第十四話 いまさらですがお名前は?
待ち合わせ場所は、私が住んでいるアパートの最寄り駅前。といっても、合流するのは
「……いますかね」
待ち合わせの時間五分前。自衛隊さんの五分前精神なんとかは本当なのかと、今日は早めに待ち合わせの場所に来た。そして周囲を見回す。
「いないじゃん」
「いますよ」
「ひっ!!」
耳元で声がして飛びあがった。あわてて振り返ると、山南さんがニヤニヤしながら立っていた。
「やっぱり五分前に来ましたかー」
「なにがやっぱりなんですか」
「だって
なぬ?! すっかり見透かされていた?!
「だって本当にくるのか、気になったんですもん」
「習慣みたいなものだから気にしないようにって、言ったじゃないですか」
「ちなみに山南さん、今日は何分前に来たんですか?」
どう考えても、私がここに到着する前からいたっぽい。一体、何分前から待っていたのだろう?
「十五分前です。御厨さんがどのタイミングで来るか読めなかったので、少し余裕を持って到着するようにしました」
「十五分前……」
「あ、だからと言って、次は二十分前にしようとか思わないように。今回は特別です。次からは、五分前にしか来ませんからね。じゃあ行きますよ」
山南さんはそう言うと、スタスタと歩き出した。少し歩いてから振り返る。
「御厨さん? ぼーっとしてないで前進前進」
「あ、はい!」
小走りで山南さんに追いつくと、そのまま横に並んで一緒に歩く。
「ここから徒歩で行ける場所って、ずいぶんと近場での慰労会なんですね」
「もっとにぎやかな場所に出ると思ってました?」
「はい」
このあたりにも、それなりに人が集まる場所はある。だけど、いわゆる都心の繁華街ほどのにぎやかさはない。だからてっきり、そっちのほうへ出るんだと思っていた。
「まあ、そうしたいのはやまやまなんですが、ほら、俺と
「ああ、そういうことなんですね」
「少しでもゆっくりしたくて、普段は駐屯地の最寄駅から五駅までと決めてるんですよ。そのせいもあって、行ける店は限られてくるんですが」
「大変ですね、駐屯地の中に住むって」
山南さんはなんでもないように言っているけど、大人になっても門限にしばられる生活なんて、私には考えられない。
「営外に住んでいても、待機命令で行動が制限されることはままあるので。ま、入隊してまなしの若い連中にとっては、門限はかなり
「門限破りする隊員さんとかいるんですか?」
「そりゃまあ、若い隊員はねえ。だけどそんなことをしたら、間違いなく次の休みに外出禁止をくらうので、そうそう繰り返すバカはいませんよ」
そう言って笑った。
「山南さん達はどうだったんですか? 入隊したてのころ」
「そりゃまあそりなりに。上に叱られることは一通りやりましたね」
その時のことを思い出したのか、ニヤニヤと笑う。
「意外とヤンチャだったんですね」
「そりゃまあ男だらけの職場ですから。それなりに悪さはしてますよ」
山南さんはニヤッと笑った。
+++
「あ、きたきたー! おーい、やーまなーみくーん!」
こっちに向けて手を振っている女性が一人。その横には尾形さんと斎藤さん、そしてもう一人の女性が立っていた。
「もしかして、待ち合わせの時間に遅れちゃいましたか?」
「いえ、時間通りですよ。問題ないです」
待たせてしまったのでは?と心配する私に、山南さんは腕時計を見せてニッコリとほほ笑んだ。
「尾形も斎藤も五分前の男なので。付き合いだして最初の頃は、それでよくもめたそうですよ、尾形」
「あー……」
尾形さんの顔を思わず見てしまう。
「ちょっと、御厨さん。なんなんだい、その俺を気の毒そうに見る目は。山南、なにか余計なこと言ったな?」
「五分前の心得の話をした関係で、お前が嫁さんと、五分前のことでよくケンカしてたって話をしただけだ」
「うわっ、余計なことド真ん中じゃないか、それ。それで? 御厨さんはどうなんだよ」
「俺が本当に五分前にくるかどうか確かめるために、五分前に来てたぞ。ここで止めておかないとさらに早く来そうだから、次から俺は絶対に五分前にしか来ないと忠告した」
それを聞いた四人がおかしそうに笑った。
「御厨さん、こいつ、来ないと言ったら本当に来ないからね」
「じゃあ次からは、約束の時間の三分前ぐらい着くようにします」
「いい心がけだねー。さて、二人の紹介は店ですることにして。御厨さん、今から行く店は初めて?」
