語らずとも



 拳を投げるような一撃ぶん殴りによってがらがらと男の前で石が細かく破散する。


 ぎゅう、と右手を目の前で握り締めた男の身体からは既に緊張という物は掻き消えていた。


 代わりに満ちていたのはふつふつと湧き上がる期待と共に唸る自身の鼓動であった。




「…!ならこれはどうだ…穿うがて──!!」




 能力によって石塔をステージから伸ばして際に伸ばした右の掌をぐっ、とイネアは握り締めた。


 それに合わせて砕け散った筈の石塔の断片がびくり、と飛び上がるように指示された方へ飛ぶ。


 目標はもちろん──鼓動を弾ませたカナタの元へ!!




「ッかふ──!」




 石片が己に飛んでくると分かったカナタは瞬間、息を吐き出し、開いた両手を胸元へ構えた。


 ふと、カナタの脳裏に師である牙狼族の長、ヴァサーゴの言葉が浮かんだ。


 修行中のカナタの疑問だ。




──そこまで。やはり飲み込みが良い。カナタ殿は真面目ゆえに我が愚息よりも優秀だな──




──腕力や能力使われたらアイツに勝てねーっすけどね…!ぜぇ…はぁ…ぶへぇ…!ところでどうした俺はヴァサーゴさんの武術…って言うんすか?アレ覚えない方がいいんです?──




──カナタ殿…武術はやった事が無いと言ったが…〝見た事はある〟のだろう?──




──ええ、まぁ。幸い俺の過ごしてた時代にはそう言う手段を見るのに苦労しなかったんで──




──ならば〝ある程度は使える〟筈だ。既に武術に必要な身体の能力は整っている──




──はぁ!?そんな!?確かにこんな風かなーとかはやったりしましたけど!──




──ははは、なら機会があれば試してみると良い。幸いカナタ殿は無属性、そして能力の詳細が分かれば〝思い通り〟に身体が動くのも分かる筈だ。試す機会はこれからいくらでも──




(ヴァサーゴさんはだから俺に基礎的な事、応用に転ずる事が出来る事ばかりを教えていた。俺の〝やりたい事〟が出来るように!!)




「かあっ!!」




 刹那、カナタの目の前が弾けた。


 鋭く何かを弾き飛ばすような破裂音。


 その様子にイネアは目を見開いた。目の前に何も無くなったカナタが不敵に笑いながら口を開く。




「へへ…〝回し受け〟、成功…!」




「な、なな、なんというこトダー!?石塔を迎え撃った際に出来た無数の破片をイネア選手が再度カナタ選手に放つが〝手を目の前で横に回すような不思議な防御〟によって全て砕き消してしまいまシターーーッ!!」




 カナタが行った動作はとある武術の防御方法。それは〝空手の回し受け〟と呼ばれる物だった。


 本来なら長い期間による鍛錬による賜物、脳内のイメージと身体の動作の合致によって始めて機能するそれを…既にカナタは得ていた──くさびから解き放たれ、成長した身体による思い通りの動きと、ヴァサーゴの教えによるイメージと身体を合致させる修行を!




