第25話 雪乃、隠しキャラを見つける

「あら、あなたやっぱりアルトだったのね」


 結末の残酷さを緩和するかのような雪乃の声。

 場違いな問いとそれを問うことで起こる影響を思い出して、雪乃は慌てて口を両手でふさいだがもう遅い。


 アルバート・ノビアス。


通称アルト。漢字では「有斗」と書く。

『大江戸日記~春爛漫~』の隠し攻略キャラである。


「な、なぜ、拙者の本当の名を知っているんだ!」


 軒猿ことアルトは驚いて、雪乃の方を見上げた。

 幼少の頃に忘れ去られた名前を突然、見も知らぬ女に言われたのだ。

 驚くと同時に恐れのようなものも感じた。


(ま、満天姫様もすごいが、この雪乃という女もすごい。妖術使いか!)


 アルトは紀伊半島の熊野棚で遭難した異国の船に乗っていた。

 その当時、歳は4歳くらいだった。身なりの良さから異国では裕福な暮らしをしている家庭の子弟だと思われたが、今では分からない。

 漂着した村では金髪の幼児の扱いに困った。

 何しろ、日本は鎖国中なのだ。当然ながら、村長は藩の役人に報告しようとしたがその前に目を覚ましたアルトは、隙を見て逃げ出してしまったのだ。

 アルトが姿を消して、村人たちは安堵した。この年は凶作で自分たちの生活が手いっぱいで面倒なことは避けたかったのだ。

 一方、山中に逃げ込んだアルトは、道に迷い、疲れ果てて倒れてしまった。

 空腹で動けず、三日間山で過ごし、このまま死んでしまうはずであったが、甲賀出身の師匠に助けられた。

 『源じい』と称した年寄りは、元甲賀忍びで今は山中の小屋でひっそりと暮らしていた。

 金髪の少年、アルトはこの源じいに十五歳まで育てられ、忍びの技を伝授してくれたのだ。

 金髪青眼のアルトは、当初は甲賀の仲間内では異端扱いであったが、それでも伝説の忍びであった源じいのおかげで受け入れられた。今は忍びとして仕事を請け負って暮らしている。

 頭巾で金色の髪を隠し、この江戸へ出てきてこの一年。

 自分の稼ぎで暮らしてきたのだ。

 ここまではこの世界のアルトの生い立ち。

 ゲームの中でのアルトは隠しキャラ。

 様々な要件が重なり現れる。そしてその生い立ちも条件によって様々だ。

 外国の使者としてやってくるバージョン。幕府が唯一、交易をしている出島で商売をしている金持ち商人の息子というバージョン。

 多くはこの二パータンである。中には開国を求めて裏工作にきたスパイという役で登場することもあるが、出現条件が難しいのだ。

 どんな条件にしろ、主人公お栄と出会い、お栄に惹かれるキャラ設定でバリバリの攻略対象なのだ。


 そんな隠しキャラが雪乃の目の前にいる。


(忍者キャラは初めてだわ……。しかも悪役姫の方が先に出会うとは)


 アルトがお栄と出会っていないかどうかは定かではないが、忍者という設定では、お栄と会っているとは思えない。


「なんじゃ、雪乃。こやつを知っておるのか?」


 のんきな声で満天姫が雪乃に問う。

 状況はそんな感じではない。

 突然、本名を言われて驚いている戦意喪失状態の忍者と,

まだ戦っている最中なのだ。


「アルとやら、まだわらわと戦うつもりか?」


「……軒猿だ」


 吐き捨てるようにアルトはそう言った。

 本名は源じいに拾われた時に捨てた。記憶の奥底に沈んだ幻影だ。


「猿じゃと……お主は人ではないか。猿よりアルの方がよいぞ」


 とぼけたことを言う姫。軒猿は面倒になった。


「ああ~っ。分かったよ、俺の負けだ。悔しいが姫さんの剣の腕は認める。あんたは強いよ。俺より数倍も強い」

「ならばアルよ。わらわに仕えろ」

「え?」

「ええええええっ!」


 満天姫の脈絡もない申し出に、軒猿ことアルトと雪乃は同時に叫んでしまった。


「何を驚くことがある」


 相変わらず表情が薄い満天姫。


「満天姫様。お香様の手先を雇うのは、危険じゃありませんか?」


 雪乃は至極当然のことを言う。

 アルトは甲賀者で秋葉藩に仕えている。今は香姫付きだから、満天姫に乗り変えるということは、主君を裏切ることと同等だ。


「仮にこやつがわらわを裏切れば、死あるのみじゃ。それにわらわは強い。強い主君に仕えるのもよいと思うのじゃが」

「……ふん。そう簡単に寝返るわけがない」

「これでもか?」


 満天姫は懐から小判一枚を出した。

 とたんにアルの尻から犬の尻尾が生える。それをぴょこぴょこ左右に振る。

 実際にしっぽが生えるわけはないのだが、雪乃にはまるでそうでもあるかのように思えるのは、明らかに小判で心が動くのが分かったからだ。


「お主一人くらいの食い扶持はわらわが出せるぞよ」


 そうプロポーズみたいな台詞をさらりと言って、満天姫は笑顔を見せる。

 それが可愛く見えれば、きっとこの姫様は悪役姫などにはならないと思うのだが、雪乃は残念そうにこう思う。


(残念……。ほとんど賄賂を渡す悪役お代官様みたいな黒い笑顔じゃない!)


 ところが、アルトの反応は雪乃の想像に反した。


「し、仕方がないなあ。姫様にそこまで誘われては家来になってやってもいい」

(おい、お前、ツンデレ属性かい!)


 雪乃は心の中で突っ込んだ。

 この男、満天姫の黒い笑顔と直球プロポーズにズキュンと心を打ちぬかれたようだ。


(隠れキャラなのにちょろい!)「


 確かに隠れキャラのアルトは、異国人設定でちょっと影のある可哀そうな境遇の設定ではあったが、こんなツンデレでちょろいキャラという認識はなかった。


「よろしい。雪乃、まんじゅうをもて」

「はあ?」


 雪乃は先ほど買い込んだお菓子の中から、蒸かしたまんじゅうを取り出した。まだほのかに温かい。


「わらわの家来にも与えよ」

「はあ……」


 三人で神社の社の縁側に腰かけて、まんじゅうを食べる。

 冷たい風がぴゅうと吹いて、落ち葉が数枚飛んでいくのを眺めながら、雪乃は今後の展開に不安を覚えた。


(悪役姫様の行動が読めない!)


 かつて関ヶ原の戦いの前日。

 西軍の兵力を物見して、実際は十万もの大軍を一万ちょっとと報告し、家康から大いに褒めらた侍がいたそうだ。

 家康は褒美を取らそうと周辺を見まわしたが、目の前のまんじゅうしかなく、それを掴んでその侍に下賜したと言う。


 そんなエピソードをアルトが知っているわけがないが、主君となる人物と一緒にまんじゅうを食べると言う行為は、かなり感動を呼ぶものであった。

 アルトはまんじゅうを頬張りながら涙まで流している。

 よほど満天姫から直接受け取ったまんじゅうが嬉しかったようだ。


 そんな時だ。


「きゃあああああっ~」


 甲高い悲鳴が聞こえた。

 境内裏の森の方向である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る