「いえ。学生の頃に友達と何度か」
「それならOK。メニューの多さに困惑することはないね。じゃあ行こう」
全員がそろったところでお店に向かう。
「先に紹介してくれても良いのにー!」
斎藤さんのカノジョさんが不満げに口をとがらせた。
「そんなこと言ったってだな。ここで紹介したら長くなるだろ? 長い立ち話で時間をつぶすのはゴメンだから」
「そんなに長くならないわよ。ささっと一人五分ぐらいで終わるから!」
「一人で五分かよ。二人で十分も立ち話じゃないか」
「御厨さんとは初対面だから、二十分は固いと思うなー」
そう言ったのは尾形さんの奥さん。その言葉に尾形さんがウンザリした顔をする。
「なんで女の話はそんなに長いんだよ。名前を言ったらそれで終わりで良いじゃないか」
「よくない。それは自己紹介じゃないです、ただ名乗っただけ」
「私達がお互いに自己紹介する時は、二人とも黙っててよね。男が口出しするとややこしいから」
なかなか強い。二人とも、斎藤さんと尾形さんに負けてない。そんな二組のやり取りを、山南さんはニヤニヤしながらながめている。まったくの他人事といった感じだ。まあ確かに他人事なんだろうけど。
「あ、二人じゃなくて山南君も黙っててね。まあ、山南君はめったに口をはさんでくることはないだろうけど、念のために言っておくからね!」
「山南君て呼ばれてるんですか?」
「あ、私達、中学校からの同級生でね、それ、、、」
「ストーップ! とにかくその先は店で座ってから!」
尾形さんと斎藤さんがすかさず口をはさんできた。話をさえぎられてしまった奥さんがプウッと頬をふくらませる。
「じゃあ、ウェルカムドリンクを決めたら、あとのことはそっちに任せるから。その間に私達はお互いに自己紹介をする!」
「私、ザクロとビネガーのソーダが好きですから、それにします」
「あ、私もそれ好き!」
「私も! じゃあウェルカムドリンクは決まりね。ヤスシさん、それのオーダーもよろしく!」
オーダーを押しつけられた尾形さんがため息をついた。
「今日は俺達のテスト慰労会なのに」
「完全に乗っ取られたぞ」
「こうなることはわかってて誘ったんだろ?」
「山南、俺は関係ないみたいな顔するな」
「そうだぞ。御厨さんの様子からして、お前も間違いなく俺達と同じ立場になる」
お店に行くと、予約していたことを伝え、お店の奥の個室に通してもらった。
「個室があるなんて知らなかったです」
「個室ができたの最近みたいよ。一室しかないから予約で押さえるのが難しいんだけど、今回は運が良かったわ」
それぞれ思い思いの場所に腰を落ち着ける。そして男性陣は店員さんに渡されたメニューをひろげ、ああでもないこうでもないと話し始めた。そして女性陣、尾形さんの奥さんと斎藤さんのカノジョさんは、ニコニコしながら私を見つめる。
「じゃあ、まずは自己紹介前に名乗っておくわね。尾形の妻、りかです。よろしく」
「斎藤君のカノジョの
「御厨あやです。こちろこそよろしくおねがいします」
「ところで、うちの人達、ちゃんと自分達の自己紹介した?」
店員さんに飲み物を頼んでいる尾形さんを指でさした。
「尾形さん、斎藤さん、山南さん、ですよね?」
「うん。まあ旦那と斎藤君はそれで良いけど、山南君の名前、聞いてる?」
「……あ、そう言えばまだ知りません!」
「「やーまーなーみーくーんー!!」」
りかさんとえみさんが、信じられないと言いたげな顔をして声をあげる。その声に山南さんがビクッとなった。
「え? なに?」
「あやさん、山南君の名前、知らないって言ってるわよー!」
「そりゃまだ名乗ってないし。それに俺だって御厨さんの名前はまだ聞いてない」
その言葉に二人がハーーッとため息をつく。
「同じ職場ってのも考えものよねえ。あやさん、まずはあなたからちゃんと名乗ってあげて」
「え? ああ、はい。御厨あやです。いまさらですが」
「ああ、えーと、山南
いまさらながらお互いに名乗る。とは言え、当分は「山南さん」という呼び方が続きそうだ。
「聞かれてないけど、俺は
「ちなみに俺は
空気を読まない尾形さんと斎藤さんが、にこにこしながら口をはさんでくる。そんなわけで私達は、初めて会ってから半年近くたってやっと、名乗りあうことができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます