227話 冒険者ギルド総本部(2)

  「魔族だと……。いったい、何がどうなっているんだ!?」



  「申し訳ありません、わかりません! ただ、確かにそう報告されているんです!!」



  状況を掴めていないヴァルターさんがルイスという職員に強く問いかける。

  だが、彼もまたこの想定外の出来事にあたふたとしながら報告することしかできないようだ。



  「ちっ、わかった……。ラースが討伐隊を組んで現地に向かおうとしている……と言ったな!」



  「はっ、はい! 先にパトリオット様やリンクス様が向かったのですが連絡が途絶えてしまい、それを聞いたラース様が自ら戦地に赴くと……」



  これを聞いたヴァルターさんの顔色がみるみるうちに変わってゆく。



  「ラースはどこにいる!? 今すぐ、私を彼女のところへ連れていけ!!」



  「はっ、はい!? ラース様なら中央指令部最上階の会議室に……」



  「会議室だな! よし、行くぞ!!」



  ヴァルターさんは慌てた様子でルイスがやって来た方向へと走り出す。

  それに伴って、ルイスもまたヴァルターさんを追うのであった。



  「私たちも追うわよ!」



  サラが立ち尽くすおれたちに向けてそう言い放つ。


  状況は一切掴めていない。

  だが、魔族の襲撃と聞き危険が差し迫っているということだけはわかった。



  「あぁ、そうだな」



  おれはそう答えると、サラたちと一緒にヴァルターさんを追いかけるのであった……。




  ◇◇◇




  少しだけ、本当に少しだけ落ち着いてきた。

  魔族の襲来なんて普通ありえない。


  だが、おれは二度も経験してるし、それもあって冷静になれる部分もあるのかもしれない。

  そんなおれは走りながらレーナに質問をする。



  「レーナ、ヴァルターさん大丈夫か? なんか、いつもと違って冷静じゃないぞ」



  何やら熱くなっているヴァルターさん。

  ヴァルターさんからすれば、魔族の襲来は初めてなのだ。


  それこそ、800年ぶりの魔族の襲撃。

  それで気が立っているのだと思っていた。


  だが、レーナの反応を見る限りどうやらそれは違うようだった。



  「うーむ……仲間が魔族に何人もやられているのだ。ヴァルターとて、冷静ではいられないのだろう。それに、ラースがそんな危険な戦場に行くとなれば……」



  何やら考え込む様子のレーナ。



  「どういうことだ? そのラースって人に何かあるのか?」



  「あぁ、それはだな……」



  レーナが話そうとしていたその時、おれたちは無事に目的地であった中央指令部とやらに着いたようだ。



  それは、ここに転移した瞬間から目に入っていた巨大な建物。

  10階はあろうかというレンガ調の建造物が街のおれたちの目の前にそびえ立っていた。


  どうやら、これがヴァルターさんたちが言う中央指令部のようだ。

  だが、この建物の中に入るには審査がいるようだ。

  扉の前には、冒険者ギルドの制服と思われる衣装を着た屈強な男たちが2人、剣と槍をそれぞれ持って立ち尽くしていた。



  そんな門番である彼らは、おれたちの目の前を走ってくるヴァルターさんを見て、慌てて声をかける。



  「ヴァルター様、そんなに急がれてどうされましたか?」



  「説明は後だ! ここを通せ!!」



  「はっ、はい!!」



  ヴァルターさんの気迫に押され、あっさりと道を開ける二人のギルド職員。

  だが、それはヴァルターさんがグランドマスターという地位で顔も知られているからだ。

  部外者であるおれたちは同様に通されることはなく……。



