いずれ魔剣に至る道 ―天才魔術師は剣士に弟子入りしたそうに見ている―
アレセイア
第一章 彼女は弟子入りしたそうにこちらを見ている
第1話 突然の弟子入り
「お願いがあります――シュウ・ナカトミ先生」
それは秋風が吹き抜ける、ある夕暮れのこと。
講義は全て終わり、魔術学院の講師であるシュウは建物の屋上に足を運んでいた。扉を開けた先で目に入ったのは、金髪を風になびかせている一人の少女だ。
見る目を奪う、すっきりと通った目鼻立ち。そこに浮かべた明るい笑顔は、まるで妖精のように可憐だ。真紅の瞳をきらきらと輝かせ、学生服であるブレザーのスカートを揺らすと、彼女はそっと彼に歩み寄る。
頬をわずかに染め、上目遣いに見つめてくる。まるで、愛の告白でもするかのような気迫に思わずシュウは一歩後ずさる。
やがて、彼女はじっとシュウを見つめたまま、思い切ったように告げる。
「貴方の……貴方の、弟子にしてくださいっ!」
その真っ直ぐな言葉に、シュウはまばたきを繰り返し――困惑を滲ませた。
「……待ってくれ。一体、何の冗談だ」
「冗談ではありません。先生。三階梯の生徒は、所属する研究室を決めないといけません。ですから、先生の研究室にぜひとも入れて欲しいのですっ!」
少女は瞳を潤ませながら熱っぽい口調で訴えてくる。
だが、改めてそう言われてもシュウは納得することができなかった。
確かにシュウ・ナカトミはこの学院における講師だ。この学院の講師は何か研究室を割り当てられ、何かを研究している。
だからこそ一応、シュウも研究室を持っているのだが……。
「俺が担当しているのは『剣術』だぞ……? 研究室も形ばかりで、一人も学生は所属していない」
そう言いながら腰に手を添える。そこに帯びているのは、一本の太刀。
シュウが常に身に着けている剣であり、彼はそれを教えている。だが、それを専門としようとする者はいない。
だからこそ、研究室も手狭。ただ広いだけの部屋があるだけだ。
だが、少女は食い下がるように必死な口調でさらに続ける。
「ですが、研究室があるのなら、所属できるはずです!」
「それは事実ではあるが……理解できない」
シュウは首を振りながら、視線を改めて目の前の少女に向けた。
真紅の瞳がじっと見つめ返してくる。最初は驚き過ぎて気づかなかったが――その顔には末端講師であるシュウでも見覚えがあった。
「……キミは、レリア・ルマンドだろう?」
「あ、はいっ、申し遅れましたが……」
「知っているよ。というより、この学院の講師でキミのことを知らない人はいないだろうよ」
シュウは一息つくと、真っ直ぐにレリアを見つめながら告げる。
「この魔術学院で最優秀の生徒である、キミのことは」
彼女のことはこの学院にいれば絶対に耳に入る。それほどの優秀さだ。
王国で最難関とされるグリモリッジ学院の試験を満点で合格。特待生として入学した彼女は常に上位の成績を収め、かつ、彼女が考える魔術式や理論は斬新であり、講師たちはみんな舌を巻く。学院史上最高の生徒といっても過言ではない。
一言でいうならば、天才魔術師の卵――それに尽きる。
この学院に在籍する講師たちのほとんどは、是非とも彼女を自分の研究室に招きたいと思っている。魔術を専攻とする講師は特に、だ。
「キミほどの才媛なら、どの研究室で研究をしても成果を上げられるだろう。ならば、もっと設備や環境が整っている研究室で、魔術を専攻した方がいい」
シュウは腕を組みながら冷静に告げるが、レリアはゆっくりと首を振った。そして、その真紅の瞳をわずかに細め、桃色の唇に小さく笑みを載せた。
身に纏う雰囲気が、変わっていく。その瞳に強い光を宿して彼女は告げる。
「……みんな、そういうのは分かっているのです。ですが……それでも、私は貴方の弟子になりたいのです」
その真っ直ぐな言葉から感じられるのは――揺るがない意思。瞳も逸らすことなく、真っ直ぐにシュウの目を見つめている。
ほう、とシュウは軽く呟きながら、さりげなく足の位置を変える。
軽く左足を引き、組んだ腕を解いた。彼は右足の爪先に重心を載せる。
数秒間、シュウとレリアの視線が交ざり合う――そして。
澄んだ金属音が、空に響き渡った。
一陣の風が吹き抜けた屋上――そこで、シュウはレリアに刃を突きつけていた。
いつ抜き放ったのか分からない、まさに抜く手を見せない居合抜き。
そして、その刃はぴたりとレリアの顔の横でぴたりと止まっている。丁度、彼女の真紅の瞳の真横の位置だ。少しでも動けば、彼女の肌に傷が走るだろう。
だが、レリアは微動だにせず、シュウを見つめていた。
突然の奇襲にも動じず、冷静そのもので彼を見つめている。
そして、彼女は小さく口を開くと、落ち着き払った声でつぶやいた。
「……やはり、凄まじい刃……」
「……ん」
シュウはゆっくりと刃を引き、ひらりと手首を返すと鮮やかに刃を鞘に納める。レリアはそこで初めてまばたきをすると、ふわりと笑みをこぼした。
「いいものを見せていただきました。先生」
「いや、こちらこそいきなりの抜刀、失礼した」
だが、これでレリアの意志の強さが分かってくる。
いきなりの抜刀でも怯まず、それどころかシュウの動きをじっと見つめていた。彼女は本気でこの研究室に所属したいと思っているのだろう。
その気持ちは嬉しいが……同時に、疑問がもたげる。
「……聞いてもいいか。ルマンドさん」
「はい、なんでしょうか」
「何故、そこまでして俺の研究室に入りたい?」
「それは……ですね……その」
そこで初めてレリアは視線を逸らす。ふらふらと視線を泳がせたと思うと、シュウの方をちらちらと見る――正確には、シュウの腰に帯びた太刀を。
やがて、彼女は頬をわずかに染めながら、押し出すようにつぶやく。
「先生の……剣筋が、好きだから……」
「……え?」
「……う、ぅっ」
思わず聞き返すと、目の前のレリアは顔を真っ赤にし、俯き加減に一歩後ずさる。恥ずかしさに耐え切れないように視線を逸ら。
「そ、その、そういうこと、ですので……考えて、おいて、くださいっ!」
そのまま、彼女は踵を返すと勢いよく駆け去っていく。遠ざかっていく少女の背をぼんやりと見つめながら、思わずシュウは首を傾げる。
まるで、思い切って告白した、恋する乙女のような反応。
(……それなら、余程楽ではあったんだけどな……)
深くため息をこぼしながら、シュウは腰に帯びた太刀の柄に触れる。
「……レリア・ルマンド、か」
天才魔術師の卵。それに何故か、弟子入りされてしまったらしい。
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