注告




──死ぬぞ。


 そう言われ、思わずぽかんとした俺の表情に、そのドワーフのおっちゃんこと先生は白衣のポケットから何かを取り出し、投げ渡す。


 ぱしり、とそれを受け取って見てみると……白い錠剤だ。




「飲んどけ、痛み止めだ。もうすぐで麻酔が切れる頃だ。効くまでしばらくきちぃだろうが我慢しろ。ほれ水だ」




「おわとっとっと…瓢箪ひょうたん?まさか酒じゃあ……」




 つるりとした表面を持つ、朱色の瓢箪を開いた右手で受け取ると、たぽん、と心地の良い水音が聞こえる。


 一応酒臭かったりはしていないが本当に水なのだろうかちょっと不安。




「馬鹿野郎、薬の効きが悪くなるだろうが。ちゃんと中身は水だからとっとと飲め」




 まさかといぶかしんで見たが本当に水だったらしく怒られた。


 本体と紐で繋がった栓をぽん、と取って素直にその痛み止めを飲み込むと手足、指先がピリつくような感じがして来ているのに気付く。


 側にあったテーブルに瓢箪を置いてその手の違和感を開いたり閉じたりして確かめているとドワーフの先生が口を開いた。




「おめぇさん、すげぇ能力持ってるようだが──〝加減〟を覚えな。体力と違って〝能力ってのは限界を超えたら命に関わる〟んだ。今おめぇが感じてるその感覚は〝筋肉痛〟だ。ワシらとコイツが治療しなきゃ今頃そんなカワイイもんじゃ済まなかっただろうよ」




「すみません、ありがとうございました」




「わたしは〝好き〟でやったまでだ」




「ワシらは当然の事をしたまで。礼を言うならそっちのベッドに寝てる嬢ちゃんに言え」




 ぺこりとお二方、ここには居ない方達に感謝の気持ちを込めて頭を下げるが、無表情で答えるルーインさんの友人、赤髪長身の目隠れ美人のアンヴィさんとは対称的にドワーフの先生は否定的に答え、す、と俺の向こうを指差した。


 嬢ちゃん?と、その言葉が頭に浮かんだがその指差した方向にいる人物に思わず声が飛び出す。


 横に寝かせられている──シャクの姿に。




「シャク!?──ッ!そうか…お前が…!!」




「時期目が覚める。大した強度の魔武器だなそこの嬢ちゃん。嬢ちゃんがおめぇさんの腕を保護してなきゃ右肩から下は弾け飛んでたぞ。それに懲りたら気軽に能力の全力を出すだなんて馬鹿みてぇな事は辞めやがれ」




 先生にそう叱られながら、すぅ、と規則正しく息をしているシャクを一目見ては右拳を握り締めた。


 そうか、この拳が握れるのも……シャク、お前が全力で守ってくれたからか。


 今一度思い出す、ルーインさんの言葉を。




──使い方を過信すれば命を縮めるわ──




── 当たり前でしょう?自分の身体の機能を使うのよ?酷使すればそれだけ負担が掛かるわ──




 甘かった。ここは異世界で〝ありえない〟が存在しない世界。


 武器や身にまとう物が生きているならば……〝彼等〟にも被害が出る可能性を……考慮していなかった。




「…んえ。おー、旦那。無事で何よあふ」




 ぱちりと少し寝ぼけたような目を開けて、横目でこちらを見ながら呟くシャクの頭を指先でそっと撫でた。




「ありがとうな、シャク。それと悪かった」




「んなに。良いって事よ。旦那みてぇな人なんざそうそう居ねぇんだ。そう簡単に壊れてたまっかってんだ」




 いつも通りの、からかうような笑みを浮かべるシャク。


 思いがけず力を持った人…物語に出てくる人物達もこんな気持ちになっていたのだろうか。


 身近にいる人が己の力で傷を負うこの──身を、心をじりじりと削られるような感情に。


 絹のような質感をしたシャクの髪に触れながら、ふと、そんな事を思ってしまった。




「精々これから気をつけな。ほら、おめえさんのバッグだろ。痛み止めを幾つか放り込んどいた」




「うおっとっとっと。ありがとうございます」




 ぽい、と投げ渡された俺のスクエアリュック。


 相変わらずのずしりとした重さを再確認にしつつ、その重さを軽々と片手で投げ渡す先生に「流石ドワーフ」と小さく零した。


 が、その自分の荷物の重さに少しの違和感を感じる……軽くなったか?