  「ちょっと待て! お前たちまで通してよいとはヴァルター様から伺っていないぞ!!」



  屈強な男たちがおれたちの道を塞ごうとする。

  その威圧感といったら、鬼気迫るものがあった。


  なんたって、ここは中央指令部というくらいなのだから、このギルド街の中でも相当重要な場所なのだろう。

  ヴァルターさんの近くにいたからといって、見ず知らずのおれたちを簡単に通してくれるはずはない。



  だが……。



  「退け! 私が許可する」



  レーナが男たちにひと言そう告げた。



  「しっ、しかし、レーナ様。いくらレーナ様のお言葉とはいえ……。正式な手続きやヴァルター様の許可がないのは……」



  申し訳そうな表情で屈強な男が少女の姿をしたレーナにへりくだる。


  すると、レーナの周囲には魔力が溢れだし、彼女の雰囲気が変わるのだった……。



  「今は一分一秒、無駄にしていいときではないのだ。お前らのくだらん意地のせいで仲間たちが死ぬかもしれんのだぞ……。それでも通さぬというのか?」



  レーナが体内から魔力を解放してオーラを放つ。

  彼女の瞳は紅く輝き、髪は揺らめき頬には謎の紋章が浮かぶ。


  その姿は普段の子どもの見た目からは想像できないほどおぞましく、そして恐ろしかった……。



  「はっ、はい……」



  男たちはレーナのその姿を見るなり、ガタガタと身体を震わせてその場に座り込んでしまう。

  そして、道は開けた。



  「ちっ……。無駄な力を使ってしまったか」



  「まぁ、よい! 私に付いてくるだ! 先を急ぐぞ!!」



  レーナはそう言うとまた走り出す。

  おれたち一行はそんな彼女の後を追いかけるのであった。




  ◇◇◇




  レーナの後を付けていき、建物の中の階段を駆け上がる。

  そして、上に向かう階段はなくなり、どうやら最上階へと着いたようだ。



  すると、少し遠くからヴァルターさんの怒鳴る声が聞こえてきた……。



  「君はここで待っていろ! 魔族のもとへは、私たちだけで向かうことにする」



  声がする方へと向かうと、一つだけ扉が空いている部屋があった。

  その部屋の中を覗くと、ヴァルターさんの他に階級の高そうな勲章をいくつも付けているギルドのお偉いさんたちが何人もいた。


  その中の一人、長い髪を後ろでまとめている銀髪の若い女性がヴァルターさんに向かって抗議をしていたのだった。



  「そんなの納得できません! 仲間たちが何人もやられてるんですよ!! 魔族はわたし自身の手で討ちたいのです!!」



  「それに、貴方が戦地へと赴くと申すならわたしも……」



  女性はその可憐な顔に涙を浮かべてヴァルターさんに訴えかけていた。


  そんな彼女をみてヴァルターさんはため息をひとつ吐き、彼女を諭そうとする。



  「おい、ラース……。公私を混同するな。もしも、私たち二人に何かあったら冒険者ギルドの未来はどうなる? こういった場合は私たちのどちらが残る必要があるんだ」



  「そして、戦闘に関していえば私の方がラースよりも強い。それに、君の方が人を率いるのには向いている」



  そう言って、ヴァルターさんはラースと呼ばれた女性をそっと抱きしめた。



  「大丈夫、僕は絶対に帰ってくるからさ」



  ヴァルターさんの口から、今まで聞いたこともないような甘い声が聞こえてくる。



  「はい、承知しました……。では、貴方様の帰りをお待ちしています」



  そして、ラースさんはそんなヴァルターさんの胸に顔を埋めて返事をするのであった。




  「あら、あの二人ってそういう関係なのかしらね?」



  おれと同様に、一部始終を目撃していたサラが話しかけてくる。

 


