第4話 業務

「簡単に言えば配達業務よ」

 場所を事務所に移し、ようやく仕事についての説明を受けた。

「配達業務ですか?」

「そうよ。まあ勿論表に出るようなものじゃ無いのは気づいてるわよね」

 この日本社会で実銃を所持してるくらいだ。そのくらいは俺でも分かっていた。

「警護が必要だけど公的機関や一般企業には頼めないような人物や物品。逆に普通の企業には頼むほどじゃないようなチンケな仕事もあるわ。まあ今はそれも受けなきゃ稼ぎにならないから、名前を広めるためだと思って。それに表向きは普通の運送業だから」

 そんな危ない仕事を素人に頼んで良いものなのだろうか。俺は運転を仕事にしてたわけでも、極端に車の扱いが上手いわけではない。極々普通の人間だ。

「そして予定にはなかったんだけど急遽依頼が入ったわ。他に用事があるから私と小次郎は行けないけど。瀬里奈、貴方が付いてあげて」

 そう言ってキーボックスから鍵を取り出すと放り投げ、それを空中で瀬里奈が綺麗にキャッチする。

「りょーかいですっ!」

 元気よく返事をして、ピシッと敬礼のポーズを取る。

「内容はそこのファイルにコピーが入ってるわ。それじゃあ私達はここで、頼んだわよ」

 それからまるで風のように事務所を後にした。

「それじゃあ、えーっと。ダンバラさん?」

 ここの会社の人たちは人の名前を覚えるのが苦手みたいだ。

「蒲原です……」

「そうそう蒲原さん! ついてきてください。あっ、そこのファイルも持って!」

 言われた通りデスクの上にあった黄色いファイルを手に取り、事務所を出る。事務所の前には昨日はなかった白い二代目スイフトが止まっていた。マフラーは大口径のものが付いており、ダウンサスも入ってるようだ。ボンネットは艶消しの黒に塗られている。

「気になる? ボロいからあんまし見ないでよ。それより今日の車はそっち」

 彼女が指を差した先にあったのは車庫にあったボロボロのライトバンだった。あちこち錆びていたり、蜘蛛の巣が張ってあるカルディナバン。

「運転は出来る?」

「鼻に激痛があって、耳が聞こえにくいことを気にしなければ大丈夫です」

「だからごめんって!」

「冗談ですよ」

 まあ半分冗談ではないが運転に支障はないだろう。

 運転席に乗り込むと鍵を受け取りエンジンを掛ける。


 エンジンを掛ける。


 が、セルは元気よく回るが火が入らない。だが、こんな事で怯む事はない。こんだけコンディションの悪い車両だ。きっとプラグ交換なんてしてないのだろう。

 一息ついて、もう一度セルを回す。

 途端にエンジンが元気に回り、ディーゼルの野太い音を響かせる。

 それから渋いギアを丁寧に入れて車を走らせる。畑に囲まれた田舎道、青い空。風呂に入りたい。

「道はあたしが案内するから従ってね」

 昨日の今日でいきなり仕事が始まっているが、仕事が終わってから長旅をして一度も風呂に入ってない。まずここがどの都道府県なのかすら知らない。それでも動じず、真っ直ぐ走り続ける姿勢は、我ながら大したものだと思っている。

「そう言えばカンバラさんマニュアル運転出来るんですねー」

 窓の隙間から入る風に茶髪を揺らしながら緩く口を開く。

「まあ、免許取ってますから」

「いや前に入ってきた新人が社用車乗れなくて三日で辞めてったんですよ。社長も免許でしか確認しなかったみたいですし」

 何かと思えば近頃なら珍しくない世間話だ。

「自分の会社もありましたよ。中途採用の方が乳製品のメーカーなのに牛乳アレルギーって理由で一週間で辞めました」

「最近は多いのかもね。カンバラさんみたいな若い人も珍しいよ」

「そんなことないですよ。自分も今の会社……前の会社も入って二年目ですけど辞めようと思ってましたから」

「ならタイミングバッチリだったね! まああの社長すこし手荒いことするけど、根はいい人だからね」

 そんな喜ばしい転職ではなかったが。と心の中でツッコむ。まず少し手荒いどころ話ではない、銃を向けられて脅されてここにいるんだから。

 最も、昨日だけで十分金はもらっている。文句は言えないだろう。それにいくら脅されたとは言え協力したんだ。警察が来ればどちらにせよ逮捕になるだろう。付き合うしかない。

 ラジオから荒い音質で天気予報が流れている。一日快晴らしいが。


「ごめん、そこ右だったわ」


 勘弁して欲しい。

 それからどうにか地図を奪い、薄暗い山道を越えると町に出た。それなりに規模がある地方都市といったところだろうか。会社を出てから二十分くらいだ。

「そこの路地入って、そこそこ、あの黄色い建物の前で止まって」

 住宅街の狭い道。ミラーと建物の隙間を自転車が一台ようやく通れるくらいの狭さ。そこを瀬里奈は今日にドアを開け外に出る。

「じゃあ私がお客さん呼んでくるわ。一人でやるようになったら必ず車で待っててね。二人でやる時も一人は絶対車をすぐに出せるようにしとくこと」

「はい、わかりました」

「良い返事。それじゃあ待っててね、エンジンも消しちゃダメだよ」

 それからこっちに笑顔を向けて建物の中に入っていった。

 暇な間、またラジオに耳を向ける。古い洋楽がスピーカーからノイズと共に流れる。思わず欠伸をして目を擦っているとドアが叩かれる音が響いた。

 少しすると金属が弾けるような音が続き、一言二言の怒号が聞こえた。すぐに階段を駆け降りる足音が聞こえ、瀬里奈が後部座席に飛び乗った。

「イズハラさん! 車出して!」

 もう名前を間違ってることを突っ込む余裕などなさそうだ。

 アクセルを雑に煽りながら放置されていたゴミを蹴散らし、猛スピードで駆け抜ける。

「小林さん、大丈夫ですか?」

「まあね。とりあえず大通りに出て、そのまま適当なところで高速に向かって」

「了解です」

 言われた通り住宅街を抜け、大通りに出る。そこで信号に捕まり、ようやく一息ついて後ろを見ると、瀬里奈の隣には小さな女の子が座っていた。

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