第40話

「アリーシャの様子はどうだった?」

「特に問題はありませんでした。逃げ出す心配も、怪しげな様子も見せませんでした」

「そうか」

「ただ、幾人かの兵が、話しかけていました。『アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトだろう』って」

「なに!?」

「ですが、ペルフェクト語がわからなかったのか、ずっと首を傾げていました。シュタルクヘルト語でも何か言われていたようですが、内容までは私は分からなかったので」

「そうか……」


 オルキデアが眉を顰めると、怒られると思ったのか新兵が「で、ですが!」と慌てたのだった。


「苦笑しながら、首を振っていました。あとは終始ずっと黙っていました」


 おそらく、シュタルクヘルト語でも、同じことを聞かれたのだろう。

 否定をしてくれたのは、まだ記憶が戻っていないからか、それとも、機転を利かせてくれたのか。


(やはり、急がねばならんな)


 移送が先か、アリーシャの正体がバレるのが先か、アリーシャの記憶が戻るのが先か、時間の問題になってきた。

 オルキデアは礼を言って、アリーシャが声を掛けられた話を黙っているように指示すると、新兵を持ち場に戻らせたのだった。


 執務室に戻ると、クシャースラとクシャースラの向かいのソファーに座ったアリーシャが、たわいない話をしているようだった。


 ーー何故か、また胸が痛んだ。


「オルキデア、ようやく戻ってきたか」

「ああ。待たせたな」


 何でもないように答えると、二人の元に戻る。

 アリーシャが立ち上がって場所を譲ろうとすると、オルキデアはそれを止める。


「隣に座れ」

「でも……」

「いいから」


 オルキデアに言われて、おずおずとアリーシャが隣に座る。

 すると突然、クシャースラが「そういえば」と、何かを思い出したようだった。


「お前さんの屋敷の手入れをしていたセシリアが、珍しい客に会ったと言っていたぞ」

「珍しい客?」


 オルキデアは仕事などで長期間、屋敷を留守にする際には、いつもセシリアと、クシャースラの義父に当たるセシリアの父親に管理をお願いしていた。

 無駄に広い庭の手入れと、屋敷周辺の見回りが主だったが、滅多に屋敷に帰らないオルキデアにとって、それだけでもかなり助かっていた。


「ああ。庭の手入れをしていたら、屋敷を訪ねて来たと言っていたな。確か、そこそこ年齢のいった女性で、名前は……」

「ティシュトリア・ラナンキュラスか?」

「ああ! そうだ」


 クシャースラが頷くと、オルキデアは溜め息を吐いた。


(何故、今になって現れるんだ……)


「ラナンキュラス様……」


 オルキデアの様子に気づいたのか、心配するように見つめてくるアリーシャに、「大丈夫」だと言うと、安心させるように頷く。


 アリーシャの件だけではなく、ティシュトリア・ラナンキュラスの件もある。

 問題は山積みであった。

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