アリーシャの正体と親友と

第33話

 次の日の朝、朝食を済ませたオルキデアは、襲撃作戦で王都を不在にしていた間に溜まっていた仕事に取り掛かった。

 一方のアリーシャも、オルキデアの部下が用意した朝食を食べ終わると、早速片付けに取り掛かったようだった。

 汚れてもいいように、予備の女性捕虜用の作業服に着替えてくると、藤色の髪を頭の後ろで一つにまとめ、昨晩の内にアルフェラッツが用意してくれた掃除道具一式を持ってきて、執務室から片付け始めたのであった。


 オルキデアはそんなアリーシャを微笑ましい気持ちで眺めながら、食後のコーヒーを片手に不在の間に届いていた電子メールを確認していた。数が多いので重要そうなメール以外を流し読みしていると、今朝方届いたとあるメールに目を留めて、眉根を寄せたのであった。


(これは……)


 オルキデアはコーヒーカップを机に置くと、ソファーの雑巾掛けをしていたアリーシャを呼び止める。


「アリーシャ、少しいいだろうか」


 ソファーの前で両膝をついていたアリーシャだったが、オルキデアの呼び掛けに立ち上がると、雑巾を置いてやって来る。


「はい?」

「今日の十一時過ぎに来客がある。悪いが、それまでには片付けをひと段落させてくれないか?」

「わかりました」


 壁に掛かった時計を確認すると、ちょうど九時を少し過ぎたばかりであった。まだ時間に余裕があるので、王都を離れている間の報告書の作成くらいなら出来そうであった。


(アリーシャが部屋を片付けてくれている間に、こっちも溜まっていた仕事を片付けるとするか)


 オルキデアは残っていたコーヒーを飲み干すと、傍らにカップを置く。

 すると、オルキデアがコーヒーを飲み終えたのを見計らったかのように、おずおずとアリーシャが声を掛けてきたのであった。


「あの……? オルキデア様」

「ん? どうした?」

「来客がお見えになる時は、私は席を外した方がいいでしょうか? その、仮眠室とかに……」


 どうやら自分の姿を見られると、オルキデアに不都合があると考えたのだろう。

 アリーシャの疑問に対して、「その必要はない」と、オルキデアは片手を振って答える。


「それより、君にも会わせたい人なんだ」

「私にも?」

「ああ、きっと俺たちの力になってくれ……」


 そこまで言いかけたところで、廊下から言い争う声が聞こえてきた。


「いいから通せって!」

「ですが、先に少将に確認をしなくては……」

「大丈夫だ。あっちから来るように言ってきたんだからな」

「あっ! お待ち下さい!!」


 ドタドタという足音という共に、その声は執務室に近づいて来ているようだった。


「なんだ?」


 オルキデアが眉をひそめていると、ノックも無しに勢いよく扉が開かれたのであった。


「オルキデア!」


 入って来たのは、オルキデアと同じ年頃、同じ背格好の軍人だった。

 輝く様な鮮やかな金色の短髪を頭に撫でつけ、脇に大きなボストンバックを抱えたオルキデアと同じ階級章をつけた軍人は、灰色の瞳で室内を見渡したのであった。


「おいおい……。またこんなに散らかしているのか……」


 男は呆れたように溜め息を吐くと、書類と酒瓶の山を掻き分けて、オルキデアの元に近づいて来た。


「クシャースラ。約束の時間より、随分と早い気がするが」

「珍しく、親友のお前さんから連絡を貰ったから、頼まれた物を持って急いで駆けつけたというのに……。水臭いな」


 オルキデアの言葉に軍人ーークシャースラは、やれやれと言いたげに肩を竦めたのであった。


「持ってきて欲しいものがあると言っただけだ。約束の時間より二時間も早く来いとは言っていない」

「おいおい、そんな言い方はないだろう。せっかくだから、部屋も片付けてやろうと思って早めに来たんだよ。さぞかし汚いだろうって……あれ? そこまで汚くない?」


 部屋を見渡していたクシャースラは、とある一点に目を留めると、吸い寄せられたようにじっと見つめた。

 オルキデアも親友の視線の先を辿ると、そこには二人から一歩身を引いて、身構えていたアリーシャの姿があったのだった。


「おい、オルキデア……」


 口を開いたまま固まってしまったクシャースラに対して、先に動いたのはアリーシャだった。

 伺う様な視線をオルキデアに向けてきたので、それに応える様に小さく頷くと、アリーシャはソファーの横に積まれた本の山を倒さない様にそっと足を踏み出す。

 そうして、未だに口をあんぐりと開けたままアリーシャを見つめていた親友に声を掛けたのであった。


「おはようございます。初めまして。アリーシャと申します。どうぞよろしくお願いします」


 シュタルクヘルト語で話しながら、アリーシャは一礼をすると、花が咲く様な笑みを浮かべたのであった。

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