  「まさか、あのヴァルターさんに限って……。いや、でも、目の前で、いや信じられない……」



  おれはあまりの衝撃に言語力を失ってしまっていた。


  ファッションはダボダボで、髪はボッサボッサ。

  今は割とマシな格好をしているが、おれの中では初めて出会ったときの浮浪者のような姿がいまだ脳裏に焼き付いている。


  うん、やっぱりあのヴァルターさんがあんな美人の女性となんて信じられない。



  おれが言葉を失っているとヴァルターさんをこちらを振り向き、おれたちの存在を確認する。


  そして、ラースさんを抱きしめたままのヴァルターさんはいつも通りの口調で話し出した。



  「やぁ、ここまで来てくれたか。君たちに一つ、お願いがあるんだ」




  ◇◇◇




  先程の一部始終を目撃した会議室とは別の部屋におれたちは案内された。

  ここにいるのは、おれとサラ、カシアスにアイシス、そしてヴァルターさんとレーナだ。

  ラースさんも含め、どうやら他の職員には聞かれなくはないらしい。



  そして、そこで改めてヴァルターさんからおれたちへの頼みごとを聞かされた。

  まぁ、正確にいえば『おれたち』というより『カシアスとアイシス』に対してなんだけどね。



  どうやら、魔族が人間界にやってきたというのは本当の情報らしい。

  しかも、これは数時間前の情報だそうだ。

  そして、場所はおれたちが今いるアルガキア大陸、ここから10キロメートルほど離れたところ。


  そんなこともあって、ヴァルターさんは今すぐにでも仲間たちを殺した魔族を倒しにいきたいらしい。

  だが、10キロメートルといっても人間が走っていくには時間も体力も消費してしまう。

  そこで、カシアスかアイシスに転移魔法で送って欲しいというお願いだったのだ。


  それに、急げばまだ生き残っている仲間を助けられるかもしれない。

  これは時間との戦いでもあるのだ。



  「えぇ、構いませんよ。私たちとしても、どんな魔族がこの下界にやってきて悪さをしているのかというのは興味がありますからね。クックックッ……」



  カシアスは何やら楽しそうな笑みを浮かべて笑っていた。

  ただ、条件としては転移魔法を使って送り届けるのは構わないが、その先で出会った魔族を相手にカシアスたちが戦うかは別の問題だというのだ。


  まぁ、忘れてはいたがカシアスは魔界における一国の魔王なのだ。

  相手の魔族次第ではトラブルに発展するかもしれない。

  アイシスにしても同様だ。



  「あぁ、それで十分だ。助かる」



  だが、ヴァルターさんからすればそれだけでも十分にありがたい話だったようだ。



  実は、おれたちからすればこの行為には大きな問題が付き纏う。

  ヴァルターさんもそれをわかった上で、申し訳と言いながら頼んできた。


  だが、その問題は今すぐにどうにかすれば良いという問題ではないし、そういった面倒くさいことは後で片付ければいい。

  ヴァルターさんの仲間の命がかかっているかもしれないんだ!

  今はそっちの方を優先しないとな。



  そうして、おれたちは魔族が現れたという場所へと転移をするのであった……。




  ◇◇◇




  おれの身体を包み込んでいた光が消え、転移した先の光景が目に飛び込んでくる。


  そこには想像していた以上に残酷な戦場が広がっていた……。



  おれたちの目の前には、何十人もの人間たちが息絶えたように地面に転がっていた。

  彼らの多くは、先程までおれたちがギルド街でみていた冒険ギルドの職員たちと同じ制服を着ていた。



  そして、その人間たちがバラバラと転がっている視界の先には、一人の女が立っている。



  褐色の肌に、エルフのようなピンッと立った長い耳。

  人間界では見たこともないような手脚の露出を防ぐ民族衣装のようなものを着ている。


  彼女の纏うそのオーラは明らかに異質で、人間ではないものだった。

  おそらく、彼女が報告されていた魔族の襲撃者。



  すると、女は転移してきたおれたちに気づいたようだった。



  「おや……?」



  おれたちを見るなり、何やらため息を吐く女。



  「あぁ〜、ま〜た劣等種ミジンコが沸いてきちゃったのか……」



  めんどくさそうな表情を浮かべ、少しだけ緑がかった金髪の髪の毛をぽりぽりとかく女。

  彼女をよく見ると、年齢は人間でいう10代くらいに見える。



  それから、彼女はおれたちに向けて聞こえる声ではっきりと告げる。



  「それで、お前らもこうなりたいか?」



  女はそういうと、不敵な笑みを浮かべてニヤリと微笑むのであった……。

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