「…見事だ…!両手の円運動による隙の無い防御…わたしが同時に、真正面から破片を放った事があだとなるとは…!」




「多方向だとしてもやりようはあるぜ。この程度の硬さじゃあ俺には効かねぇぞ。さぁどうする…?」




「ふっ…ならばわたしも本気を出そう」




 拳を掌に打ち付けて笑うカナタにイネアも微笑むと、先程ゼーベックと戦った時のような棒を一つ作り出し、目の前に真横にして突き出す。


 何をといぶかしむカナタだがその答えはすぐに出た。


 棒が左右に伸び、互い違いの〝武器に変わって〟いた──片刃の斧と、槌に。


 手元でくるりと回し、腕で回したそれは風を切り、鋭い音を辺りに響かせる。


 手慣れた様子で取り扱うその武器、斧の方をビタリとカナタに向けて止め、言葉を放つ




「ハルバートとハンマーが合わさったわたしの武器、〝ミーション〟。〝父から継承した〟この武器にてお相手しよう…!」




 長い。その長さはイネアの身の丈程ある。さらに言えばイネアの身長はカナタよりも大きい二メートルを越す高さを持っている為にその武器が如何いかに長いかが分かるだろう。


 石造りの、ハルバートとハンマーが合わさった身の丈程の長い武器。


 相当な重さであろうそれを軽々と手慣れた様子で扱うイネアのそれは武器の熟練度が高い事をありありと語っていた。




「この国の名前と同じ…ハハ、〝かっけぇ武器〟じゃねぇか。俺も素手じゃ申し訳ねぇな…シャク!」




「あいよぅ!待ってたぜ旦那ぁ!」




 二つの意味でそう言ったカナタは流体金属の付喪神つくもがみ、シャクにそう言葉を飛ばし、拳を握り締めた両手を左右に広げた。


 黒いノースリーブの左胸元のポケットから待ってましたと言わんばかりに飛び出す、おへそを出したぴっちりとした黒い服を着た黒いサイドテールの小さな美少女こそカナタの武器であるシャクだ。


 本体であるカナタの右腕に着いていた腕甲わんこうとでもいえる鎧がにゅるりと形を変え、左腕に伸び、両腕に二つの黒い手甲てこうへと姿を変えた。




「あくまでも武器は我が身…と…?」




生憎あいにく、武器術は慣れてねぇからな。だが安心しろ──よッ!!」




「ッ!?」




──ッ!




 その場に響くは硬い衝突音。


 見開くイネアが武器にて防いだ物はカナタの右拳。


 戦闘に使う特殊な移動方──〝瞬動しゅんどう〟を使ったカナタの一撃であった。


 倒れる事は無くともその一撃にイネアの身体が真後ろに飛ぶ。




「ッ──くっ…重い!」




「そんなこと気にならねぇ程ぶち当たってやるからよぉ!さぁ…行くぞイネアぁ!!」




「ははっ、面白いッ!来いカナタ!見せてもらおうお前の力をッ!!」




 刹那、二人の姿がぶれる。次に巻き起こるのは重い打撃音と硬い物がぶつかり合う高い衝撃音だ。


 カナタのふるう拳がハンマーと、イネアのすくい上げるハルバートが手甲と。


 たくみに動かす身体が、武器が織りなすその旋律は見る観客達の心を沸き立たせた。




「すっ、すごいすごい何という激しい戦闘ダァーー!!わたくし実況のピピ、これ程までにこの戦闘を詳しく見れないのが悔しくて堪らないと思った次第デス!!それほどまでに早く激しい戦闘!分かるのは戦いの軌跡と共に鳴り響く二重奏ダァー!!」




「ははは!すげぇぜイネア!こんなにすげぇ奴だとは思わなかった!!」




「こちらもだカナタ!!ここまで巧みに迎え打たれるのは父とファウストさん以来だ!!」




 戦いながら、打ち合いながら、二人は無邪気に笑っていた。


 互いにおのが前に立つ男の強さに、凄さに、重さに、動きに喜びを感じての笑み。


 言葉で語らずとも、二人はお互いの歩んで来た道を感じていた。




「おおおおぉおおお!!」




「ああああぁあああ!!」




 互いの身体が僅かに離れた。


 その隙とも言える瞬間を二人は狙っていた。


 カナタは左拳のカチ上げを、イネアはハルバートと共に放った左脚の蹴りが飛び交う──そして二人の身体が宙に、横に吹き飛んだ。




「ク、クリーンヒットォオオオオ!!互いの隙を突いた一撃に両者共に吹き飛ンダァアアアア!!!」




────────────

── 一方観客席のシラタマとルギくん──



ルギ


「に、兄ちゃああああん!?」



シラタマ


「ふにゅにゅうううう!?」




ラン


「まともに入ったように見えましたが…!場所的に分かりませんね…!カナタさん大丈夫でしょうか…!」



ノン


「反対側なら分かっただろうけどこっち側の席はちょっと分からんねー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る