第12話 満天姫、おとなしく謹慎する
謹慎。
この言葉で令和では、何だか不祥事を起こした芸能人が活動を自粛する。
要するに表立って活動してはいけないという罰だ。
しかし、満天姫にとっては罰でも何でもない。
元から与えられた部屋で過ごすのは、お姫様のスタンダードな生活である。
どこに行くはずもなく、謹慎はそのまま、普通に過ごすということと同義語であった。
そもそも謹慎でなくても、秋葉藩の江戸屋敷から出ることは特別許可がないとできない相談であった。
「あの……姫様」
雪乃には満天姫に聞きたいことが二つある。
一つは能登守との関係である。
二人は幼馴染のようだが、仮にも大名家の娘の満天姫が、小さな頃に同じ大名とはいえ、大身の秋葉藩の跡継ぎと遊ぶことができたかどうかということだ。
男女同席せずの風習が江戸時代にはあった。
ましてや格式の高い大名同士の家柄だ。どうしても首を傾げてしまう。
「満天姫様と能登守様は幼馴染と聞いておりますが、どのようにして幼馴染となったのですか?」
雪乃の主に対するぶしつけな質問にお松、お竹、お梅の三女中の顔が引きつる。昨日の満天姫の大立ち回りの噂は、すでに屋敷中の使用人の中で広がっていたのだ。
噂では下手な能楽を披露した能楽師7人が満天姫に斬りつけられ、一人が亡くなったと話が大きくなっていた。
そして秋葉藩の至宝の金屏風が真っ二つに一刀両断されたことも。
噂と言うのは真実と虚構が一体となっていくときに信憑性を高める。金屏風が一刀両断されたことは真実であるが、能楽師たちは面が割れただけで誰一人として怪我すらしていない。
昨日の席にはおらず、そんな噂だけを聞いている三女中は、雪乃が一刀両断のもと、切り伏せられると目を閉じた。
「……わらわの祖母がこの屋敷の裏手に住んでおってな」
(えっ?)
三女中とも満天姫の答えに驚いた。間違いなく「無礼者!」との怒号を予想していたのだ。まさか、淡々と家来の質問に答えるとは思っていない。
「祖母に使えるお女中がわらわと秋之助の乳母であったのじゃ。わらわは祖母の屋敷で十一歳まで過ごしたのじゃ」
「そうだったのですね」
そう答えた雪乃であったが、それでも疑問が残る。同じ乳母で満天姫はこの屋敷の裏手に住んでいた。接点がありそうではあるが疑問が残る。
「剣の指南役も同じじゃ」
満天姫の冴えわたる剣技は尋常ではないが、どうやら幼少の頃より女子ながら剣術にいそしんでいたらしい。
同門であるからこの屋敷の庭で剣術指南を能登守が受けている時、満天姫も一緒に指南を受けた。
それが満天姫六歳、能登守が五歳。そこから十年以上の付き合いだ。さすがに満天姫が結婚適齢期になり、能登守も元服すると会うことはなかったが、これは鉄板幼馴染ということになる。
(それでも疑問だわ。そんな仲ならあんなに罵り合うことはないと思うけど)
それ以上は、満天姫は話さないので、雪乃としては類推するしかない。きっと喧嘩別れでもしたのであろう。
(いくら幼馴染とはいえ、男女の違いはあるし、お互いに大名の子供同士。関係が続くわけがないわ)
「あの……それではもう一つの質問はよろしいでしょうか」
「なんじゃ?」
「満天姫様があの場で一番お得意な居合の技を披露したことは分かります」
分かりますと雪乃は言ったものの、嫁を選ぶ月路の儀の初日で抜刀術はまったく理解できない。
「満天姫様の腕ならば、屏風を斬ることも能楽師の面を割ることもなかったのではないでしょうか?」
「……」
沈黙が続いた。雪乃はじっと満天姫の様子を伺っている。三女中はもう生きた心地がしないらしく汗をたらたら流して目を閉じて何かに祈っている。
「きまぐれじゃ」
それだけをぽつりと言った満天姫。
(ああ、きまぐれじゃないな)
雪乃には分かった。満天姫はコミュ症だ。言いたいことが言えず、本心とは違うことを言ってしまう。
特に幼馴染の能登守には顕著だが、彼に対しては饒舌になるから不思議なのだ。
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