「上げ底になってた場所にワシ当ての隠蔽魔法がかかってたから受け取っといたぞ。おめぇさんかいずれこの場所に来るふんでだろ。中は医療器具だったよ。さぁ、とっとと帰りを待ってる仲間んとこ行ってやれ。〝デケェ奴〟共々待合室でまってらぁ」




 重さが気になり荷物を見ていた俺に先生がそう付け足してくれた。


 そうか、牙狼族の村で流行りやまいの薬を渡してたた時に気になってた上げ底は隠しポケットなってたのか。


 医療器具ねぇ……アルの奴め、俺がぶっ倒れるのを見越してやがったな?




「ありがとうございます……〝デケェ奴〟?」







「〝医療器具〟……ね」




 たぽん、と掌鋼鉄の枠に覆われた、細長く透明なカプセルに揺れる赤々とした液体。


 カナタが去った部屋でルーインがぼそりと赤々とした液体が入った器具を弄るドワーフの先生を見ながらそう呟いた。




「間違いは言ってねぇだろ。……しっかし〝師匠〟が連絡してきた通りアイツにゃあ〝注射針〟なんざ刺さりゃしねぇ。ナードの能力で穴なんざもう完治しやがった」




 そのカプセルの中の液体を照明に透かして見るドワーフの先生の横には針先がぐにゃりとひん曲がった注射針が金属製のトレーの上に置かれていた。


 一応、という理由で使われたソレは強靭な皮膚のせいで針先が潰れ、刺さる事無く役目を終えてしまったのだ。




「ありがとうよ、お陰さんで〝師匠の目的の物〟が手に入ったわい」




「礼は無用だ。こちらも〝好みの男〟を弄れたからな」




「〝好みの男〟だぁ?だぁっはっはっは!!エルフに鬼人、龍神に振られて次は異世界人か!!アイツもツイてるんだかツイてねぇんだか分かんねぇなぁ!!」




「今度こそは行けそうな気がするんだ!茶化さないでもらおうか!!」




 破顔一笑する先生に食ってかかるように鼻息荒くして答えるアンヴィだが笑いは治まる事はない。


 既に〝以前の事〟を知っているのでその反応は当然でもあった。




「間違っても傷付けたりしちゃダメよ。私はあんた達のそれをさかなに楽しむつもりなんだから」




「おめぇも大概だよルーイン!だぁっはっはっは!!──っはー、腹痛ぇわ。……師匠、見つけたんすね。〝妹さんを救う為の希望〟を」




 ひとしきり笑った後、そのドワーフの先生は壁に立てかけてある、自分を含めた複数の人々と写る師匠との写真を見てそう呟いた。


 写真の下には少し掠れた文字でこう書かれている。




──アルメス・シュードレイク先生と合格者達──







に゛いぢゃん!!」




「ふに゛ゅー!!!」




「ぺがふ!!」




 待合室に着いた瞬間に腹と顔面に砲弾もとい、涙目のルギくんとシラタマが突っ込んで来た。


 倒れこそしないが全身の痛みにダイレクトアタック。


 じわじわと増してきた全身余す事無く襲う筋肉痛に合わせて思わず声が出たが──可愛いから許す!!



────────────

カナタ


「二段重ねは初めてだな。少し動き難いけどまぁ良し」




シラタマ


「ふにゅう」




ルギ


「良がった…兄ちゃん無事で良がった……」

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