎雷流武術を習っていたゼーベック達は炎雷が残した修行内容をこなした。


 だが、まだ幼い三人が主導者不在で、さらには目指す目標である兄弟子達の不在によって明確に実力の差を産んだ。


 ゼーベック、ムクゲ…もう一人の実力がの差が明らかに出てしまい、炎雷によって保たれていた持病を抑えていた薬が切れたのだ。




「そいつは珍しい病気でな、この世界に溢れる魔力の元素である〝魔素まそ〟で動けない日が度々出たんだ。持病によりオレ達の修行は手合わせなぞ到底出来ず、時間にあぶれる事が多くなった……」




「それで……ムクゲが耐えれなくなったんだな」




「人を見下しがちだが、上昇志向がたけぇ奴でよ。まだこの世界の魔素が【聖戦】のせいで荒れていたからな。数日寝込む時が多く、炎雷流武術の門下生が少ないオレ達は手合わせで成長出来る壁が出来ちまった。そいつが寝込む前までは互いのに高められた実力が一気に停滞したからな」




 八体の古代聖霊が封印された、魔素が荒れ、魔物が溢れる世界で早くも兄弟子と共に戦いたかった思いが強かったムクゲにある日、修行をしていた頃、一匹の魔物が三人の前に出た。


 病弱ながら、二人に追いつこうとするその一人をゼーベックは不器用ながら支えたが、その一人の実力の差が──溝を産む。


 不意に、ゼーベックが上着を脱ぎ始めた。




「おい、何を脱いでん──!?」




「…痛そう」




「…ふにゅ」




 鍛えられ、割れたゼーベックの腹筋に大きな爪痕が三つ。


 それはその時、ゼーベックがその一人を守る為に負った傷だった。




「そいつをカバーする為にオレが腹にデケェ傷をくらっちまってな。助けに来たギルド員によってオレ達は魔物に食われる事は無かったが──それがオレとそいつが炎雷流武術を辞めるきっかけになった」




──いい加減、足手纏いはうんざりだ。才能も無いお前達は炎雷流武術を習うに相応しくない。




──ふざけるな。武術を習うのにそんな事はない。誰もが学べるのが武術だ。




──ゼーベック、お前も普通の能力者なら今頃は俺っちも特別にギルドの依頼を受けてもっと強くなれた筈だ。弱いお前等には炎雷流武術を習うのなんて無駄なんだよ!




──ならオレ達は炎雷流武術を抜けさせてもらう…忘れるなよ、いつかてめぇをぶっ潰す。




──上等だよ。放出系の、炎雷さん、スライさんと同じ能力を持つ俺っちに勝てるならな!!




「その数日後…【聖戦】は終わり、スライさん、バルロさんは英雄となり、世界の魔素は安定し、平和が戻った……それがムクゲとオレの因縁だ。そこからは武者修行に出てロス達と出会ったって所だ」




「…そのもう一人ってのはどうなったんだ?」




「魔素が安定して英雄の一人のお陰で持病を克服してからは新しい武術を身に付けられたらしくて今じゃ最年少のギルドマスターをやってるとよ。オレだけさ、あぶれちまったのはよ」




「…その女好きは?」




「バルロさんが教えてくれた」




「元ッッ凶〜〜ッ!」







「ぶえっくしょーおい!!!…誰だちくしょう、ウワサしてやがんのは」




────────────

カナタ


「そう言えば昔は女好きって言ったなバルロさん!!」




ルギ


「つまり兄ちゃんとゼーベック兄ちゃんも実は兄弟弟子に…」




シラタマ


「にょっ!?」




シャク


「いけない、ルギ坊、それを言ってはいけない」

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