225話 旅立ちの朝に
東から太陽が昇り、心地よい陽射しがおれたちに降り注ぐ。
おれとサラ、そしてカシアスにアイシスといったお決まりの旅のメンバーに加え、今回は冒険者ギルドのグランドマスターであるヴァルターさん、そして精霊のレーナもいる。
おれたちは万全の準備を整え、出発の支度を無事に終えた。
これから向かう場所はアルガキア大陸にある敵の本拠地。
十傑の悪魔の一人、《冥界の悪魔》ハワードが支配していると思われる場所だ。
そこには冒険者ギルドの反乱軍たち、そして先日奴隷として売られてしまったティアさんがいるはずだ。
おれたちの目的は人間界で悪事を働く悪魔たちを倒すこと。
それから、ティアさんを含めて悪魔たちに捕われている人たちを解放すること。
そのためにおれたちは闘うんだ!
そんなことを考えていると、これから旅立つおれたちの前に一人の男性が現れる。
「今日、旅立つんだね……」
おれたちの姿を見てそう話すのは、エトワールさんだ。
彼は今回の件に悪い方で深く関わっており、罪の意識からか少し目を逸らして話す。
「はい。ごめんなさい、少し休みすぎてしまいました」
対するおれはエトワールさんをしっかりと見つめて謝罪する。
本来ならばエストローデを倒し、エトワールさんを解放した次の日には旅立つはずだった。
だが、予想以上におれたちの身体はボロボロであり、このままではハワードは疎か、その手下たちとも戦えないということで予定を押して3日間も休んでしまった。
つまり、今にも奴隷として売られてしまいそうなティアさんを救出するのが遅くなってしまうということ。
それについて、おれはエトワールさんに謝った。
すると、エトワールさんは慌てておれに言葉かける。
「謝らないでくれ! 本来なら私が責任を持ってあの子を助けるべきなんだ……。私のせいでティアは……。だが、今の私では……」
そこには本当に悔しそうに拳を握りしめるエトワールさんがいた。
エトワールさんも本心では今回の責任を取る意味でも、自分の手で何とかしたいはずだ。
だが、それは叶わない……。
そんな彼の姿を見て、おれの拳にも力が入る。
おれたちが身体を休めていた3日間、エトワールさんは自身の過去と決別したようだ。
死霊術師であるハワードに復活をしてもらうはずだったシシリアさんの亡き骸を孤児院の地下から運び出し、ラクトくんと共に埋葬した。
そして、エトワールさんは墓石に向かい、謝り続けたのであった。
それは彼女たちを助け出せなかったことだけではなく、人としての道を外れてしまったことも含めて……。
それからこの3日間、エトワールさんから色々な話を聞いた。
最愛の妻と子どもを失ったときの喪失感。
そんな中で自分に力を与えてくれた謎の声の人物。
今となっては悔やんでも悔やみきれない孤児院での子どもたちへの仕打ち……。
おれはエトワールさんの気持ちがわかってしまう分、彼を強く責めることはできなかった。
おれだって、サラを助けるために禁忌とされていた悪魔の召喚を行なった。
それに、カイル父さんとハンナ母さんを生き返らせる方法があると言われれば悪に手を染めていたかもしれない。
おれとエトワールさんの違いは召喚した悪魔が、正直に死者は生き返らないと教えてくれたか否かだ。
だからこそ、彼のやってしまった罪については憎んでも、不遇の境遇を味わってきた彼自身を強く責めることはしなかった。
このままではエトワールさんは自責の念から倒れてしまいそうだ。
この人はおれに近い境遇というだけでなく、カイル父さんたちの恩人なんだ。
だから、絶対にティアさんを救い出してエトワールさんを再び笑顔にしてみせる!!
そんなことを考えていると、おれの後ろに隠れていたサラが顔を出してエトワールさんに告げた。
「安心してください。私たちが絶対にティアさんを救出しますから! だから、エトワールさんはメルたちのことをよろしくお願いしますね!」
一度は本気で殺し合いの戦いを繰り広げた二人。
だが、この3日間でエトワールさんはサラに頭を下げて謝罪をし、本当の娘のように大切に想ってくれた。
正直、おれはサラを連れてアルガキア大陸に行きたくはない。
十傑の悪魔の中でも上位にいるような強敵がいるとわかっているからだ。
今回の旅だって、元はバルバドたちに会いに行く旅行だったから一緒に来たのだ。
だが、死ぬかもしれないような戦地に彼女を連れて行くのは反対だ。
それは、彼女を大切な娘のように扱うようになったエトワールさんも同感だったようだ。
まぁ、それでも結果としてサラはおれたちの反対を強引に押し切ったんだけどね。
「ありがとう、セアラ。あの子たちは私が何があっても護ろう! この命に代えてもだ!!」
先ほどまでは目を逸らしていたエトワールさんだったが、今はサラをしっかりと見つめてその決意をしっかりと示していた。
おれはそんな二人を見て心が温かくなるのを感じていた。
「そうだ、セアラ! お二人に挨拶は済ませたのかい?」
エトワールさんが話す"お二人"というのはハンナ母さんの両親、つまりサラのおじいちゃんとおばあちゃんである。
崩壊する屋敷に二人とも巻き込まれてしまったと思ったが、エトワールさんがエストローデの力を借りて転移魔法で助けてくれたこともあり、二人とも無事であったようだ。
おじいちゃんの方は斬られてしまった方の腕がまだ不自由なようだがサラがすぐに治癒魔法を使ったことにより、命に関わるほどのケガには繋がらなかった。
「挨拶なら昨日のうちに済ませました。大丈夫、わたしは生きて帰ってくるから、そうしたら一緒に暮らそうって約束しました」
サラはたくましく顔つきでハキハキとエトワールさんに対して語るのであった。
せっかく会えた祖父母なのに、もうお別れなんてさみしいとは思う。
だが、これはサラが選んだ道なのだ。
部外者であるおれが家庭の問題にごちゃごちゃ言う権利はないよな。
まぁ、何より二人が無事で本当によかったとおれは思う。
生きていれば未来があって希望がある。
ただ、中には希望を持てなそうなやつもいるんだけどな……。
そんな一方で、カイル父さん側の祖母であるヴァレンシアの方は崩壊する屋敷に巻き込まれてしまったようだが、命だけは助かったようだ。
ただ、生きているというよりは魔法と医学により強引に命を繋ぎ止めており、生かされているといった印象であった……。
彼女のやってきたことは許されないことが多いが、それでもおれは一度彼女の姿を見て哀れに思ってしまうほどの現状だった……。
何かエストローデを含めた悪魔たちに関する情報を聞き出せないかと思ったが、とても会話をできるような状況ではなく、目をかっ開き、苦痛の叫びをあげる老婆がそこにはいるだけだった。
今後、ローレン領の領主はしばらく不在となるのか、カイル父さんの弟であるヨハンさんがやるのかはわからないが、様々な課題が残されているのは確かだろう。
ヨハンさんとしては、しばらくは代理として自分が領主を行ない、数年後には尊敬するカイル父さんの娘であり、王国最高峰の魔術学校で首席さえ取れそうなサラに引き継ぎたいと思っているそうだ。
ただ、サラはそのお願いを即答で断っていたけどな。
なんでも、自分はもう王国のヴェルダン家の人間だからだそうだ。
おれとしてはサラがうちの父さんや母さんを本当の家族として受け入れてくれていることがわかって嬉しかった反面、少しあっさりし過ぎてるなと感じてしまった。
まぁ、それでもあと何年かしたらサラの気持ちも変わるかもしれないし、今はそれでもいっか。
「さて、それでは……」
そろそろ出発をしようかとカシアスが転移魔法を発動しようとする。
「絶対にみんな無事で帰ってきます!」
「メルにも、またすぐ会えるよって伝えておいてください。ティアさんも連れて会いに来るって」
おれたちはエトワールさんにそう告げるとカシアスやアイシスの側による。
昨日の夜、メルはおれたちと別れるのがつらいと泣き出して服を掴んで離れてくれなかった。
それでもおれたちは行かなければならない。
泣き疲れて眠るメルの側に別れの手紙を置いておれたちも眠りについた。
そうだ、これは一時の別れなんだ。
そして、おれたちの身体がだんだんと転移魔法の白い光に包まれていく。
それなりの長距離を転移する場合は、発動までに時間がかかるのだ。
「いってらっしゃい。気をつけて……」
エトワールさんからおれたちに向けて声がかけられる。
光に包まれてしまい、既に顔は見えなかったが優しい表情で話しているのはわかった。
そして……。
「また、あそぼうねーー!!」
そんなエトワールさんの声の奥から、かすかに少女の叫び声が聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます